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戦いは星々の狭間で1 漂流

 真空の空、星灯る宇宙空間に武者は突如として現れた。


 「ふぅ、どうやら無事なようだが……」


 想定していた最悪の事態を免れた事に鉄人は額の汗を拭う。


 「ミュー姉ちゃん……」


 「タタラ、わたくしは大丈夫デス、お別れは済ませマシタ。しなちんもヨッチももなむーも判ってくれマス」


 心配する多々良に涙を拭い気丈にも笑顔を見せるミューツ。


 「星の配置に見覚えがありマス、ここはミドガント星域、環状銀河の西の外れ、我らミドガント防衛ガルガンティス大隊がスナークと最初に交戦した宙域デスネ」


 「つまりは?」


 「戻って来たんデス、わたくしにとってはデスガ……」


 「既知の場所か、ミューツ、救助要請は?」


 「既にしてイマス、わたくしのインプラントを使用して、太陽系は流石に遠すぎて受信されなかったようデスガここからならば見逃される心配は無いデショウ」


 「そうか、ちなみにどれくらいの時間で迎えに来てくるか判るか!?」


 「そうデスネ……すぐに気が付いたとして基地から救援隊が到着するとしたら……およそ二十八時間といったところでショウカ」


 「むぅ、長いな」


 「そうデスカ?脚の速い高速艦を想定しての時間でシタガ、酸素の問題でしょうカ!?」


 「いや、酸素は問題ないだろう、最悪スラスター用のオキシゲンを呼吸用に回せば一週間は持つだろう」


 「ならば平気デショウ」


 「いや、大問題だ!」


 「ハ!?」


 「トイレが無い」


 「ハ!?」


 「トイレだトイレ、便所、厠、憚り、雪隠」


 「ハァァ!??」


 「便室、御不浄、桶殿、東司、毛抗、西浄、後架、つめ、清兪、ラバトリー、バーニョ、トイレッテ、チャプサン、カリヴァライええっとあとは………」


 「トイレの呼び名豆知識なんて今は必用じゃないデスッ!それよりも何で無いんデスカッ!?」


 「いや、巨大ロボットにトイレは無いだろう普通。精々オムツとか」


 「これは不味いデスッ、一体どうシタラ……」


 ミューツが顔を真っ青にして頭を抱える。


 「コクピットから尻だけだしてさ、船乗りが海の上でするみたいに……」


 「命懸けデスネ、トイレする為だけに真空にオシリを丸出しにするナンテ」


 「気を付けろよ? 排便の運動エネルギーで反対方向に機体が動き出すかも知れん」


 「環状銀河一汚いスラスターデスネ、イイデス、トイレはわたくしの矜持を総動員して我慢してミセマス!!」


 決意も固くミューツが拳を握り混むと話は終わったかと多々良が後ろを振り向いた。


 「ミュー姉ちゃん、お腹減ったねぇ」


 「そう言えばお昼近カッタ……イエ、もうお昼は回った筈デスネ、でもお弁当も無く……」


 「あるよ?」


 「ナンデストッ!?」


 多々良ががさがさと座席下の小物入れを漁り中からビニールの袋を取り出した。


 「トマトとキュウリ、後ミニトマトとおナス、もろこしオクラ枝豆水菜にゴーヤークウシンサイ」


 およそ小物入れに入りきらない数の野菜がビニール袋に包まれ出てきた。


 「オマエいつ採ったんだそんなに」


 呆れが顔で鉄人が尋ねると多々良は唇を尖らせる。


 「朝だよ、あんちゃんがロボットに掛かりっきりで暇だったから水島さんちにもあげようと思って沢山採ったんだ。ミュー姉ちゃんどれ食べる? あ、もちろん生でイケるヤツだけだけどね!?」


