表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/44

お伽噺は空の上で6 プール

 「あれ!? 黒沢くん? 珍しいね、こんなところで逢うなんて」


 プールサイドで姉の到着を待つ多々良に声を掛けてくる人物がいた。


 多々良は声のした方を振り返るとそこに声の主の姿はない、唯広々とした水面が太陽光をきらきらと反射し……


 「いや、どこ見てんのよ、こっちこっち、もっと下の方」


 視線を下げてみればそこにはプールサイドに腕を掛け肩から下を水中に沈めた水着の少女。


 「水島さん、久し振り、珍しいね、こんなところで逢うなんて」


 「アハハ、それ私がさっき言ったまんまじゃない。私がここにいるのは珍しくも何ともないよ、夏休み始まってからほぼ毎日来ているもん」


 「よっ」と掛け声ひとつ、ぽたぽたと滴でプールサイドを黒く染め水から揚がった少女は多々良の同級生水島志奈子であった。


 「ひとりで?」


 「ヨッチともなむーも今日は一緒、あの子達の都合が付かない時はひとりだったりもするけど」


 志奈子がプールから揚がり同級生に話し掛けているのに気が付いた他ふたりも水中から身体を引き揚げよく話す男友達へと手を上げた。


 「こんにちは黒沢くん、珍しいですねこんなところで逢うなんて」


 「アハハ、ヨッチそれもう私も黒沢くんも言ったって」


 「ではアタシも、よぅ多々良、珍しいなこんなところで逢うなんて」


 アハハハとお互いに笑い合う三人娘と黒沢家次男坊。


 水島志奈子

 

 通称しなちん、少し赤茶けた髪を後ろで二本に括りタンクトップタイプの水着にはち切れんばかりの元気を包み込んだ少女、人見知りをせず誰にでも話し掛ける明るさでクラスでも人気のある三人娘のリーダー格。


 吉村夏乃


 通称ヨッチ、少しぽっちゃりとした体型と切り揃えられた黒髪は大和撫子の印象、色白の肢体は白いワンピースの水着が良く似合う。家は日本舞踊の教室をしており本人も名取の腕前。


 下平もなみ


 通称もなむー、ウェーブの掛かった髪は細身の身体と相まって深窓の令嬢然とした雰囲気を醸し出す。しかし言動は男勝りでそのギャップに初めて出会った相手は驚く。運動が得意で今も競泳水着で腰に手を掛けている。

 因みに胸は一番ささやかだ。


 「それで多々良はどうしてここに? ひとりで来たのか?」


 「違うよ、姉ちゃんが暑いって今にも死にそうにしていたらあんちゃんが『だったらプールに連れてってやれ』って」


 「姉ちゃん? 黒沢くんってお姉さん居たの!? お兄さんが居るのは知ってたけどそれは初耳だわ!」


 「いやぁ、姉ちゃんって言っても……」


 「タタラァーーお待たせさせてしまいマシタカ!?」


 何と説明をしたものか、まさかロボットで怪獣と上空で交戦、撃墜されたところを多々良と鉄人、オヤビンが救助し家で保護したなどと正直に話してしまえば夏期休暇後の彼は中二病のレッテルを貼られ憐れみと嘲笑の苦痛に満ちた学生生活を卒業まで送る事になろう。


 言いあぐねているとそこに聞き慣れた鈴を転がす美声、それにしてもミューツの怪しい語尾は何時治るのだろうか?


 「あ! ミュー姉ちゃん、丁度良かっ………たぁ!?」


 振り返ればそこに待ち人の姿、しかし驚愕に多々良は目を見開いた。


 嬉しげに手を振り駆けてくる姉は腰まで届く銀髪をポニーテールに深紅も眼に染みるマイクロビキニ、その豊満な女性の象徴はゆさゆさと重たげに揺れていた。


 「な、何て格好をしてるのさ姉ちゃん!? レンタル水着だったんじゃ……」


 「はい? ちゃんとお借りした水着デスヨ? 只タタラが借りてくれたのでは少々胸元のサイズが合わなくてもう一度受付に行きましたところコレを貸して頂きマシタ、何でも着れる方が今までいらっしゃらなくて倉庫でずっと仕舞われていたソウデス。

