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ーーーなによ!席なんか立っちゃって!
オスカーがテーブルの反対側に座るリリアナへ向かってきたので、リリアナは反射的に逃げる体制をとってしまう。
オスカーの実家、シュタインブリュック侯爵家は代々武家の家系で、現在の当主は軍の幹部であり、次期将軍のポストが約束されていると評判だ。オスカーも類に漏れず、武家の令息として、鍛え上げられたがっちりした体格を持っていた。
ーーー真面目な顔して、近づいてこないでよ!
思わず殴られるんじゃないか?ーーとリリアナが思う程、鬼気迫る様子である。リリアナはオスカーの気迫に堪えきれず、オスカーと反対方向へ動き出す。
「お、オスカー、どうしたのよ?」
「ごめん、リリアナ。どうしても聞いて欲しい話があるんだ」
「はは、は、話ね。オーケー、オーケー。ちょっと座って話そうよ」
話をするにしては、ずんずん近づいてくる。逃げるリリアナと追うオスカー、旗から見れば丸いテーブルの周りをぐるぐる追いかけっこしてるようだ。
「…お2人ともお茶が冷めてしまいますよ。テーブルの周りをうろうろとお行儀が悪いです。どうかお座りくださいませ」
見るに見かねたメイドのカナが2人を注意する。いつもなら、メイドの分際でーーとオスカーは怒るのだが、今回は妙に素直に元の席に収まった。
「すまなかった。リリアナに…その…話があるんだ。このタイミングを逃すと言えない気がして、どうしても聞いて欲しい」
「わっ、分かったわ。夕飯まで時間もなくなってきたから、手短になら大丈夫」
今日は、男爵家で親族の晩餐会が開かれる。リリアナも参加するので、それまでにそれに相応しいドレスへ着替えをしなければならなかった。
ーーーとりあえず、お茶でも飲みましょう
リリアナにもオスカーの緊張感が伝わり、喉が渇いてきたため、先ほどカナがの紅茶を飲み干す。
ーーーぬるい…
ここ最近、リリアナが家族以外とお茶をする時には、アークが同席していた。アークがいれば、精霊魔法で紅茶は常に適温である。そのため、当たり前の事だが冷めてきた紅茶に驚いて、アークの事を改めて凄いなと感じた。そして、うっかりオスカーが話し出したのを聞いていなかった。
「…っ!リリアナは俺にとっては小さな頃から、可憐で可愛い従妹だ。とても話しやすいし、一緒にいるとしっくりすると言うか…、落ち着くんだ」
ーーーヤバい。最初の方、聞いてなかった…きっと、本題ではないよね?
「リリアナは、明るいし、気が効く方だと思う!」
「はぁ。ありがとうございます?」
急に顔を赤くしながらリリアナを誉め始めたオスカーに引き気味になりながら、怒られては不味いと、念のため感謝を伝えた。
「おぉう。…俺とリリアナは、今後もお互い気楽な仲で、上手いこと付き合えると思ってきた…。だから、茶会の日、男爵家にリリアナとの婚約を申し込むつもりだったんだ」
ーーーん?!なに?!こ ん や くとな?
「えぇーー!!」
「…やっぱり、リリアナは気がついていなかったんだな。ずいぶん前からメイルズ男爵にはリリアナとの婚約の打診をしていたんだが、まだリリアナが幼いと話を聞いて貰えなかった…」
「こ、こ、婚約って!!オスカーまさか…?」
リリアナはオスカーからの突然の婚約話に驚き、目眩がしてきたが、そこで慣れ親しんだ風がリリアナを包み込んだ。相変わらずオスカーは難しい顔をしていたが、アークの意思を汲んだ風の優しい温もりに思わずほっとする。
ーーーアークが側にいる
リリアナがアークの風の精霊の気配に気がついたが、カナとオスカーは全く気がついていないようだ。
「本当は侯爵家から男爵家に婚約を申し込めば、普通は断れないんだ。けれどメイルズ男爵は断った。直ぐに気がついたよ、アークが背後にいるってね」
「だったら、婚約なんて打診しなければ良いじゃない。オスカーだったら、話が会うくらいの女性なら五万といるわ」
「リリアナ、そうじゃない。俺はリリアナとの将来が欲しいんだ。リリアナじゃなきゃ嫌だ。どうか、俺を選んでくれないか?」
「ーー!!はぁー?!」
突然のどうしてもリリアナが良いと言うオスカーに、貴族令嬢らしからぬ声を上げてしまう。
ーーー駄菓子屋さんで、小さな子がおやつを買ってって駄々こねてる訳じゃないんたから!
「そりゃぁ、従妹だからね。お互い気が楽なのは分かるけどーー」
ーー(がったーん!)ーー
ーーーちょっと!また立たないでよ!!ーー
高身長のオスカーが上から椅子に座るリリアナを見つめる。テーブル越しではあるが、リリアナには高圧的な態度に映り、思わず身が竦んだ。
「じゃなくて、俺はリリアナが好きなんだ!!」
「ーー!!はぁー?!」
どんな罵声を浴びるのかと思い身を竦めていたが、オスカーの告白に、リリアナは思わず何度目かになる大声を上げてしまう。
そんな中、イライラしながら長々と噛み合わない2人の会話の様子を見ていたカナは、ようやくオスカーがリリアナに告白することができて、ほっとしていた。
いつまでも秘めた思いを抱えたままのオスカーを、主人であるリリアナの側におくのは、直感的に危険だと感じていたのだ。リリアナのためにも、オスカーには早いうちに思いを断ち切って欲しいと感じていた。
そして今度は、音もなくゆっくりと開いたリリアナの部屋のドアを見て、安堵のため息を深くついた。
「今からでも遅くない。リリアナ、俺と婚約をーー」
「ーーそれは無理な相談だよ、オスカー。リリーと俺の婚約は、既に陛下の承認も得ている。もちろん、リリーの父上にも了承を得てきたよ」
アークは部屋に入り、ゆっくりとリリアナのいるテーブルまでやって来ると、そっとリリアナを立ち上がらせた。そして、リリアナの前に立って、リリアナを守るようにオスカーに対峙した。
リリアナは体を包み込むような風の精霊の気配を感じてから、アークが側にいると漠然と感じていたため、突然のアークの入室にも驚きはしなかった。ただ、なぜもっと早く部屋に入って、オスカーを止めてくれなかったのだと不満だった。
ーーーもう!なんで告白後のタイミングで入ってくるのかなー?!
リリアナがプンスカ怒っているのを感じたアークは、ふと後ろを振り返り、リリアナを宥めるように頭をぽんぽんした。
一方のオスカーは、突然のアークの登場に一瞬驚きはしたものの、アークの後ろで安堵の表情を浮かべるリリアナを見て、指を握り締め悔しそうにアークをじっと見つめていた。




