第3話 死にたがりの神様
3.
こんがらがった頭を抱えながら、延々と吹き抜けの天井を見上げていれば、扉の開く音がする。玄関の扉がゆっくりと開いていき闇を照らす光が、館内へと。
誰も来ないって言ったのに……。
「あ?なんだよカルミー。転職か?」
「こうやってぼ~っと日がな一日過ごせるなら、それはもう天職です」
白い人がいた。
私とは対象的な色をした人がいた。
私とは相反する、対極にいる人がいた。
そういえば、先輩もここを利用していると聞いた事があるようなないような……だが、それにしても一昨日の今日である。まだ城にいるのと思っていた。
「いや、店に行ったらここだって聞いてな」
肩を竦め、周囲を見渡し、小首を傾げる。なんで司書いねぇの?と言ったところだろうか。
「なんで行き先ばれてるんですかね?」
「さぁ?洞穴行く準備してなかったからじゃないの?で。とりあえず、礼を言うつもりで店の方に行ったつもりだったんだが……なんで店主が捕まってんのよ」
「……知らなかったんですか?」
「ゲルトルード様のとこにずっといたからなぁ……礼を言おうと思って城の中探してもいないし、城の奴らに聞いてもなんか良く分かりませんとか言いやがるし……で。埒が明かないので店に行ったらテレサとかいう幽霊がいたから話聞いたらってそういえば、何だよあの幽霊!?流石にびっくりしたよっ」
「言っていませんでしたっけ?先輩を驚かせられるなんてやりますね、テレサ様。色物屋の面目躍如といった所ですね」
「なんで幽霊がメイド服着て店番やってるのよ」
「未練があるからです」
「作らせた本人が何いってんの……嘘吐きなカルミーは後でお仕置きだな。ウェヌスちゃんと一緒に。……そういえばウェヌスちゃんもいなかったなぁ」
小さくため息を吐く先輩はとっても残念そうに見えた。なんだろうこの可愛い物好き。
「……知ってるなら言わないでくださいよ。カルミナちゃん大失敗」
「きめぇ。で。なんで店主捕まってんの?」
「知り過ぎ。喋り過ぎ。意味不明な発言多すぎ。結果、危ない人扱いされました。あと、娘さんのマジックマスター何某であるところのガラテア師匠はパパさんの事はほっとけばいいんじゃない?という感じなので助けに行く事もなく……結果、捕まったままです」
「あの店主というかあの家族か?……が怪しいのは今に始まった話じゃないってのにね。一目見てゲルトルード様の病状をどうにかできるなら最初から、とは私も思ったけどさぁ。でも、それでも礼が先だと思うけどね。……何か皇族にとってまずい言葉があったのかね?いや、可能性があるだけで十分だったのかな……国を背負う物の責は私にも分からんし」
吐き捨てるように、そう言った。
その口調と表情を見るに、納得はいってはいないのだろう。どれだけ先輩ががんばってきたかは私には想像する事しかできないけれど、ずっとゲルトルード様のために動いていたというのならば、それを救ってくれた人は救いの神といっても過言ではなかろう。それを普通の人には理解できぬ理由で捕まえたのだから尚更か。
「リオンさんは納得済みみたいでしたが」
「達観のしすぎも問題だよ。馬鹿じゃないのか?」
「馬鹿だったら捕まってませんよ」
でも、馬鹿だと思う。私に何かを託した事が尚更に。
「それもそうですわね。といいますかね……」
「なんですか急にお嬢様言葉になって」
「煩いわよ。……これ、多分。まずい。ゲルトルード様が治ったので、かなりまずい」
「……何でしょう?」
「ゲルトルード様が、切れます」
「……はぁ?」
「自分を救ってくれた人を牢獄に閉じ込めて挙句に拷問でもしていると知れば、あの正義感の塊が何もしないわけないじゃないのよ」
いやそうかもしれませんが、という程ゲルトルード様を知らない。
「……とはいえ政治犯的な扱いなら致し方ないんじゃ」
「前皇帝でさえ有無を言わさず切った人ですわよ?」
