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アオイ

アンシャルとディオドラはヤパーナーの自治区代表コウノ・シゲミツと会談していた。

二人は和風建築の建物に通された。

ヤパーナーは建物には木を使う。

ヤパーナーの家は木造家屋である。

二人はタタミの間に通されて、座布団に正座していた。

二人のために緑茶が用意された。

会談は二人とシゲミツが対面する形式で行われた。

「ヤパーナー自治区へとようこそ。今日はシベリア人のお二人と友好的に話ができると思っています」

シゲミツは屈託のない笑顔で二人を迎えた。

シゲミツはヤパーナーの民族衣装である和服を着ていた。

顔にはメガネをかけている。

アンシャルの初対面の印象は穏やかなおじいさんといったところか。

しかし、彼は政治家である。

政治家は見た目通りではない。

政治とは可能性の技術アルテである。

政治には高度な認識能力が要求される。

そもそも政治とは面倒で厄介なものなのだ。

「わざわざ、こんにちを空けてくれて我々は感謝する。私たちはテンペルの、シベリア人の代表としてここにやって来た」

アンシャルはシゲミツの出方を探る。

アンシャルは事前に諜報部隊からヤパーナーには何か隠されていることがあると警告されていた。

それが何かはわからないが、アンシャルは気をつけることにした。

「コウノ・シゲミツと申します。お二人の名は?」

「私はアンシャル・シベルスクだ。テンペルの副総長を務めている」

「私はディオドラ・シベルスカと言います。服装の通り、修道女です」

ディオドラは青い被り物に、白地に青の修道服を着ている。

恰好だけで修道女シュヴェスターだとわかるのだ。

会談は友好的な雰囲気で進んだ。

「ではお二人はどうして我らが自治区にやって来たのですかな? 会談の時間は無限にあるわけではありません。私も忙しい身でして、できれば単刀直入に本題に入りたいのです」

シゲミツが核心に入るよう話を促す。

シゲミツはのらりくらりとやり過ごす気はないということだろう。

アンシャルは鋭いまなざしをシゲミツに向けた。

そちらがそう来るなら、こちらも本題から入るとしよう。

「いいだろう。我々の要求はシンプルだ。シベリウス教徒への弾圧をやめてもらいたい」

アンシャルはそう言い切った。

シゲミツは複雑そうな表情をした。

アンシャルとしては交渉をシゲミツに一本化することで、この問題の解決をうながすつもりだった。

「ヤパーナーの中でシベリウス教徒が最近増えていることは認識しています。自治政府としてはなかなか難しいのですよ。自治政府はシベリウス教を特に弾圧してはおりません」

「なぜそう言える?」

「ヤパーナーは今宗教的に分裂しています。これはヤパーナーが分断される危機に直面しているということです。自治政府はこの問題に介入する必要があります。この現状でシベリウス教徒を弾圧するヤパーナーがいるのも事実です」

「どうして、シベリウス教徒が弾圧されるのですか?」

ディオドラが質問する。

ディオドラにとっては切実な問いかけに違いない。

「私たちは多神教徒です。私たちがおもに信仰するのはユノ(アマテル)、ミネルヴァ(ツクヨ)、ヘラクレス(スサノ)の三神です。それ以外にも神々はいますが、あまり重要ではありません。神は複数いるのが我々にとって自然なのです。ところがシベリウス教は(しゅなる神しか神を認めない……正直なところ私たちは神に支配されたくないのです。神はただサポートしてくれればいい。それが私たちが求める信仰です。ですが、シベリウス教の神は倫理的な性格を持っている。それこそがシベリウス教を我々が排斥する理由なのです」