 何処かおかしなところがあったでショウカ!?」


 そう不安げに弟を見る姉に多々良は「おかしい」等と言える訳も無い。


 そもそも似合っているのだ。それはもう壮絶に。


 「い、いや、おかしくはないよ、とっても似合ってるよ。うん、スッゴく似合い過ぎている」


 「だったら良かったデス! 折角お借りしたのに似合ってないって言われたらお姉ちゃんちょっとションボリですカラ」


 「ヤッター」とその場でジャンプするミューツ、まろび出ん柔肉がブルンと上下する。


 バイクに乗った際のハイテンションが未だに尾を引き摺っているのか普段よりも大胆に歓びを露にするミューツに多々良は押されっぱなしだ。


 「ところでタタラ、こちらのお嬢さん方はタタラがナンパしたのデスカ? 流石に三人を一気にナンパとはわたくしもタタラの倫理観を疑いマスガ」


 「ち、違うって! 何言ってんのさ、同級生! 同じ学校に通ってる同級生だって! 偶々来ていて話をしてたんだよ」


 「そうデシタカ、それは失礼シマシタ。わたくしはミューツ・リュー・ミリュノフと申しマス。黒沢家にお世話になっていイマシテ居候……」


 「姉ちゃんっ!」


 「ああ、そうでしたネ、ごめんナサイ。家族同然に良くして頂いてイマス」


 ミューツは姿形、種族は違ってももう家族の一員だ、黒沢家長女なのだ。多々良にしてもそこのところは譲れない。


 「はぁ、黒沢くんのお姉さんですか……あ!私は水島です、水島志奈子。黒沢くんとは同じ学校でクラスメイトです」


 「吉村夏乃です、あの……その耳は一体……」


 「こんにちは! 下平もなみ! スッゴい巨乳ですね! どうしたらそんなおっきくなれるんスか? やっぱりあれかなぁ牛乳とか大豆とか!?」


 「うふふ、牛乳も大豆も好きですが秘訣は無重力でしょうカネ、重力の束縛から脱け出した肉体はやがて全てから解き放たれるのデス、苦悩、苦痛、責任、義務、無論貧乳からもデス」


 「「「おおぉぉ~~ーーーーーーーーーッッ!!!」」」


 「嘘ですよね?」


 「ハイ、冗句(ジョーク)デス」


 ドッと周囲が沸く、どうやら多々良のクラスメイトのミューツに対する印象はそう悪くは無いようだ。いや、むしろ好感触と言ったところか。


 「それでミューツさんは黒沢くんとプールまで?」


 「はい、暑い暑いって言ってたらタタラのお兄さん、テツヒトさんがタタラに『プールまで連れてけ』って」


 「あ、その(くだり)は聞きました」


 「あらら、そうデスカ。でもプールって大きな水風呂の事だったんデスネ、わたくしはてっきりリアルタイム関数や割り込み処理を……」


 「言ったよね!? 僕言ったよね!? 三番目だって! パソコンのプログラミングでどうやったら涼しくなれるのさ!? 水着だって着たじゃん!?」


 「はぁ、あの時は暑くて頭がボンヤリしていたモノデ……それにてっきり薄着でプログラミングをすれば涼を取れるのカト……」


 「アハハ、黒沢くんってばうっかりだなぁ、学校ではしっかりしている印象だけど家に居る時は抜けてたりしてるのかな?」


 「えぇ!? 僕がいけないの? ミュー姉ちゃんじゃなくって僕!?」


 「驚きです、黒沢くんってもっと隙のないひとだと思ってましたから…… それにつけてもさっきから気になっているのですがミューツさんの耳はなが……」


 「多々良ぁ夏バテかぁ!? 体力あるのに意外だなぁ」


 「そうなんでスヨ、タタラってば案外おっちょこちょいな面があるんデス、この間もわたくしが入浴中なのに気が付かず入ってきてしまいまして、あの時のタタラの下半身、可愛い弟だとばかり思っていたのですが予想に反して随分と禍々シイ………」


 「ちょ、え? それ言う事!? 関係ないじゃんソレッ、この場で言う必要性全く無いじゃん!!」


 「大蛇でしたか?」


 「ええ、大蛇デシタ」


 「く、黒沢くんの大蛇」


 「やるなぁ黒沢大蛇」


 「ううっ、うわぁぁ~~ーーーーーんん!!!」


 精神値をガリガリと削られた大蛇、いや、多々良は公衆の面前でもお構い無くべそをかき走り出した。


 何処へ?


