武闘会
どうも麗華の様子がおかしい。外をぼーっと眺めてる様子を見てそう思う。いつもだったら、何かしらのアクションがあるはずなのに。もしかして、夏休みの間、俺と会えなかったから。
寂しい夜を一人で過ごしたのか。それとも色んな男に抱かれたのか。想像すると悪いことしか思い浮かばない。ここはどうするべきか。いつもどおり当たって砕けろ。俺は席を立ち上がり、麗華へと向かった。
「はぁ」
ため息を吐く麗華。やはり俺のせいだ。俺は居た堪れない気持ちで一杯だ。こんな小さな体の少女を悲しませてしまった。言葉では意味がない。行動で示せ。俺は麗華に後ろからやさしく抱きついた。
「ふぇっ」
「ごめんな、麗華。俺のせいで」
麗華の耳元で囁き、髪の匂いを嗅ぐ。近くにいるのに遠くに感じた。
「…な…さい」
「分かった」
俺は麗華の顔の方へと回り込み、濃厚なキスをした。
「んぅ!」
麗華の舌に自分の舌を絡める。相手に息継ぎさせる暇は与えない。深く。ただ深く、麗華を求めた。
「ゆ、遊離…」
「ディープです」
海里と美紗が感想を漏らす。見られていると恥ずかしいが今はそれどころではない。麗華も諦めたのか俺のなすがままだ。そして唇を離す。二人の間に怪しい糸が引く。麗華は息も絶え絶えだ。
「これでいいのか」
俺は麗華に尋ねるが返答がない。その代わりに股間に衝撃が走った。
「あひっ! さっきの傷が」
悶絶する。選択肢のミスか。そこからのバッドエンドか。俺は何が起こっているのか分からずに麗華を見上げる。そこにはいつもどおりの。いや、顔を真赤にした麗華がいた。
「学校で何してんのよ!」
罵倒と共に蹴りを繰り出す。痛い、けどヒールじゃないとダメ。マゾ犬がここに一匹。
「や、やめ…だって、キスしなさいって言ったじゃん」
「離しなさいって言ったのよ」
耳垢が溜まっていたのだろうか。膝枕で取ってくれる女性もいないし、きっとそうだろう。
何度も何度も踏み続ける麗華はいつもどおりだった。
「良かった」
「な、なにがよ。変態だったの」
「いや、元に戻ったみたいだったから」
「えっ」
それきり蹴りが止まった。振り上げていた足をゆっくりと地面に落とす。
「ほんと、なんなのよ…」
麗華がボロボロと泣き出した。俺は何が最善か考える。男の役目と言ったら一つだ。
「泣け泣け。胸なら貸してやる」
麗華の頭を胸に引き寄せる。恐らくこれが正解。嗚咽が聞こえる。何があったのかは聞かない。恐らくそれは正しくない。ただ受け入れるだけ。それぐらいなら俺でも出来る。麗華は俺にしがみついて泣いていた。
「そ、その。授業を始めても良いか」
京子が教卓に立っていた。どうやら授業が始まるらしい。あれ、周りが見えていなかったのか。みんなが俺と麗華のやり取りを見ていた。目の端には涙を溜めている。
「ご、ごめんなさい」
麗華は慌てて俺から離れ、顔を拭った。いそいそと席に着く。このクラスは空気が読めるんだな。俺は素直に関心していた。
授業が終わった。今日は始業式だったので半ドンみたいな感じだった。麗華は恥ずかしそうに俺に近寄ってきた。
「わ、悪かったわね」
自分の醜態に気が付いたのだろう。俺的に泣いてる美少女を抱き締める良い機会だったけど。
「いいや、俺は得しかしてないし」
本心だ。俺が卑怯でずるという言われも今なら頷ける。悪い男だった。
「悩んでた私がバカみたい。でも今なら言えるわ」
麗華が息を深く吸って言った。
「遊離。私と一緒に本宅の方へ来て。あなたじゃなきゃダメなの」
「「な、なんだってー」」
海里と美紗だけでなく、窓から空が現れた。天井から歩夢も落ちてきた。お前らは一体何をしているんだ。
「ちょっと待てよ、理事長さんよ。まだ学生だし、理事長さんほどならもっと良い男がいるはずだぜ」
「遊離と私の仲はお婆ちゃんが公認した。今更撤回するなら訴える」
「それなら遊離はもう私と家族です。一緒にお風呂も入りました」
「遊離は…その、あの。とにかくだめぇ!」
おいおい、好き勝手言うなよ。全部が的を射てるから否定できないが。
麗華は自分の言っていることを理解したのか顔がみるみる赤くなる。
「ち、違うわよ! これは、その、そういうことじゃなくて。ただ私の家の存続を賭けて…」
「存続! それってぇとあれか。契りとか交わすのかよ」
「あっ、今お腹の子が蹴りました」
「私も遊離と出会ってから生理がキテません」
「ゆうりぃ…。ゆうりぃ…」
あぁもうこいつらは。これじゃ収集がつかないので俺は皆を黙らせる。
「お前ら、ちょっと黙ってろ!」
俺の大声で沈黙が訪れる。意外に素直で反応に困る。