 「え……ト」


 ミューツは迷った。ついさっきトイレが無いと騒いだばかりだ、空腹を覚えはするがこの様な状態で水分を摂取する事にはいささか抵抗がある。

 しかしモノ(・・)は多々良が丹精込めて育て上げた野菜たち、初日に口にして以来ミューツの大好物の逸品だ。

 さて、どうしたものか。


 「多々良、トマト取ってくれ、デカイ方だ」


 「ん!にいちゃんてトマトはおっきい派だよね!?」


 「ミニトマトみたいにちまちま喰うのは性に合わん。一番はそのまま冷やして丸かじりだな! 果肉が潰れて溢れる中身がたまらん!」


 「僕はどっちかって言うとミニの方が好きかな?口当たりがこっちの方が硬めで好み」


 「ア、アア」


 美味そうにトマトをかじる兄弟二人を交互に見、ミューツは情けない声をあげた。


 腹の虫がきゅるきゅると訴える。口腔に唾液が溢れる。トマトの少し青臭い酸味の効いた甘味を脳裏に想像し彼女の固い決意はボロボロと剥がれ落ちた。


 「ミュー姉ちゃんミニトマトでいい?」


 「イイデス、クダサイ」


 無手でスナークを前にしても決して膝を屈しなかった女傑敗北の瞬間であった。



 「それデ、タタラはどうしてあんなに上手にガルガンティスを操縦出来たらのでショウカ?初めて乗ったのデショ!?」


 十二個目のミニトマトを口に運びつつミューツはずっと疑問だった事柄を尋ねた。


 「ああ、コイツ機械オンチだけど『オメガストーム』は得意だからな」


 「オメガストーム?」


 「ゲームだよ、ロボット同士が戦う。俺が大学時代開発したヤツでな、未だに稼働している」


 「太町のゲームセンターに置いてあってね、ミュー姉ちゃんが来るちょっと前まで自転車でよくプレイしに通ってたんだ」


 「昔コイツにテスト代わりにやらせてみたらハマっちまってな、随分とやり込んでかなりの腕前だ。何処まで行ったんだったっけか?」


 「ハードモードとヘルクリアしてルナティックの二十三戦目、マッド・ドックと三代目村雨とイーブルペイン、それからツヴァイとグラビティ・マトンがちゃんぽんで出てくるトコ、何時もそこで倒されちゃうんだ」


 「ありゃぁ俺もお遊びでくっ付けたモードだからなぁ、クリアを前提に作ってないしな、機体はなんだ? シャドウウォルフか!?」


 「ううん、ニラ」


 「オメェニラ好きだなぁ、ニラでそこまで行こうだなんて誰も考えねぇぞ?」


 「だってカワイイじゃんニラ、時々何も無い所でコケるのがいい」


 『オメガストーム』黒沢鉄人がお遊びで学生時代に開発しその完成度の高さに着目したゲームメーカーが市販したロボット格闘ゲームだ。

 売りは現実味のあるロボットの操作感と戦術性の高さ、それと『コイツを開発した技術者はロマンを解っている』と讃えられる多種多様な武器の数々。

 巷では「これさえあれば突然某公国がコロニーに攻め入って来てもプロトタイプに乗って公国の傑作機など蹴散らせる」とも囁かれ別名『MSシミュレーター』などとも呼ばれている。

 おしむらくはコンシューマー機では再現不可能な複雑な操作とそれを可能とする特殊な筐体が必要な為ゲームセンターなどの遊戯施設でしかプレイ出来ない事か。

 尤も一部熱狂的なマニアは自宅の床が抜けるのを覚悟で筐体を購入していたりするが……

 ともかく稼働から十年間近く経過しても未だ人気の衰えない店にとってはドル箱ゲーム、それが『オメガストーム』だ。


 「はぁ、よくは判りませんがタタラがガルガンティスの操作に詳しかったのはゲームをやり込んで下地があったからだとは理解シマシタ」


 「まぁ両方とも開発者が一緒(オレ)だからなぁ」


 「うん、ガルガンティスの操縦殆ど『オメガストーム』と一緒だった」


 「ゲームも極めれば無価値では無いんデスネェ」


 ミューツが溜め息を吐いた。


 ちなみにミューツ、彼女のゲームの腕前は絶望的に下手だ。黒沢家の居間で三人で夕食後コンシューマー機を引っ張り出し遊んでみたところ音楽ゲームではひとつもタイミングを合わせられず、パズルゲームではブロックは消えず、配管工のおじさんではスタート直後にキノコに残機残さず潰された。