「……前皇帝、何したんですか……初耳なんですけど」
「そりゃそうだ。表に出てないからな。ま、蛇の道は蛇だよ、カルミー」
「で。この場合誰が切られるんですかね?」
「アルピナ様……だろうなぁ」
「……いやいや。それはちょっとどうかと思うんですが」
「私も流石にそう思うわよ。でも、それでも8年。苦しみに耐えてきたのを救ってくれた恩人だよ。そしてゲルトルード様は恩人に対し、そんな扱いを許す人じゃない。だから、尚更あの部屋にいた私が店主の事を知らなかったのかもしれないわね」
伝えれば衝突は必須であるとアルピナ様は理解している、と。だが、逆に言えばそこまでしても捕えるという判断をしたのだ。
「対してアルピナ様は8年この国を持たせた功労者。その手腕は認めざるを得ない。その功労者の判断として恩人を捕えた。その判断を疑うのも本来は難しい話ですが」
そう。皇帝としての責を担ったのだ。この世界が、神様だって泣いてしまうようなこの優しくない世界で、彼女はどこかの誰かのために自分の心を殺した。
「あの二人本当に仲良いんだよね。ゲルトルード様の所でよくアルピナ様にお会いしたよ。……ほんと、嫌な世の中だよなぁ」
「……アルピナ様は泣いておられました。涙は見せていませんでしたが、それでも泣いておられました。私でも分かるぐらいに」
「カルミーだからだと私は思うけどね」
「なんですかそれ」
「別に。……それでね。厳密にいえば、ゲルトルード様が正式な皇帝なのよね。アルピナ様は臨時だし、代理なんだよね。実は」
「……えーと?」
「ゲルトルード様が皇帝に御戻りになれば、アルピナ様は皇帝を助けた者を投獄したモノとなるし、御戻りにならなければならないで実の姉を助けてくれた功労者を投獄したモノになるし、加えて姉はその功労者の立場で語るだろうし……」
「いやもう何が何やら……」
「皇位継承の戦争になる、とまではいわない。けれど……ゲルトルード様とアルピナ様の衝突だけは避けられない。これだけは間違いない……」
誰もが皆、誰かの幸せを願ったとしても、それが叶わないのがこの世の中で。
「……いやもうなんというか……リオンさんにゲルトルード様を説得してもらうしかないんじゃないですかね?」
「……捕らわれた側の言い分ならば、話を少しは聞くってか?……あぁ……うん、あるかもなぁ、それなら」
「もしくはゲルトルード様の旦那にリオンさんを持ってくればこれで万事解決でしょう!リオンさんが皇族になれば怪しい知識を持っていても良いんですよってっ……先輩なんですかそのそれがあったかーみたいな表情」
どちらかといえば、薄皮二枚ぐらい切られる覚悟をしていたのだが。思いの他なるほどなーという表情をして頷いていた。
「店主の料理があればゲルトルード様は今後も困らないわけだし、天使が襲ってきてもマジックマスターが身内になってくれてりゃ楽で良いんじゃない?あれが毎日毎日何体も襲ってきたら私らだけだとどうしても難しい時もあろうしなぁ。ほっときゃ勝手に喰ってくくれるんだろ?だったらさ、合理的に考えればそれも良い案なんじゃない?加えてその知識がどうのってのもカルミーがいうように解決するだろうし……それにゲルトルード様も良い歳だしなぁ」
「……」
「何よ、カルミー。私が、ゲルトルード様が婚姻関係結ぶ事に反対すると思っていたのかしら?」
「その通りですけど」
肩を竦められた。
「はんっ。ゲルトルード様が幸せであれば私はそれで良いのよ。それに、長く苦しい死に至る病から救ってくれた人に恋焦がれ、憧れるってのは美談なんじゃないの?」
「いや、それはもうアルピナ様がやっていますし……」
「姉妹何だから同じ行動しても良いじゃない別に。ゲルトルード様がどう言うかは知らないけれど、そういう案もあるっていうのは伝えてみるとするよ。別の争いが始まるかもしれないけれど、そっちの方が平和でしょ」