「麗華。話の続きを」
「えぇ、助かったわ」
麗華は事情を話してくれた。誤解していたことに気付いたのか、みんな俯いていた。
「…というわけなの。だから、少しの間でいいから遊離を貸して」
麗華はみんなにそうお願いしていた。そこには理事長としての姿はなく、一人の女性としての麗華がいた。そう言うには幼い身体だが。
「へっ、理事長さんの頼みとあっちゃあ仕方ねぇな」
「麗華の頼みなんて滅多にないから断れない」
「麗華様。どうぞ、この下僕を使ってください」
「理事長が困っているのなんて見過ごせないよ」
手のひらを返したかのような物言い。お前ら数行遡ってもそれが言えるのかよ。
「ありがとう」
麗華がお礼を言う。確かにこんな笑顔の前じゃ反論の仕様がないな。
「よっしゃ、任せなさーい。俺がヘボ候補共をぶち負かして、分家の人たちもハーレムに加えてやんよ」
あっはっはっはと高笑いをするが、空気が冷めている。もう冬か。
「今ここで言うことじゃねぇわ」
「遊離は空気が読めない」
「下僕じゃ勿体無いですね」
「そのぉ…遊離、どんまい」
やめて、そんな目で見ないで。両手で顔を覆い隠していた。
「よろしくね、遊離」
ひままずは麗華が笑顔を見せるようになっただけでも良しとしよう。
あれから作戦みたいなものを麗華から聞かされた。どうやら俺の力を最大限出せるように正体を隠して欲しいみたいだ。空の一件以来だが、変装は嫌いじゃない。麗華から渡されたのは紫色のフリフリの上着と真っ白なピチピチのズボン。それに仮面舞踏会のような仮面。端から見たらただの変態である。旗から見ずとも変態だった。
「変態みたいね」
「お前が言うかね」
麗華が言うには格好がふざけていた方が相手を油断させやすいそうだ。それに変態に負けたことなんて口外しないから秘密は守られるとかなんとか。取って付けたような理由だが一理ある気がする。
「呼び名は、そうね。ユーと呼ぶわ」
「コードネームとかなんか格好良いな」
厨二心を刺激する。名前も隠すとは本格的だ。格好はアレだが。
そんな気分もつかの間。麗華の携帯が鳴った。
「ちょっと出るわね」
「あぁ」
麗華が電話に出る。どんな会話をしているのだろう。驚いているようにも見える。しばらくして麗華が電話を切った。息を深く吐いている。
「どうした。なんか問題でも起こったか」
「問題も問題。大問題よ」
麗華は息を飲んでゆっくりと口を開いた。
「お祖父様が倒れたわ。そのため武闘会は明日から行うみたい」
麗華が震えている。俺は両肩を抱いた。
「じゃあ、行きますか。大丈夫、全部上手く行くよ」
俺達は会場となる本宅の方へと向かった。学校は休んだ。
「うっひゃーでけぇ」
やはりでかい。海里の屋敷と比べても、いや目測ではどっちが大きいかは分からないが。
「一応、本宅だからね」
麗華は当然のように言う。やはりお金持ちは見栄が大事なようだ。
「もう仮面は付けなさい。他の参加者に素顔が見られるのはまずいわ」
「えぇ、これ蒸れるんだけどなぁ」
文句を言いながらも付けた。蒸れないように最小限の動きで済ませれば問題ないか。
運転手にはバッチリ見られた気がするが、主人を陥れるような情報は漏らさないか。
「どうだ、私は美しいか」
「えぇ変態として磨きがかかったわ」
賛辞と受け取っておこう。いつの間にか屋敷が近くにあった。正門に回りこむ。
「ありがとう」
「いえいえ」
麗華と運転手のやり取り。長い信頼関係のようなものが見て取れた。幼い頃から麗華を知っているのか。そういう人が俺にもいたんだけどね。
「麗華様。お待ちしておりました」
「南月。出迎えご苦労様」
南月と呼ばれた短髪の美少女。見覚えがあった。はっと息を飲んだ。
「彼が麗華様の相手なのですね」
南月が俺を覗き込む。早速汗をかいていた。
「なんかどこかで見た気がするけど」
う~んと考えこむ南月。武闘会が始まる前にバレるのはいただけない。
折角の仮装が。いや、変装が意味がない。
「行くわよ、ユー」
俺は無言で麗華に付いて行った。門の方を見ると南月はしばらく考えていた。すると、途中で諦めたようにまっいっか!と言って他の参加者を迎えていた。
「なぁ、あの南月って人。結構長いのか」
「えっ、そうよ。先代の秘書をしてた頃は中学生だったみたいだけど」
合点がいった。なるほどね。南月。あの時は長髪だったから気付かなかったけど。
あれだけ有能だったのが中学生か。すげぇすげぇ。
「なに、またハーレムとか言い出すの」
「何でも色物扱いするなよ。真面目な疑問だっての」