 涙目になったミューツを心配した多々良によってコンシューマー機は押し入れ深く封印される結果になったのだ。


 「……それにしても」


 「……救援隊」


 「……来ないデスネェ」


 何処までも暗い漆黒の宇宙、武者型ガルガンティスとスナークの遺体はひたすらに救援を待ちぷかぷかと漂い続けた。




 「さ、さささー……サトイ()! 『も』だよ、ミュー姉ちゃん」


 「『も』ですカ、それジャァ『モルフアンドル()』、『テ』デスヨテツヒトさん」


 「モルフアンドルテって何だよ?」


 「ニューナック星系の北部に伝わるお菓子デス、甘くて美味しいんデスガニューナックもスナークによって破壊されてシマイみんなコロニー暮らしデス、残念ながら原料であるピティリが手に入らないとかで今は合成品しか無いのダトカ……」


 「何かそれらしい事言ってるがどうにも嘘臭ェな、まぁいい、『テ』だったか!?『テルミナット反()』、多々良、『う』だ」


 「『う』ぅっ!?うー、うー、『う()』!」


 「『リルセオ()』。因みにリルセオハはヴォス星系の月の海岸域に生息する寄生虫デスネ、ひとの頭に取り付いて卵を脳に植え付けマス、植え付けられた宿主は自我を卵に奪われ卵の行きたい場所に……」


 「ミュー姉ちゃんっ!そーゆー具体例はキモいからいらないっ、あんちゃん『は』だって」


 ずっと救援を待ち受ける三人の漂流者、特に何をするでもなく暇に空かせて始めたのはしりとりであった。

 こう言ったところ、三人の神経のズ太さが窺える。


 「『破砕型造粒()』」


 「き、ききき、きぃ~ーーー………『きゅう()』」


 ピーピーピー


 「『リムナードヘイ()』、環状銀河南西遊星地帯の観光地デス」


 「『密着コイルバ()』」


 ピーピーピーピーピー


 「ねぇ~ーーねーねー……『ねぇ、なんか音鳴ってるけ()!?』」


 ピーピーピーピーピーピーピー


 「『どうした? 故障でもした()!?』」


 「か、『勘弁してくだサイヨ、故障トカモゥ()』」

 

 「もぉ!? も、も、も……あ! 『モニターに何か映ってるよっ()!?』」


 「『よし、ミューツ、確認してみてく()!』」


 「れ!? ええ……と、あ! アレハ『レミュ級巡洋艦デス!救助要請に応じた隊の様ですケ()』」


 ミューツを始め三人がモニターを食い入る様に見詰める。確かにそれはずんぐりとした外観をした人工物、宇宙船であった。


 「『ドンドン近付いてくる()』!」


 「『よく見ると編隊を組んでるぞ、周囲にガルガンティスを配置している()』」


 「『何か不審ですネ、レミュ級はこの宙域に存在していない艦デス、ミドガントではあの様な大型艦は配備されて居らず代わりに軽巡複数で賄って居るのデス()………』」


 「『がばいふとかねー、あ!ガルガンティスの銃口こっちに向いてるけどこれってヤバいんじゃな()』!?」


 「がばいなんてオメェ普段使わねぇだろ、そもそも地方が違うし、てか『一応警戒はしておこう、多々良、武者の動力に火を入れろ! ここは地球じゃ無いんだ、どんな事態が起こるかも判ら()』!!」


 「あ!あんちゃん『ん』だっ!! あんちゃん負け~」


 「ウフフ、テツヒトさんオマヌケデスネ、さぁ罰ゲームデスヨ、ビニール袋に酸素を容れてガルガンティスの周囲を一周無重力遊泳デス」


 「お、オマエラなぁ……ちょっとは緊張感ってモンを……」


 鉄人がぶつぶつ言い始めた矢先、武者の内部に取り付けられたスピーカーからノイズと共に男性の渋い声が流れた。


 『こちらウィルミン思想体所属第ミドガント派遣部隊108ガルガンティス大隊隊長ガニガス・ガグートスだ、正体不明機に告ぐ、貴公の所属、及び機体名を応えよ』


 通信は異星界の言語でなされた、環状銀河統一標準語を解さない多々良と鉄人にミューツが翻訳する。


 「………と言ってマス」


 「ミューツ、応えろ。『こちら太陽系第三惑星所属ガルガンティス月影(つきかげ)、当機は太陽系に於いてスナークと交戦、目標の死亡を確認したがその後目標の行った時空転移に巻き込まれ当星域に出現、民間人二名とパイロット一名、ついでに珍獣一匹を乗せ現在漂流中、至急救助を求む』と」