「馬鹿馬鹿しいとも言いますけどね」
「こんな世の中なんだもの。それぐらい皮肉ってやっても良いでしょ。誰も彼もが笑って馬鹿やれるようなそんな世の中がくれば、それはとっても良い事でしょ」
「そうですけどね……でも、巧く行かないのが世の中ですよ」
「カルミー、夢は見るものさ。私のは……叶いそうだ。いや、もう殆ど叶っている。だからさ、今度は私が他の人の手助けをしてやるんだ。叶わない夢なんて無いってさ。届かない夢なんて無いってさ」
「先輩、恥ずかしい台詞ですね」
「はんっ。一番恥ずかしい夢を抱いてそうなお前が言うかね?」
「私が……ですか?」
「皆で一緒にまた、遊びに行きたいとか思ってるじゃない?」
「そういうのは……確かに思っていますけど。でも、あの場所は壊れましたし。今の現状を思うと皆で一緒にというのは」
「だから、手伝ってやるって言ってるのよ。夢は見るものさ……それはきっと悪夢なんかじゃないんだからさ」
なんだろうこの先輩。本当、たまに格好良い。
「あんまりそんな事ばっかり言ってると……惚れますよ?」
「はんっ。女同士で何言ってんだよきもいぞカルミー」
そんな風に言いながらも、けれど、でも、ちょっと照れてくれたのは分かった。先輩はそういう意味で、分かりやすい。とっても白いから。白い平原に淡い色が生まれれば分かるのだ。黒い私でも、何も見通せない私でも、それぐらいは分かる事もあるのだ。
そんな風に、やいのやいのと先輩と暫くゆったりと話をしていれば、漸くオフィーリアさんが戻って来た。手に古びた書物を持って。
「やっと見つけました……あら、こんにちは……えっと白い常連さん」
「何その呼び方。いや、いいけどさ……お邪魔しているよ」
手を挙げ、挨拶する先輩。
「今日は……宜しいのですか?」
「今日は、というよりももう良いって言った方が良いかな」
「表情を察するに良い方向での結論が出たようで何よりです」
「どうも。ま、それもこれもこの後輩の御蔭って感じなので今度はこいつのために調べる事にしたのよ……で。何を調べているのか聞いてなかったけど」
「何を調べていると言われると……えーとミケネーコさんでしたっけ?」
「ミケーネさんです。どこの猫さんですか。まったく。ミケーネさんのオケアーノス、これがその写本と言われている書物です」
「……言われている?」
「本来の意味での写本の域には達していないという事です」
興味深そうに本に視線を向ける先輩に、首を横に振り、オフィーリアさんが苦虫を潰したかのような表情になる。
「記憶を頼りに書かれた物のようですから全く同じ物ではありません。ですが、稚拙ですが、認めたくはありませんけれど、写本と言われているだけあってこれを読んでもオケアーノスの概要は分かりますよ。むかつく事に」
けれど、そうは言いながらもその書物への扱いは優しかった。
「書かれたのは20年程前ですから、そこまで古いものではありません。その当時であれば原著もあったのですからそれを写せば良かったのでしょうけれど、これを書いた人はそうはしておりませんね。その理由は分かりませんが……いえ、常連さんにはどうでも良いことでしたね。ただ、言葉を履き違えて理解していたり、無理に自分で解釈した形で書かれていたりするため読む時は注意なさって下さい。『この大陸には果てがある』……冒頭の時点で間違えています」
「世界ではなく、大陸ですか」
「はい。原著の想いをまるで汲んでいない、言葉の勉強の為に書いたようなそんな程度の悪い粗悪品です……ただ、評価できる点としては原著の内容をここまで覚えていたという事です。語彙や言葉尻に問題はありますが、少なくとも私には記憶を頼りにここまで書くことはできません。私以上に熱心な信者なのでしょうね。図書館に寄贈されたのもきっとその方が、この物語を皆が知らなくなるという事を惜しんだからだと思います。稚拙かもしれませんが、その想いだけは理解できます。あの物語は忘れ去られるには勿体ないものですから」