 誰にも傷付けられない孤独に身を委ねられる何処かへと。




 「アラ~チョットからかい過ぎてしまいマシタ」


 「アハ、黒沢くんがあんなに臆面もなく感情を露にしている所なんて初めて目にしました」


 「そうなんデスカ?」


 「そうですね、明るくて活発なのは何時もの事ですがそれでもクラスメイトには一歩引いた感じで接してる気がしてましたから……それよりもどうしてミューツさんの耳は……」


 「家族と一緒だから枷が外れてたんかも、ミューツさん、行ってやってよ、きっとアイツ落ち込んでるだろうし」


 「皆さん、タタラの事心配してくださってありがとうございマス。わたくしタタラの様子見て来マスネ」


 「そうですね、彼の事ですから心配は無いでしょうが何時までもウジウジされるのもうっとうしいですから。ミューツさん、お任せします」


 「ハイ、任されマシタ、それでは皆サン、また後程」


 ミューツは軽い足取りで弟の後を追った。行き先は判る、床に涙の跡が点々と続いているからだ。


 プールサイドを走り係員の注意を受けながらも早足で去る美女の背中を眺めつつ三人娘は呟いた。


 「……あんなキレイな女性(ひと)が側に居たらそりゃあ振り向いて貰えないよねぇ」


 「黒沢さんってブラコンだけじゃなくシスコンも併発していたんですね、重篤ですねぇ」


 「ちぇ、プールサイドで多々良を見た時はアタシの水着で悩殺ッ!!って思ったんだけどなぁ」


 「ってかもなむー競泳水着じゃん、それで悩殺って………」


 「私はむしろその貧相なボデーに難があるように思えますね」


 「ヨッチ泣かす!わんわん泣かすっ!!」


 「ハァ~ツマラナイ事で言い合ってないでミューツさんが黒沢くん連れて戻るまで休憩所でジュースでも飲んで待ってよう」


 三人娘は足取りも心なし重く休憩室まで水に濡れた足跡を刻んだ。




 多々良がミューツにしっかりと腕を拘束され戻ってきたのはそれから暫く経ってからの事であった。


 ニコニコ顔のミューツとまろい双球を腕に押し付けられ何処か居心地悪く顔を紅潮させた多々良は再び三人と合流し泳ぎの経験のないミューツが居たため子供用の浅いプールで遊戯に興じた。


 遊戯とは言ってもプールに座り込み脚をぱちゃぱちゃさせたり何となくビーチボールを投げ渡したりと弛い遊びだ。


 途中親からはぐれ迷子になった男児がわんわんと泣き出しミューツの紅い布切れでわずかばかり隠した母性で慰めたりする一幕もあったが、それを含めてもおおよそ満足する時間を過ごした。


 現在、多々良は仕事を終え途中合流した兄、鉄人と二十五メータープールで競泳の真っ最中だ。


 運動に自信のあるもなむーこと下平もなみも交え三人は激しいバトルを演じている。今はその長身を生かし鉄人が頭ひとつ分多々良を抑えている、しかし無尽蔵にも思える体力を有する多々良が少しずつ距離を詰めている。

 

 もなむー?

 

 彼女は既に勝負を捨てクロールから平泳ぎに切り替え揺ったりと泳ぎを楽しんでいる。


 

 

 「どうぞ、冷たいお茶ですがよかったら」


 「まぁ、ありがとうございマス、わざわざすみマセン」


 プールサイド、ビーチチェアに寝そべり勝負の行方に目を向けていたミューツに志奈子が紙コップに注がれた日本茶を渡す。


 隣のビーチチェアに腰を降ろすとひとくち自分のお茶を啜り隣の女性に話し掛ける。


 「ミューツさんって黒沢くんと随分と仲良しなんですね」


 「そうですねぇ、タタラはわたくしを姉と慕ってくれてイマス、わたくしもタタラが本当の弟の様に思えて仕方がないんデス。

 家族、そうタタラは言ってくれマシタ、わたくしは早くに両親を亡くしマシテ家族といったモノを知らず育ちマシタ。

 家族の暖かさ、兄弟のありがたみ、そう言った素敵な感情をタタラは無償でわたくしに施してクレマス。


 遠いこの地に落ちて親しい(ともがら)と離されても悲嘆に暮れず毎日を過ごせるのはタタラが、テツヒトさんが、オヤビンさんが何時でも側に居てくれたからデショウネ」


 「辛い体験をしたんですね」


 「……そう、かも知れませんネ、でも今は笑えマス、心カラ、今は家族が居ますカラ」


 そう口にするミューツの横顔は美しく愛おしい対象を愛でる優しさに満ちていた。


 「黒沢くんが夢中になる訳ですね、知ってますか?黒沢くんってば学校が終わると直ぐに帰っちゃうんです、クラスメイトの誘いも断ってたまに顔を見せていた園芸部の部室にも顔を出さなくなって」


