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 九話目


「…やっぱり、ユーリお兄様からきちんとリリー姉さまに、お話頂くべきだったのよ…」


 ーー遠くで、ヴィヴィアンの怒っている声が聴こえる。


「…しょうがないじゃないか、急にルーシャ王女が学園に留学してくるって押し掛けてきたんだから…」


 ーーパトリックも、珍しくなにやら苛ついているようだ。


 ーーー…兄妹喧嘩??…ルーシャ王女とアークの婚約話…


「いくら公爵夫人からとは言え、男爵家当主を通さずに…ーーの話をされるのは、困ります!」


 リリアナの父の男爵もリーフェンシュタール公爵夫人ダイアナに、かなり怒りを露にしているようだった。


「…ーーユーリ殿は学園の生徒会の引き継ぎなのでしょう?ーー、あまりに、リリアナが気の毒です」


 穏やかではあるが、張りつめた声をあげるリリアナの母ロザリーの声もする。


 ーーー…気の毒…やっぱりアークはルーシャ王女と婚約するの…?



 ーーーーーーー



「…ん…。今、何時…?」


 二日酔いみたいに、ガンガン頭痛を訴えながらも、リリアナが眼を覚ませば、辺りはすでに暗くなっていた。

 意識がはっきりしない中で、すぐ側で聴こえていた会話から、だいぶ時間が経っていたようだ。


 ーーーここ、私の部屋よね?…たしか、茶会で急に目眩がして…


 ーーかたんー


「リリアナ!起きていたの?!」


 薄明かりの中、静かにリリアナの自室に入ってきたのは、乳兄弟兼幼馴染みであり、リリアナ付の侍女カナだ。


「ずっと眼を覚まさないから、倒れた時にどこか怪我をしたのでは、と旦那様が心配されて大変だったのよ。気分は大丈夫?どこか痛くない??」


 2つ歳上の乳兄弟のカナは、幼い頃から気兼ねなく接することができる、元日本人のリリアナとっては、実姉よりも本当の姉に近い存在だった。

 以前、カナから主人と使用人の立場をはっきりしようと提案された事もあるが、敬語は隔たりを感じるからと、リリアナと2人の時にはタメ口を使って貰っている。


「うん。頭が痛いけど…大丈夫かな…?今、何時頃?」


「今、夜の12時過ぎたとこ、ちょうど旦那様達がお休みになられたわ。レベッカ様達もすごく心配されていたのよ。リリアナの様子が変わったら、すぐ起こすようにと言われてるし。…頭が痛いならお医者様呼ぼうか?」


「ううん、そこまでしなくても大丈夫。ロイはもう歳だし、夜更けに屋敷に呼ぶのはかわいそうよ」


 男爵家の屋敷には侍医がいないので、屋敷の近くに住む優しいおじいちゃんのような医者のロイには、小さい頃から世話になっていた。


「リリアナが大丈夫なら良いけど…。何か食べ物か飲み物持ってくる?」


 そう言えば、茶会の前から何も食べていない。頭痛は治まらないが、何かお腹にいれた方が良いかとも思う。


 ーーーでも、屋敷も静まりかえった夜更けだし。少し我慢すればすぐ朝よね


「ありがとう。本当に大丈夫よ。もう遅い時間みたいだし、カナも自室で休んでね。あと、お姉さま達には、ご迷惑かけて疲れてるだろうから、知らせはしないで」


「うん。わかったわ。でも、何かあったらすぐベルを鳴らすこと!いいわね?」


「はーぃ。たぶん、鳴らすことはないと思うけど。カナも、遅くまでありがとう。お休み」


「明日は市場に行くのは禁止だからね!ちゃんとゆっくり休むこと!お休み」


 ちゃんと、明日の予定まで釘を指し、カナは自室に戻っていった。

 きっと、姉達が休み明けで学園に戻るまでは、なかなか屋敷から外出も難しい。姉達の婚姻の準備で屋敷も忙しくなるだろう。


 ーーー私がぶっ倒れてる場合じゃないのに…お姉さま達の婚約祝いのお茶会、すっかり邪魔をしてしまったわ


 今回のリーフェンシュタール公爵家の話は、寝耳に水だったが、貴族令嬢としてあの様に動揺してはいけなかった。

 元日本人から転生したリリアナだが、体力は転生前と全く違う。貴族令嬢のリリアナの身体能力は、何かと疲れやすく繊細で、深窓の令嬢そのものだ。そして、メンタルは最弱で、精神的ストレスには滅法弱かった。元日本人の記憶があるリリアナとしてはどうしても克服したいのだが、ストレスを感じると失神してしまうことは避けられなかった。


 ーーー体力作りをしたいけど、失神はメンタル的な部分が大きいし…


 取り留めなく考え事をしていると、体力のないリリアナは次第に瞼が重くなってきた。リーフェンシュタール公爵家との話は気になるが、リリアナが1人で悩んでもキリがない。そう開き直る事にして、リリアナは大人しくもう一度眠りについた。


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