嫉妬も混じっていたのかもしれない。自分が一番読み込んでいたはずの本を他の誰かが写本と言われるぐらいのものを作り上げていたのだから。いや、彼女も認めているのだ。ただ、それが著者ではなく、さらに自分以外だったのが許せないのだろう。しかし、それだけ愛されていれば作者も本望だろう。
「いやー……世の中には色んな人もいるものですね」
言いながら本を受け取り、司書さんに断り、移動する。これ以上長く聞いているとまたぞろ別の話になってしまいそうだ。それに、流石にこれ以降の話は聞かせられるものでもない。先輩と二人して図書館の奥へと続く道を行く。
―――
暫く歩けば開けた場所にたどり着く。来館者は居ない事ない、といった所だった。ただ若い人はいなかった。今この場では私達が一番若く、ついで若いのが中年の男性だった。学園生に開放されているとはいえ、やはり利用者は少ないようだった。ここを利用している人はどちらかといえば、私のように許可を貰った人達なのだと思う。あるいは学園の教師だろうか?中年の男性、老齢の夫婦がそこで静かに本を読んだり、読んで何かを書き写したりしていた。
「相変わらず利用者が少ないわね。せめてリヒテンシュタインの奴らは利用する事を義務にした方が良いと思うんだけど。自身の経験がものを言う事もある。けれど、ここには一人ではなく何百何千という人間の経験をまとめたものがあるんだから利用しない手は無いと思うんだけどなぁ。それらがあってもまだ足りないのにね。……いやはや、質が悪い。馬鹿は死ななきゃ治らないけど、馬鹿は死んでしまうからなぁ」
「……なんか心配性のお姉ちゃんみたいですね先輩」
「黙れ、妹」
認めてるじゃん、という突っ込みは入れず、周囲を見渡す。
陽光が入るように設計されたそこは少し暖かく、牧歌的な印象を与えてくる。放し飼いにされた馬達と一緒に草原に寝転がり、空を見上げながら過ごすかのような、そんなゆったりとした時間がそこには流れていた。
空いている所、というよりも周囲に声が届かない程度に離れ、隣に並んで座る。そして本を開こうとすれば先輩が声を掛けてくる。
「んで、それが何なのよカルミー?」
「いえ、何かの足しになるかなと……思いまして。……あぁ、そうでした。これとは別件なんですけど先輩に聞いておきたい事があったんです。忘れないうちにお聞きしたいんですけど」
「何よ?手伝うって言った以上、知っている事なら何でも教えてあげるわよ」
「じゃあ、お名前を」
「はんっ。そいつは知らないわね」
「ちっ引っかかりませんか……冗談はさておきまして。教会の事について教えてほしいんです」
「教会?あの糞天使の巣窟がどうしたよ?」
「やっぱり天使……なんですよね」
「死んだら天使が天国に連れて行ってくれるとか、何だったかなぁ。良く覚えてないんだけど、天使の実物みると……なんであんな気味の悪い物信じているかが全くわかんねぇよなぁ」
全くその通りだと思う。
「誰かが空に連れ去られるのを見て、天使の国に連れて行ってくれる!とでも思った人が最初に立ち挙げたんですかねぇ。空の向こうには神様の世界があるというのは浪漫ですよね。……もっとも、連れ去られた先のことは検証しようがない事ですし。言ったもの勝ちなのでは。あとは結局金集めとかじゃないんですかね」
「物語の熱心な信者の集まり、みたいなもんね。この本みたいなものかね」
先輩の白い指先が古びた本の表紙をなぞる。タイトルはなく、表紙は単なる厚紙。その長辺側に二つの穴を開け、紐で閉じたもの。素人が作ったというのが良く分かる。
「で。ですね。『人の神様は悲しみに泣く』というのは……これは教会とは関係ない事なんですか?」