 「水島さんは園芸部?」


 「はい、ヨッチ……夏乃ともなみもですよ、それに黒沢くんもですよ、尤も彼は家の家事もあるので部に顔を出すのもたまにでしたが」


 「そう……だったんデスカ、もしかしてわたくしの世話をする為に部活動をヤスンデ……」


 「かも知れません」


 「それハ……すみまセン、わたくしのせいデ」


 「いいんです、元々弛い活動でしたし大会で優劣を競うような部じゃないですから、休み時間には黒沢くんも菜園の手入れ手伝ってくれていますし……他に夢中になれる事があるならばそれはそれでも」


 「そうデスカ」


 「そうデスヨ?」


 ふたりはクスクスと笑い合う。


 「水島さんは…」


 「はい?」


 「タタラを好いているのデスネ」


 核心を突かれ少女の頬が朱に染まる。


 「それでわたくしにタタラを盗られたト」


 「そっそこまでは思っていませんっ、ミューツさんはいいひとですし黒沢くんがひとつの事に夢中になると周りが見えなくなるのも知っていますしっ」


 「そんな一直線なところが魅力?」


 既に耳まで火照らせた初な弟のクラスメイトに涼やかな微笑みを向ける黒沢家の長女、彼女は何を思ったか。


 「水島さん、わたくしとお友達になりマショウ」


 「おと……お友達ですか!? 私とミューツさんがですか?」


 「はい、お友達デス、それともこんな年上とお友達になるのは嫌デスカ?」


 ミューツの優美に額を走る眉が悲しげに歪んだ。


 このひとってズルい!


 志奈子は思う、美女にそんな顔をされたら断れないじゃないか、しかも本当に悲しんでいる。

 そもそも自分は断りたいと思っているのか?否、友達?嫌なんかじゃない、むしろ光栄だ!

 こんなにも美人でしかも優しい、話していても楽しくて頼りがいだってある。

 友達だなんて嬉しくって胸がドキドキする。私はきっとみんなに自慢してしまうだろう。こんなにも素敵な友達が私には居るのだ!と。


 「イイエ! イイエ! 友達ッ! なりますッ!! 是非とも宜しくお願いします!!!」


 座っていたビーチチェアを蹴立て突進するような勢いでミューツに迫りその両手を握り締める。


 本当の美人って掌まで美人なんだな。と頭の片隅で思いながらミューツのお友達志願に承諾を返す。


 「は、はい、こちらこそ宜しくデス、水島さん」


 「しなちんです!」


 「ハ?」


 「ヨッチやもなむー、仲の良い友達は私の事しなちんって呼びますッ!ミューツさんにも是非ッ是非ッッ是ッ非ッッ呼んで貰いたいんです!」


 「し……しなちん?」


 「はいっ! しなちんですっ! ミューツさんッッ!!」


 「しなちん」


 「はいっ! 私がしなちんですっ!!」


 「しなちんッ!」


 「はいっ!! その調子っ!!!」


 「しなちんッッ!!」


 「グット! グットですよっ!!!」


 「しなちんンッッ!!!」


 「もっとッ! 元気よくッ!! お腹の底からッッ!!!」


 「しぃぃぃなぁぁぁちぃぃぃんンンン~~ーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!」


 「ミュゥゥゥーーーーーーツゥゥゥーーーーーさぁぁぁ~~ーーーーーーーーーんんッッッ!!!!!」


 ガバッ!!


