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夕飯までまだ時間があることから、リリアナとアークは研究室から1度自室に戻る事にした。
アークは後でリリアナの父のメイルズ男爵の執務室に、リリアナが婚約と婚姻の了承をした旨を伝えに行くらしい。
一緒に父上に報告に行こうかーーとリリアナがアークに提案するも、ルーシャ王女の事で話があるそうで、リリアナの同席は断られた。
ーーー秘密にされると、ものすごく気になるんだけど!
かといって、貴族令嬢が両家の話し合いにでしゃばるのも憚られる。ここはぐっと我慢して自分の部屋で大人しくしていることにした。
ーーーコンコンコンーー
「はぁーい。どーぞー!」
部屋をノックする音が聞こえ、お茶とお菓子を頼んでいたメイドのカナが戻って来たんだと思ったリリアナは、いつもの通り、気のゆるんだ声で返事をした。
「カナー?早かったね。一緒に休憩にしようか」
「…誰が、カナだよ。相手を確認もせず、入室を許可するなんて、貴族令嬢としていかがなもんだ?」
ーーーうげっ!オスカーじゃない…
せっせと、お茶をするためにテーブルの上の薬草学の書籍を片付け始めたリリアナは、ドアに背を向けていたため、入室してきたのがカナだと思い込んでいた。
「…どこの世界に、貴族令嬢がメイドとお茶をするんだよ」
ーーーむかっ!ここは私の家だし、そんなの私の勝手でしょ!
「そっちこそ。こっちが勘違いしてるのに気がつきながら、淑女の部屋を名乗りもせず入ってきて!嫌味ったらしく説教しないでくれる?」
リリアナは膨れっ面を隠しもせず、従兄のオスカー・シュタインブリュックを睨んだ。以前は仲良く会話もしていた2人だが最近は、オスカーがやたらとリリアナへ突っかかってくる。それだけ気心知れた仲と言えばそれまでなのだが、リリアナはなんだか面白くない。
「はっ!どこにその淑女とやらがいるんだ?!淑女はそんな顔で人を睨んだりしないぞ」
ーーーほんとに腹立つ男ねー!!
「あんたに言われたくないわよ!」
「ーー失礼しますーーリリアナ様、シュタインブリュック公子様。廊下まで声が響いておられますよ」
リリアナとオスカーが言い合いを始めると、お茶を準備に行っていたメイドのカナが呆れ顔で戻ってきた。どうやらオスカーは、未婚の男女で2人っきりにならないよう、ドアを少し開けていたようだ。
「ーーっ!ごめんなさい……」
「ーーすまなかった」
メイドのカナに暗に、貴族としてマナーがなってないと指摘されたリリアナとオスカーは、罰が悪くややトーンダウンをして、お互いに謝罪をした。
「ーーーちょうど、お茶を2人分用意してきたのです。よろしかったら、シュタインブリュック公子様もご一緒されますか?ーー(本当は後から来るユーリス様の分だけど…)」
カナは少し考えた後、オスカーをお茶の席にすすめた。自室でのお茶の席を、カナが勝手にオスカーにすすめたのをリリアナは驚き、許せない。
ーーーなんでオスカーとお茶を飲むことになるのよ!?
「もうすぐ、夕飯だからオスカーには迷惑じゃない?ねっ、オスカーもーー」
「ちょうど喉が渇いていたんだ。遠慮なく頂こう」
ーーーっ!断ってよ!自室で飲んでよ!
ーーーーー
ーーー(カチャリ…)ーーー
紅茶のカップがソーサーに当たる音が室内にやけに響く。先ほど、カナがオスカーにお茶をすすめてしまったために、自室でオスカーとお茶をする羽目になったリリアナは心のなかで、悪態をついていた。
ーーーもう!!さっきまでの減らず口はどうしたのよ?!黙ってないで何か言いなさいよ!!
「…茶葉を替えたんだな…」
「ーーへ?茶葉?」
ようやく口を開けば、紅茶に使われた茶葉がオスカーは気になるらしい。嫌味が来ると待ち構えていたリリアナは肩透かしを食らった。
「…昨日。茶葉を茶会で気にしていただろう…?」
オスカーに指摘されるまでリリアナも気がつかなかったが、確かに昨日とは紅茶の茶葉が違う。
「…!!これって?!」
「ご歓談中、失礼します。こちらの茶葉は、リーフェンシュタール公子様がリリアナ様へとお持ちになったお品でございます。リリアナ様のお好きなフルーツの香りが僅かながら品よく香る一品でございます。」
リリアナがはっと気がついたと同時にカナがオスカーに説明をした。そう、今日庭の東屋で飲んだ紅茶と同じ味ーー。
「ーーっ!あいつが用意したのか…」
「何を驚いてるのよ?味が口に合わなかった?」
オスカーもリリアナは忘れがちだが侯爵家嫡子。アークが用意した茶葉が不味い筈はないのだが、もしかしたら、オスカーの好みとは違ったのかも知れない。紅茶を淹れ直すべきか問いかけようとして、オスカーの様子がいつもと違う事にした気がついた。
ーーーまさか?毒ーー?!
リリアナがあらぬ方向に勘違いをしていると、オスカーがポツリと、諦めたように話を始めた。
「…いや、美味しいお茶だ。リリアナの好きな味はこれなんだな…。知らなかったよ。俺はあいつよりもいつも遅れをとる。今回も気がつくのが遅すぎたんだ」
ーーーん?茶葉くらいで大袈裟な。でも、ほんと良かった!毒じゃなかったー!!驚かさないでよね…
リリアナが自分の勘違いに呆れつつも、ほっとしていると、オスカーがリリアナの首もとに目を留めた。
「それが、あいつが贈ったカルラ・ルカか。それを身につけているって事は、婚約を了承したのか?」
「えぇ。カルラ・ルカは送り主の精霊魔法を込めれるから、お守りの代わりにつけるようにって、アークが」
リリアナが自室に戻る際に、アークからペンダントをなるべく身につけておくように言われたのだ。素直にアークの言うことを聞かないと、叱られるのではないかと思う程に、アークは真剣な顔をしてリリアナに言い聞かせた。そのため、リリアナは自室に戻り早々にペンダントをカナにつけてもらっていた。
アークとオスカーは同い年であり、幼い時は親戚同士の集まりで頻繁に顔を合わせていたが、昔から何やら折り合いが悪かった。比較されることも多かったから、ライバル心でもあるのかもーーとリリアナが考えていると、オスカー静かに席を立った。