「あるわけないじゃん。そっちは本当にただの神話だよ。創作された寝物語用のね。きっとこんな超然とした存在がいたら面白いよねっていうただそれだけの創作物だよ。……でも、この間の事を思えばその神話っていうのが、史実を誰かが書き下ろしたのかもしれないけどさ……それこそなんか訳知りっぽかった店主にでも聞けば分かるかもな」
ぼんやりと先輩と二人して先日の天使を思い出す。
「ですよねぇ。……だったら本当に誰だったんだろう」
「何の話よ?」
ぽけっとした不思議そうな表情で小首を傾げる姿が少し可愛らしく見えた。錯覚にも程がある。
「いえ、私に色々教えてくれた教会の人なのですが、そんな事を言っていたんですよ。『人の神様は悲しみに泣く』って。育ての親がその言葉を信じて、死に際にまで言ってましたから。……笑っていれば神様も笑ってくれるって」
「ん。それはどう聞いても神話の話だよなぁ。それこそそれを題材にして宗教を作る人もいるかもしれないけど……そんな事して何になるんだよ」
「本当に。何になるんでしょうね?……結局、それを、その人を理解しようとしたのは村でも育ての親と、私ぐらいのものですし。でも、色々教えてくれましたよ。偉い人との対話の仕方とか。費用対効果とか」
「食べられる物なら食べとけ、とかいう間違った認識を与えたのもそいつか?」
「何を仰るんですか。何事も挑戦ですよ」
「その心意気は買うが、その内、腹壊すぞ?」
「そんな柔な育て方はしていませんよ」
「カルミーは先に他の所を鍛えればいいと思いますよ?」
「ぐっ……そんな令嬢風に言わなくても」
痛いところをつかれた。が、そのどうだ見た事か、みたいなその表情はどうなのだ。
「ふーん。にしてもそれはそれで面白そうな話だな。こっちでも調べてみるよ。カルミーよりは多少顔が効くんでね」
「ありがとうございます。そっちは個人的な話なので、頭の片隅にでも留めておいてくれれば結構です」
「了解。で、本題。こっちは何?」
再び視線を書物に写す。
「こっちはですね、リオンさんの言葉の意味を知るために何かの足しにならないかなと」
「店主のねぇ」
「えぇ。何だか良く分からない事を言われたので調べ中なのです。あまりに荒唐無稽な予想はありますけれど」
「何事も言ってみるものだよ。試しにその話とやらと、カルミーの考えを言ってみな?」
情報整理もかねて、先輩へと説明する。
リオンさんが言ったのは、『この大陸の自殺を止めてください』という事。そして『私には、殺す事しかできませんでした』と『貴女なら、あの子を泣きやませる事ができる』の二つ。
ガラテアさんから聞いたのは……ドラゴンの神様は人間の神様を壊す事はできなかったということ。そして、軽く言っていたが、ガラテアさんの母親はドラゴンの神様が手ずから作った存在だという事。
そんな事を伝えていく。馬鹿にする事もなく、神妙に話を聞いてくれる先輩が心強かった。委ねてしまいそうになるぐらいに心強かったけれど、でもそれは駄目だ。それは甘えなのだから。
私の話を頷きながら、時折質問を挟みながらも聞き終わり、暫く考えていたかと思えば、先輩がその柳眉を寄せる。
「大陸……ねぇ。だからこの本に書かれている事から何か分からないかって話か。ほんと、藁をつかむ話ね。神様がどうのこうのというのはおいといても、店主が心配しているのは世界、大陸?の崩壊なのは違いない。その原因も過程も分からないけれど、現状、地震が多く発生しているのは間違いないし、その頻度が高くなっているのも事実。それがさらに多くなれば都市部にも被害が出てくるだろうね。8年前と同じようにドラゴンが出てくる可能性もある……世界が終わる可能性もなくはない」
「はい。けれど、それが何故私に期待する事になるんですかねぇ」
そんな私の当たり前の疑問に、先輩はそれこそ当たり前のことを聞かれたとばかりに一瞬きょとんとした後にくすりと笑みを浮かべた。
