吐露
四章:便利屋と少女
氷の鞭のような風が頬を撫でていた。耳が斬りつけられるみたいに痛む。レイルにしがみ付いていると金属の冷たさが全身にじんわりと広がっていく。ガチガチと歯が鳴っていた。
薄気味悪いくらいに静寂が張り詰める黒と灰色の街並みに駆動音とガクガクと激しい振動が轟いていた。
折れた標識。ひび割れた道路。錆びた瓦礫。タイヤが乗り上げるたびに視界が揺れる。
「あは! あははは……ッは! 凄い揺れるし凄い寒い!」
カノン・クロムウェルが仕向けた追手が来ているらしい。まだ姿も、気配の色も見えないが緊迫した事実だけは理解できていた。
――笑えてくる。
堪えていた涙が紫紺の軌跡を描いた。
ケリをつけるためにはレイルに力を渡さないといけないのに。渡したら、隣に立つのは難しくなってしまうのに。あれだけ覚悟して、知らない人も、知っている人も殺したのに。
「口を閉じてないと舌を噛むぞ」
「前と同じこと言ってるよ」
未練がないわけではない。後悔がないわけではない。それでもこうして寒空に晒されて加速し続けていると清々しく思えてしまった。
「……私ね。本当に良かったって思ってるよ。レイルが機械だったことも。私の記憶が造り物だったことも。記憶があるときから見てた晴天が嘘だったことも」
「なぜだ。俺が来なければよかったこともあったはずだ」
レイルは怪訝な声を発した。自責の混じった疑問。――ああ、やっぱり少し後悔してるんだって。確信が持てて、酸っぱいようなむず痒さが舌の奥を撫でる。
「……確かにあったかもしれない」
――何人も死んだ。レイルに人を殺させた。リーダーが死んだ。
乾いた自嘲が込み上げた。自分勝手な想いばかりが先走っている。酷いロクデナシだ。
「それでもだよ。だって、私が生きてきたと思ってた十数年分の記憶も、部屋に閉じ込められてた時のことも、全然思い出せなくなってきたの。いままで、生きてなかったんじゃないかってぐらい。昨日と今日のことだけがずっと頭のなかでグルグルしてる」
ぐんと、反動をつけて車体が加速した。瓦礫の悪路を抜けるとひび割れた高速道路に乗り上げる。埃と砂塵の臭いが横切った。
「俺は……どういう反応をすればいい。喜べばいいのか? 面倒な奴を抱えたと呆れるべきか?」
「喜んでくれるの?」
「…………」
レイルは答えに悩んだ末に沈黙を押し通した。釈然としなくて、ソラは一層強くレイルにしがみ付く。不満をぶつけるように。
「私は、すっごく嬉しいことがあったよ。同じ想いの者同士しか、引き継ぐことはできないって言われたのに。レイル、可能かどうかを考慮しなかった。すぐに、【空間隔絶キューブ】の話になった。それってさ。そういうことだよね?」
きっとその所為だ。不安、不満、自責、自己嫌悪。胸のなかでグルグルする想いがどうでもよくなるくらい心臓が強く打ち付けるのは。
「……好きに解釈しろ」
「うん。好きだよ」
答えになってない返答をした。夜だから暗いね、とでも呟くみたいに溜まりに溜まった感情がぽろりと吐き出た。正面を切って言おうと思っていたのに。――口走ってから、理性が後から降り戻って。
「……今のッ! 無し。あとでちゃんと……言う」
聞かなかったことにしてとお願いしながら顔を背けた。声が上擦る。歯が浮いて、顔が熱っぽい。
「了解した。聞かなかったことにする」
「……その返事もどうなの」
嘆いて、先の言葉を考えようとしたが五感を突き刺す気配の色がそれを許さなかった。――明確な敵意。殺意。一つや二つじゃない。
「コートの中に入れ。流れ弾を全て避けれる自信はない」
頷いて、レイルの言う通りに従った。