 ミューツが鉄人の言葉をマイクに向かって伝える。

 因みに珍獣云々の件は『太陽系原産愛玩動物』とした、姿を目にすればとても愛玩などと言えはしないおやびんではあるが惑星地表よりの原産希少動物の持ち出しは『環状銀河憲章』に触れる行為だ、『珍獣』などと言えばどの様に捉えられるか判らない、ミューツは余計な事態を回避する為にもそう訳した。


 「アイタタタ!」


 『む、どうした月影? 何か問題が!?』


 「イ、イイエ、問題はありません」


 『そうか、暫しそのまま待機を求める』


 「了解しました、通信終わります」


 おやびんは環状銀河統一標準語に精通しているのか、それとも雰囲気で察したのか自らの事を『愛玩動物』などと不名誉な呼称をしたミューツに手痛いお仕置きを下した。


 「すみまセンおやびんさん、ですが我慢してクダサイネ」


 「グニニニニッ」


 寛容な黒沢家家長はミューツのしなやかな手で背を鋤かせる事で謝罪を受け入れた。


 「それで相手は何て言ってたの? ミュー姉ちゃん」


 「しばらく待て。と、しかし判りマセン、どうして思想体の軍がココニ? 来るならばわたくしも所属するミドガント防衛隊の救助艦と思って居たのデスガ」


 ウィルミン思想体、ヴァンプと呼ばれる種族を頭とした環状銀河最大を誇る勢力であり軍事、生産、工業、世界のトップを常に走ってきた。

 本来ならば環状銀河北方トランティシ星域を中心に広くスナークから銀河を防衛する軍ではあるが、ここ、ミドガントはミドガント防衛隊の受け持ちでありウィルミン防衛軍の守護領域では無い筈だ。

 ミューツは頭にクエスチョンマークを浮かべて小首を傾げる。

 

 「まぁ助けてくれるんなら何処のひとでもいいよ。それよりこのガルガンティス『月影』って言うんだね、初めて知った! あんちゃんどっから名前着けたの!?」


 「んー……何となく、強いて言うならミューツがよく日が暮れてすぐの月を眺めていたのを何となく思い出してな」


 「テツヒトさん……」


 「言ったろ?何となくだ、何となく」


 「わたくしが見ていたのは夕焼けなのデスガ………月ではナク」


 「……………………………………………………………………………ふたりとも少し休め、救助は来たんだ。もうやることは俺たちにはねぇ」


 鉄人は気まずそうにミューツの視線から逃げるように床にごろりと寝転んだ。


 「ミュー姉ちゃんも少し休んで、翻訳ありがとね」


 「タタラはどうシマス? 操縦席は窮屈デショウ!?」


 「んー何だろ? ちょっと嫌な感じがするんだ、僕はこのままガル……月影を起動状態にしておくよ。あ!心配いらないよ、一応だからね! だから姉ちゃんは本当に休んでくれてて構わないよ」


 「そう……デスカ? それじゃぁ失礼シテ、テツヒトさん、ちょっと場所空けてくだサイ。そんな大きい図体で床を占領してちゃ邪魔デス!」


 「うう、ミューツが俺に冷てぇ」


 「おやびんさん、ヤっちゃってクダサイ!」


 「ミ"ュガリャアァァァ!!」


 「痛ってぇェェッッ!!?」


 騒々しい月影内部、だがやはり慣れない状況下、皆疲労が溜まっていたのかやがて規則的な寝息がコクピットを包み起きているのは多々良ひとりになった。

 

 おやびんを枕に穏やかな表情ですやすやと眠るミューツ、多々良はそれを微笑みで確認すると再びモニターに目を戻した。


 画面の向こう、巨大な巡洋艦を中心にガルガンティスに動きはない。

 だが多々良の杞憂は晴れない。

 もやもやとした言い表せない不安を胸に彼は月影のレバーを握り続けた。

 

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