アオイの家
アオイの家は中規模の一軒家だった。
ヤパーナー伝統の木造家屋である。
ヤパーナーの家は土足厳禁である。
ヤパーナーはこの文化をツヴェーデンでも続けていた。
この文化のルーツはヤーパン時代にまでさかのぼるらしい。
「こちらです」
アオイが家まで二人を案内してくれた。
柵が長方形の家を取り囲んでいる。
ヤパーナーの家は壁や柵で仕切られていることが多い。
「これは……雅な家だな」
アンシャルはそう評した。
アオイの家は昔ながらの古風な作りであった。
門を通って、玄関まで三人は進む。
「おばあ様、ただいま帰りました」
アオイが玄関を開ける。
すると中から一人の老婆が出てきた。
「アオイ、帰ったの? あら? そちらの方々は?」
「こちらはアンシャルさんにディオドラさん、シベリア人の代表です。シゲミツおじい様から、もてなすように言われてきました」
「あらあらそう。何もない家ですが、よろしければどうぞ、お入りください。私はアオイの父方の祖母カガミ・トキコです」
「アンシャルだ」
「ディオドラです」
トキコは二人に頭を下げた。
どうやら歓迎されているらしい。
トキコは灰色の着物を着ていた。
「あ、お二人とも、靴はここで脱いでくださいね」
アオイがチェックする。
シベリア人は靴を脱ぐという習慣がない。
アオイはそれを知っているのだろう。
アンシャルとディオドラは素直に従った。
これも含めて異文化コミュニケーションだからだ。
「失礼するよ」
「失礼します」
アンシャルはあらかじめヤパーナーの文化も調べていたので、これは驚きではなかった。
アンシャルたちは居間に通された。
座布団が用意されて、アンシャルたちは座った。
「今、お茶をご用意しますね」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
アンシャルとディオドラがお礼を言う。
「ふふふ、これはお客様に対して当然のことです」
アオイが笑顔を浮かべた。
アオイは奥へと去っていった。
アンシャルとディオドラだけが残される。
「さて、どうしたものかな」
アンシャルはディオドラを見る。
「ヤパーナーは礼儀正しいって聞いていたけど、そのとおりね」
「そうだな、ただ……」
「ただ?」
「感情の交流がほしいな」
アンシャルはヤパーナーの礼儀正しさを認めながらも、どこか不満があった。
つまり、感情の交流である。
アンシャルが言いたいのは、儀礼が過ぎると、本音のやり取りがなくなるということだった。
ヤパーナーは本音と建て前を区別するという。
ましてや、お客様に対しては一層礼儀を重んずるだろう。
それは悪いことではないが、人間としての血が通った交流が失われるという欠点もある。
ツヴェーデン人のヤパーナーへの評価は『慇懃無礼』であった。
ツヴェーデン人はあまりに礼儀正しいヤパーナーを見ると違和感を感じるらしい。
「アンシャル様」
「ツバキか」
庭に忍びのツバキがひざまずいていた。
何か報告でもあるのだろう。
「お気を付けください。政庁にヤパーナーの忍びと思える者が入りました。何か企んでいるかもしれません」
「企んでいる?」
「はい、その御身に危害が加えられるかもしれません」
「つまり、暗殺か?」
「その可能性が高いかと」
「わかった、気をつけるとしよう。それで、おまえのほうの調査はどうだ?」
アンシャルがツバキに現状の報告を求めた。
ツバキはよくやっているだろうか?
ツバキももとヤパーナーだ。
そのツバキも今はシベリア人である。
シベリア人の民族的定義とは『価値観を共有する人』なのである。
つまり、シベリウス教を信じ、シベリア文化を受け入れたのなら、血とは関係なくシベリア人になれる。
シベリア人の中にはヤパーナー系シベリア人もいる。
ツバキの配下たちももとヤパーナーであった。
それに対して、ツヴェーデン人とは『同じ血を持つ者』である。
あくまで、ツヴェーデン人は血統を重んじる。
「探りを入れていますが、難航しています。ヤパーナー自治区には何かあることまでは突き止めたのですが、潜入が難しく、難儀しております」
「そうか。何かつかんだらすぐに報告に来てくれ。情報の共有は重要だからな。それにしても……」
「いかがいたしました?」
「元同胞のスパイをやるのにつらくはないか?」
アンシャルはツバキたちを気づかっているのだ。
ツバキたちは同胞だ。
ヤパーナーの諜報をするのに何か精神的につらいことはないのだろうか?
「はっ、私たちはテンペルに拾われました。私たちはテンペルに絶対の忠誠を誓っております。テンペルの不利益になるようなことはいたしません。無用の心配でございます」
「わかった。引き続き諜報活動を頼む」
「はっ!」
ツバキはその場から消えた。
ツバキは優秀なくノ一だ。
必ずや有力な情報を持ってくるに違いない。
「お茶が入りました」
アオイが居間に入ってきた。
手には三つの茶わんをお盆に乗せていた。
茶わんは熱いのか湯気が立っていた。
アオイがお茶を二人に渡してくる。
「いただこう」
「いただきます」
「はい、ごゆっくりどうぞ」
アンシャルはお茶を飲んだ。
風味といい香りといい良質だった。
「これは高いのか?」
アンシャルがアオイに質問する。
「そうですね。お客様用なのでそれなりに値はします」
アオイも正座して座布団に座った。
「お二人は今日はどうされますか?」
「? というと?」
「ヤパーナーは客人をおもてなしする文化があります。もしよろしければ、夕食をごいっしょにいただきませんか? それと泊っていって結構ですよ?」
「いいのか?」
「ええ、もちろん」
アンシャルはディオドラの顔を見た。
ディオドラはどう思っているのか?
「私も兄さんに付き合うわ。今回はご好意に甘えましょう」
「わかった。まだ夕食には時間があるな。できればヤパーナー自治区を見て回りたい。アオイ殿、案内を頼めるだろうか?」
「いいですよ、私でよければご案内します」
「ディオドラはどうする?」
「私はここに残るわ。トキコさんと話してみたいの」
こうしてアンシャルとアオイはヤパーナー自治区の観光をすることにした。