 お互いを抱き締め合い友情を確認するふたり。


 勝負を終えプールから顔を出した三人が見た光景は水着姿の女性ふたりがハグをしながら叫ぶ狂気の空間であった。


 「何やってんだアイツラ!?」


 「判んないけど、下平さんだったら女同士だし……」


 「えぇ!? ここでアタシに振るかっ!? 女同士だからって判んねぇモンは判んねぇよ!」



 そして休憩室にお茶を取りに行きつつも志奈子に先に行かれ出る機会を逸した少女がひとり。


 「うう、酷いよぉしなちん、私だってミューツさんとお友達になりたいのにぃーー」




 その後、ミューツは夏乃、もなみとも友情のハグを交わし愛称を連呼し友義を結んだ。


 




 帰り道の車内、パッセンジャーシートに深く身を沈めたミューツは目を瞑り静かな寝息をたてて眠りの中に居た。

 その口元は今日の楽しかった出来事の余韻か微笑みを浮かべている。


 時間一杯まで遊び倒した姦まし娘四人は再会を約し帰路に就いた。


 子どものようにはしゃいだミューツ、体力の限界が訪れたのか自転車で去る三人の友人を見送るとそのまま崩れる様に隣に居た多々良に凭れ掛かった。


 「姉ちゃん!?」


 すわ何事か!? 焦る多々良に鉄人が。


 「疲れたんだろう、これじゃぁバイクは危ないな、多々良、オマエサンは大丈夫だよな!?」


 「うん、流石に疲れたけどバイクに乗って帰る体力位はね」


 「よし、じゃあお前先に帰ってろ、俺がミューツ車で送るから。ついでに夕飯(メシ)の用意も今日はいい、ちょっと回り道してコンビニで弁当でも買ってくる」


 「わかった、お風呂だけ沸かしとくね」


 「ああ、頼むわ」


 今後の予定を確認すると鉄人はミューツの背中と膝裏に腕を廻し横抱きに抱えた。


 多々良にパッセンジャーシートのドアを開けてもらいミューツをそこへ押し込むと鉄人はドライバーシートに回る。


 「多々良、オマエリクエストはあるか?」


 「んーー…任せるよ。あ!でも厚焼き卵は欲しいかな」


 「おう!紀文屋の奴だな、買ってくる」


 それじゃあ、と多々良に見送られミッションを一速に入れる。

 ジムニーは滑らかに走り出した。




 プールに来るまで聴いていたAMラジオがスピーカーから流れる。


 五月蝿くは無いかと隣に座る眠り姫にチラリと目をやれば眠りはいよいよ深くガラスに頭を寄り掛からせ目覚める気配もない、エンジンの振動が心地好いようだ。


 「まったく、今日は多々良もオマエサンに振り回されっぱなしだったな」


 くつくつと抑えた声で笑い今日一日のミューツの振る舞いを思い返す。


 猛暑にバテてだらしないミューツ、プールで新しく出来た友人とはしゃぐミューツ、弟を振り回し楽しげなミューツ、今まで見せたことのないミューツの表情が今日だけでも随分と拝めた。


 あまりそう言った感情を表に出さない鉄人だが彼自身も今日は休暇を堪能したのだ。


 「ありがとうよ、ミューツ、オマエサンが来てから(タタラ)も今まで以上に明るくなった」


 感謝を延べ左手で隣の美女の頭をゆっくりと撫でる。少し湿り気を帯びた銀の髪は滑らかな感触を返す。


 「いや、多々良だけじゃないな、ソイツは俺もかもしれんな」


 美女が家で待っていてくれていると言うのはひねくれものの鉄人にしてもどこかしらうきうきと心華やぐものだ、多々良は見ていれば判り易い程に彼女に惹かれているが、自分もまたこの空から落ちてきた異性に魅力を感じている。


 「おっと、先ずはコンビニに行かなきゃな」


 普段の帰宅経路から本道に、ジムニーはウインカーを出し右折する。


 いつの間にかスピーカーから流れる夏の定番ソングはニュースキャスターの喋る宇宙(そら)での事故のニュースに変わっていた。


 『………この人工衛星故障ですが、JAXAは小型の隕石の衝突と発表しており、影響としては今後の気象観測に支障が出るものと見られNASAに観測の補助を打診………』


 ミューツに気取られないよう少しラジオのボリュームを上げる。


 故障した衛星は鉄人も開発を手伝った純国産を謳ったJAXAの虎の子だ、これはもしかしたらまたお呼びが掛かるかも……とニュースに聞き入る。


 『………また、こちらは未だ未確認の情報ですが一部関係者の話では隕石ではなく蟹型の巨大生物の襲撃を受けたとの話も入って来ており某かの敵対勢力のテロの可能性も……』


 「……コイツは」


 チラリと再びパッセンジャーシートのミューツを見やりラジオのスイッチを切る。


 「未だ戦闘は継続中ってヤツか」


 苦々しい口調で呟く。


 「さっさとアイツを仕上げるか」


 日が沈み真っ暗な国道をジムニーは走り抜けた。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