奇跡
――決着が着いた。仕組まれていた全てに終止符を打った。
曖昧な実感がじんわりと機体全体に広がっていく。どれだけの間、虚脱したように何も見えない暗闇を見詰めていただろうか。
…………実際の時間は分からない。何も考えることさえできず、酷く長く感じられた。
段々と、思考は冷え。冷静さが音の途絶えた静寂のなか、降り戻っていく。
冷却できない機関部が過剰な熱を帯びて駆動音を低く唸らせていた。
機体は首を動かすことさえまともにできない。
力の行使も不可能だ。じきに稼働停止する。隔絶された空間を脱する術はない。
「ソラ…………」
話したいことがあった。本当だったら、喜びの一つでも噛み締めたくて、分かち合いたくて。……叶わない願いだったが。
便利屋を止めた後、殺しと破壊以外で何の仕事があるか。どこに住むか。考えてみたいことは多くあった。
…………思えば思うほど、どうしようもない現実が真っ黒に広がる。
泣きじゃくる機能が無くて良かった。
慟哭を張り上げるような醜態を晒すことさえできないのだから。
――だが、やれることはしてやった。実に格好のつかない終止符で、機械らしくない。人間じみた最期だ。こんな仕事を続けておいて、随分大層で贅沢な終わりではないか。
言い聞かせるほど自嘲が込み上げてくる。
機体を支えることができなくなった。脚部の電子回路が完全にイカれたらしい。
仰向けに倒れた。頭部さえ壊れなければ造り物でも晴天と太陽を振り仰げたのだろうか。
「……喋らないのか」
『ギャハ! なんか喋ったほうがいいかァア? 無粋だと思ってたんだがよおォオ』
「……お前にも感謝している。お前がいなかったら、もっと前に死んでいた。黒機にさえ勝てなかったかもしれない。戻れたら……、お前の好きなドブネズミの唐揚げを好きなだけ買ってやりたかったが」
『言質は取ったぜェエ。覚えとくからな』
「言ってればいい。…………もう、どうにもならない」
――――もし、奇跡みたいな可能性があなた達を生かしたのなら。もう一度だけ我が社に寄ってください。
……とんだ皮肉の言葉だ。カノンを倒せたこと自体が奇跡に近い。これ以上望むことはできないだろう。
破損した機体から得体のしれない液体が漏れ出ていく。造り物の五感が、沈むように失せていく。
「……ソラ、あまりキミと話す余裕もなかったが。便利屋を止めたあとどうするか。本当に――真剣に、考えたかったんだ」
彼女がどこにいるかさえ分からない。視界機能が遮断され、熱の探知なども行えない。暗闇のなか、どこかにいるはずのソラに話しかけた。
淡々とした機械音声が低く響く。
「何せ考えたこともなかった。俺自身、長く生きた身でもない。……楽しいという感覚があるかは分からないが、それでも期待はしていたんだ」
泣き叫んでしまいたかった。紫紺の力が機体の内側で情けないほど熱を帯びている。
「あんまりではないか……? 全て、終わらせて。これから、考えようってときに。……これでは、結局。何も叶わない」
声さえも制御が効かない。途切れ途切れになる。指が縋るように地面を掻いた。何も掴めない。
「ソラ…………、せめて。キミは。起きてく、れ。頼む……。そうでなければ、俺は――」
無意味な呼びかけだ。だが、与えられた感情が声を振り絞る。貫かれ、砕け割れた頭部から紫紺の光が涙のように流れ落ちる。
「……泣いてるの?」
「…………機械が、泣けるはずもないだろう」
淡々と応答してから。
――ピタリと、時間が停止したような錯覚を覚えた。
今の声は誰だ? いや、問うまでもない。間違えるはずがない。
「ソラなの、か?」
それでも聞かずにはいられなかった。無機質な合成音が上擦りそうになる。
そんな機能はないというのに。
返答の代わりとばかりに、小さな手に機体を引かれた。
壊れかけの金属フレームが歪な音を立てて軋む。温かな熱が触れていた。
……嗚呼、本当に。生きていた。起きてくれた。何も見えない暗闇のなかで、安堵が全身を包んでいく。言葉にできない脱力感。つけるものならため息の一つでも吐きたいくらいだった。
「この機体はもう手遅れだ。いつ壊れるかもわからない。危険だ。離れたほうがいい」
悔いが消えたようにレイルは自身の状況を客観視し、冷静に全てを伝えた。が、柔らかな熱が離れることはない。
「知らない。そんなこと問題じゃない」
ソラは自信たっぷりに言い切った。ぎゅっと、お構いなしに抱き寄せられる。
ぬいぐるみみたいに。
「帰ろう? これで、全部終わったんだから」
「ソラは、……大丈夫なのか? カノンに刺された傷は……どうなっている。継承で、何が、どうなった」
「こんな傷、レイルに比べたら何ともない。……そもそも、掠っただけで。痛いけど、内臓とか、動脈とか。そういうとこに傷はない…………と思う」
ソラは自身の腹側部を押さえた。小さな手が鮮血に濡れる。
息をするたびに焼けるように痛かったが。歯を噛み締めて堪え続けた。
傷なんかに、かまけていたくはなかった。
「継承……自体は出来たんだと思うけど。空にね。穴が開いてて、カノンが入って来た時だと思う」
ソラはゆっくりと晴天を振り仰いだ。濃厚な青色の最奥、銀光に穿たれた穴が太陽のように一人と一機を照らしていた。その一点を中心に、空間は少しずつヒビ割れていく。
「それで、隔絶された空間じゃなくなってた。……だからなのかな。渡せた力は、私自身のもあったんだろうけど。私以外の影響もあって。ちゃんとは説明できないけれど……とにかく、私は、ここにいるよ」
涙に潤んだ薄紫の瞳を拭った。淡く蛍光が灯る。
『だァアアから言ったろ? 言質は取ったぜってヨオオ!』
【肉の剣】が荒々しく歓喜に叫ぶ。余計に目頭が熱くなって、ソラは泣かないようにと目を閉じた。何も考えないままレイルに頭を預ける。
黙り込んでみたが、そのうち勝手に嗚咽が込み上げた。
「……んグ。違ッ、これは。だって……しょうがな……じゃん。死んじゃうかと、思って。レイルが……ボロっボロになってて――!」
誤魔化そうとして、言い訳みたいに何かを喋ろうとして。
言葉が途切れる。黒い装甲を撫でる水滴。
レイルのなかで最期への不安はぷっつりと途絶えた。悔いがないなんて意味ではない。
カノンの言っていた奇跡がすぐ隣にあるのだから、どうにでもなる気がして。
泣きじゃくるソラを笑わせようと。言葉を考えた。酷く意地の悪い一言が浮かぶ。
「……俺を殺すなら最初で最期のチャンスだぞ」
「ッ! その冗談……。笑えない!! 最低……!」
ソラは本気で声を荒らげた。言葉が途切れ、静寂がその場を満たす。
……数秒して、堪えきれずに泣きながら失笑した。
――――ようやく、冗談が伝わったらしい。反撃とばかりに肘で殴られた。
あとはエピローグで〆ですね。ここまで読んでくださり感謝です。よろしければ評価や感想など、お待ちしています。実を言うと初期プロットでは冗談ではありませんでした。