シゲミツはシベリウス教の問題点を語った。

シゲミツは神に支配されたくないと言った。

それこそが問題の本質だった。

今のところヤパーナー自治区に引きこもっている限り、伝統的な多神教を信じても問題はない。

だが、自治区から一歩でも外に出ると一神教の世界なのだ。

シュヴェリーンはシベリウス文化に満ちている。

そもそも、学業を修めたいと思うなら、ツヴェーデンの学校に通いたがるだろう。

シベリウス教に触れる機会は知的なエリートほど多くなる。

事実、ヤパーナーの知識人たちはシベリウス教に改宗する者が多かった。

それはツヴェーデン社会で立身出世するにはシベリウス教徒の方が有利だからだ。

人は一人では生きられない。

また人の生活は他者との交流によって成り立つ。

ヤパーナーもヤパーナーだけで生きていけるわけではない。

ヤパーナーは嫌でもシベリウス教にかかわらざるをえないのだ。

ヤパーナーは今帰路に立たされている。

すなわち、シベリウス教を受け入れるか、それとも拒絶するか。

「我々がシベリウス教を受け入れたがらないのは、倫理は神が教えとくものとは思わないからです。我々にとって倫理とは人が決めるものなのです。シベリウス教の神は人に倫理をもたらす――これが我々の神経に触るのですよ」

シゲミツはシベリウス教をヤパーナーが受け入れない理由をそう語った。

つまり、問題はこうだ。

神が中心か、人が中心か、だ。

ヤパーナーは神の支配を受け入れる気はないらしい。

しかし、ヤパーナーの中にもすべてがそうではない。

やはり、社会的に有利だとその実益からシベリウス教に『形だけ』でも改宗しようとするものも出てくる。

野心的だったり、能力に恵まれたり、先見性があるものたちはシベリウス教に改宗していくだろう。

その方が合理的だからだ。

アンシャルとディオドラは互いに顔を見合わせた。

二人はここまでの話を聞いて、これはヤパーナーの民族性の問題でもあると感じていた。

「たとえヤパーナーがシベリウス教を嫌おうとも、私たちは兄弟たちを見過ごすことはできない。ましてやその兄弟たちがいわれのない圧力にさらされているとあっては……」

「そうです。シベリウス教徒には兄弟愛というものがあります。いくらヤパーナーがシベリウス教を拒否しても、私たちは訴えを取り下げません。ヤパーナーの兄弟姉妹たちの待遇の改善を要求します」

二人は射るような視線でシゲミツを見た。

二人ともシゲミツを批判しなかったが、視線での非難はした。

シゲミツが大仰にため息をついた。

「お二人はこの問題の深さを理解していらっしゃらない。これは民族が消えるか、消えないかの問題でもあるのです。このままシベリウス教徒が増え続ければ、私たちヤパーナーは消えてしまします。我々がかたくなにシベリウス教への改宗を拒むのは、民族の維持のためでもあるのです」

「その考えは間違っている。ツヴェーデン人はシベリウス教に改宗したが、その民族性は失っていない。ツヴェーデン人にできてヤパーナーにできないとは思わない」

アンシャルが反論した。

エウロピア大陸ではシベリウス教が様々な民族に広がったが、民族性が失われたという事実は聞いたことがなかった。

「もうこのくらいにしましょう。そろそろ会談の時間も終わりです。私の孫にもてなしは譲ります。アオイ、入りなさい」

「はい」

奥の扉から、一人の女性が入ってきた。

身のこなしが優雅だった。

それはジュリちゃんを送った女性だった。

ただし服装が紺の着物だった。

「!? あなたたちは……あの時の」

「君か」

「アオイ、名乗りなさい」

「はい、私はカガミ・アオイと申します。シゲミツ代表は私の母方の祖父なんです」

「アンシャル・シベルスクだ」

「ディオドラ・シベルスカよ」

「アオイ、この方々は客人ですから、よくおもてなしするよう。それでは、私は失礼します」

シゲミツはその場を発ち、奥へと下がっていった。

後には三人が残された。

しばらく沈黙する。

これからどうするか。

アンシャルとしては帰ってもよかったのだが、ここは相手側のもてなしを受けるべきだろう。

「アンシャルさんたちはこの後のご予定は?」

「いや、特にない。自由だ」

それを聞くとアオイはうれしそうな顔をした。

「そうですか。それでは、私の家でおもてなしをさせてください。駄目ですか?」

「ああ、かまわない」

アンシャルは即決した。

ディオドラもうなずいた。

二人はアオイによるもてなしを受けることにした。

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