「力じゃ解決しないってことでしょ」
「えーと?」
「力で解決できるなら、あの娘さんにでも頼めば事足りるわよね。それでも駄目という事なのでしょう?店主の真意は分からないけれど、でもそうね。カルミーに期待したという事は心理的なものが大事なのでしょうね」
「なんですかまた、お人よしとか優しいとか言われるんですか私?もうそろそろ背中が痒くなりそうです」
「ま、そこはそんな風に返答するカルミーが良かったのだろうな店主的には、と言っておくとしようか」
「……」
「黙るぐらいなら最初から格好つけるなよ馬鹿。そういうわけで、カルミーでどうにかできるのだと店主は考えている、と私は理解する。その理由は不明。他の雑事は他の者が解決できるとも思っている……とはいえ、店主が言っている大陸の自殺が真実なのだとするのならば、人間にどうこうできるものではないと思うのだけれどね」
「そうですね。ほんと私にどうこうできるような事もないと思うんですが……」
「殺す、ではなく泣き止ませるというのがネックかもね。大陸の自殺とやらを止めるために店主は何かを殺し、それを止める事はできる。けれど……きっとそれは最善手ではないという事なのね」
そう。私ながら泣きやます事ができるかもしれないと、そう言った。そして自分ならば殺す事はできるとも明言した。殺す事しかできない、と。
しかし、大陸の自殺を止めようとしてリオンさんがあんな怪しい話をしていたのならば、本当に世界崩壊を救うための行動をしていたというのならば……どれだけ博愛主義なのだろうか。いや、それ以前にあの発言を思えば信じられない事だが少なくとも一度はそれが成されているのだ。
何故、彼は神様さえ泣いてしまうこの世界を救おうなんて考えているのだろうか。何故、大陸を作り上げた神様を殺してまで世界を救おうとするのだろうか。……ただ、分かるのは私なんかよりもリオンさんの方がお人よしだという話だ。
「はぁ。幽霊泣かせる仕事があったかと思えば今度は神様を泣きやますとかそんな仕事やらせるつもりですかねリオンさんは」
色んな思いを込めて、それこそ神様を一発殴って黙らせてやりたい。どれだけ皆に迷惑をかけているのだと、そう言ってあげたい。
「……そういえばガラテアさんがあの時、一緒に殴りに行きましょうねとか言ってましたね」
「だったらそれが正解でいいんじゃないの?神様殴りに行ったらこの地震は止まって大陸が壊れる事はなくなるとかね。原因も理由も分からないけど、真実かどうかもわからないけれど……つじつまが合うのはそれなんじゃない?」
「……それはまた馬鹿馬鹿しい上にスケールが大きすぎて良く分かりませんね」
今日何度目かの苦笑。
けれど、これ以上考えても仕方ない。現状の情報整理はなったと思う。
「整理しますと。人の神様は悲しみに泣き、その悲しみは世界を割る。自傷行為の果ては神様が作り出した世界の死。そして大陸とは人の神様そのものでもある。神様が自殺を図る理由は不明。けれど、その神様を殺す事でリオンさんは世界を救ったと思われる。聞くだけでは本末転倒。故に何かの隠喩かもしれない。そして、その神様が復活したか何かの理由で再び自殺を開始した。結果、問題となるのは大陸自体の死もさる事ながらドラゴンの神様が襲ってくる可能性もあるという事。それを解決するには神様を殺すか、泣きやませる必要がある。どうすれば良いかは現在全く不明。情報としては、神は殴れる形を持っている可能性あり。さらなる情報収集が必要。……まとまった気はしますが全く進捗がない気がしますっ!」
「カルミー煩い。ここ図書館」
「すみません」
はぁ、とため息を吐く。
「でも、共通認識は得た。意義はあったと私は考えるよ。そして、この本。これの情報はまだ確認してないからな。今の話を共通認識として読んでみるかね」
とんとん、と先輩の指先が本を叩き、厚紙を開いていく。今まさに開かれるという所で、けれど私はついそれを止めてしまった。
「しかし、先輩。良くこんな話ちゃんと考えてくれますよね」
「どういう意味よ?」
「いや、神様がどうとか……世界がどうとか」
「あぁ、そんな事?悪魔はいる。天使もいた。幽霊もいる。人型のドラゴンだっていた。他にも意味の分からない化物なんて一杯いる。私みたいなのもいる。だったら、神様だっていてもおかしくないでしょ。この世界そのものが、神様自身だって言われても、そんなものか、と思うぐらいよ。もう少し人間に目を向けて欲しいとは思うけどね」
「……ありがとうございます」
「何?不安だった?」
「……いえ、その」
「色々な情報が一杯あって整理がつかなくてちょっと慌てているだけよ。もう少しすればいつものカルミーになれるわよ」
本から指を離し、私の頭に手を置く。黒い髪に白い指が映える。けれど、その白い指先が黒く染まってしまわないか、そんな訳のわからない強迫観念に襲われる。また、私は巻き込んでいるのではないだろうか?でも、そんな私に先輩は告げる。
「それと。私は、手伝うと言った。だったら、例えどんな事でも聞いてあげるわよ。道端の雑草だろうが、汚水に咲く華だろうが、なんでも掴める者なら掴んであげるわよ。それが先輩ってものでしょう?」
だから、後輩らしく先輩を頼って良いのだと。
「過保護な先輩ですね」
「ま。礼も兼ねてよ」
「私と一緒に居ると不幸になるかもしれませんよ?」
「はんっ。そうなったらカルミーが助けてくれるんだろう?」
「……」
「だから、黙るなよ。格好つけるなら二の句までは考えておけよ」
「私は先輩みたいに口が達者じゃないので」
告げられる句なんて減らず口ぐらい。
「何を言っているのかねこの子は。ディアナをだまくらかして廃棄寸前の現皇女様を頂戴した癖に……って。カルミーその首輪」
先輩が指差す先はエリザから受け取った首飾り。奴隷の証の上に添えるように飾られたプチドラゴンの飾り。
「首飾りと言って下さい」
指先で持ち上げ、先輩へと向ける。
「どっちでも良いけど……何?ディアナから取り戻したの?」
「いえ。わざわざエリザの下に持って来てくれたらしいです」
「……何故?」
それは、私への問い掛けではなかったように思う。眉を寄せ、顔を顰め、どこかを見る。記憶が確かだったら、その方向はリヒテンシュタインの屋敷ではなかっただろうか。
「いや、私に聞かれても分かりませんよ。売り物にならなかったんじゃないですかね?こっちなんて特に欠けてますし」
「…………」
無言で先輩が肩を竦める。
「なんです?」
「いや、なんでも。気にするなよ。ひとつの疑問に対して答えが見えかけたって話だよ。個人的な話だからあんまり気にするな」
「はぁ?」
「だから、気にするなって」
だったら、そんな仕草をしないで欲しいというのは私の我儘なのだろうか。
「だが、そうだな。急用が出来た。カルミーも来い。この手の神話系の話題にうってつけの奴がいるから紹介してやるよ。そこで話をした方が良さそうだ」
言い様、悪戯を思いついたとばかりに意地の悪そうな表情を浮かべ、立ちあがり、手を差し伸べてくる。その差し伸べられた手を、何だか良く分からないが、取り敢えず掴んでみる。柔らかく小さな手だった。これであの刀を振り回しているのだから信じられないぐらいだった。指先から伝わる先輩の熱から逃げるように視線を逸らし、
「えっと……本は?」
横目に本を見る。流石に持って来てもらった物を読まずに返すのはどうなのだろう?と先輩を見上げれば、
「借りていけば良いよ」
と。
「これ、持ち出し禁止なのでは……」
「大丈夫。私が借りる」
「……えーと?」
「気にするなよ」
リオンさんも相当だが、先輩も割と隠し事の多い人だと、そう思う。
名前とかも含めて。