そう真面目な疑問。俺がいなくなってからの処理は全部彼女に任せてしまったからな。
それも今ではどうでもいいこと。過ぎた過去にはすがらない。
「抽選に行ってくるわ」
「おう」
麗華が受付に向う。待たされている間に周りの気配を探る。知ってる奴は特にいないか。
そんな俺の後ろにはいつの間にか誰かがいた。俺は急いで振り返る。
「ちょっと、何立ち止まってますの。グズですわね」
声が聞こえたが、目の前の男ではない。後ろに女の子がいるようだ。それよりも問題にすべきは目の前の男。俺も十分ふざけた格好だが、目の前の男の方が一枚上手だ。なにせ着ぐるみを着ていたのだから。ニワトリを象ったものだ。俺はそいつから視線を外せなかった。外してしまっては殺られる。それほどまで殺気が凄まじかった。
「ユー。抽選してきたわ。見事シード確保よ」
麗華がやってきた。俺はそっちに目を向けることが出来ない。すると、麗華の声を聞こえたからか、ニワトリの男がスタスタと歩いていった。抽選の方へと向う。すると、後ろにいた少女が顕になった。麗華と雰囲気が似ていた。
「あら、麗華。運だけは良いのね。まぁそれも意味はないのだけれど」
「あら、静華。あなたこそ男の趣味が悪くて驚いてしまったわ。ここを仮装大会と勘違いしてるんじゃなくて」
いや、麗華。人のこと言えないぞ。この二人はウマが合わないらしい。同族嫌悪というやつか。そんなことを思っているとニワトリの男が帰っていた。
「遅かったわね。それでどうだったの」
ニワトリの男は言葉を発せずにトーナメント表を指さした。俺達とは反対側のシード権だった。
「はっ、私達もシードだったみたいね。決勝まで行けてラッキーね」
「あら、その言葉そっくりそのままお返しするわ」
「おほほほほほほほ」
「あははははははは」
二人共笑っているけど目が笑ってない。目立ってるからやめて。
「まぁいいわ。私達が優勝する様を指を咥えてみてなさい」
そう言って静華は去っていった。それにニワトリの男が付いて行く。
「はぁ~戦う前から疲れたわ」
麗華は肩で伸びをする。そして俺に一言言った。
「あのニワトリ。凄い魔力ね」
「あぁ殺気もビンビン感じた。こりゃ簡単に優勝は出来ねぇぞ」
「あら弱気になったの」
「まさか」
負けられないのは分かってる。麗華のためにも勝たなければいけないのだ。
例えそれがどんな奴でも。
「賀州ペアと紫成ペア、一番ステージに入ってください」
放送が流れた。早速始まるようだ。俺は準備体操をしながら観戦していた。
「なぁこんなあっさり勝っちゃって良いのか」
「仕方ないでしょ。強い者より愛しあう者が記念で出てるみたいですもの」
どうやら真面目にやっているのが少数のようだ。それならこのコスプレもあながち場違いではないように思える。ついやっちゃったノリ、みたいな。
「それより見てた。あのニワトリ」
「あぁばっちり。と言っても一割も実力が分からなかったけど」
無駄がない動き。圧倒的なまでの余裕。そこからでは実力は測れない。
「もっと強い奴が当たってくれたらなぁ」
「あら、次の彼らの相手は強そうよ」
麗華の言う通り確かに今までとは違う。ちゃんと戦闘訓練を受けた身のこなしだ。これならば多少なりとも実力が分かるかも。俺は期待して見ていた。
「それでは始めてください」
放送が流れると同時に決着がついていた。観衆には見えなかっただろう。スーパースローカメラで見ても姿は捉えられない。まさに刹那。だが、見た。その一瞬を確かに見た。開始と同時に魔力による加速。殺さないように打ち出された拳。そして、元の場所に戻る。
「一瞬だけど魔力の流れがあったわね」
麗華も何かを感じ取ったようだ。こりゃ死合いになるな。
「それじゃ行きますか」
俺と麗華は戦場に向かった。
「決勝まで来たこと誇っていいわよ」
「あなた何もしてないじゃない」
「それを言うならあなたも似たようなものじゃなくて」
「あなた達とは違い、ちゃんと相手の出方くらいは伺ったわよ」
相変わらず口論を続ける。そろそろ開始の合図が鳴る。死なないように気合を入れる。
「それでは始めてください」
声が鳴り終わったと同時にニワトリが来た。俺もそれに応対する。観衆には全くその場から動かない状態が続いていることだろう。
「ニワトリ。すげぇ良い動きだな。それとも鳳凰木零壱と言った方がいいかな」
「…気付いていたか。不知火遊離」
これでもかなり力を抑えている。下手をしたら、この屋敷が壊れかねない。そうなっては麗華に何を言われるかわからない。それは相手も承知しているのだろう、拳には重さがなかった。
「なぁ、この戦いに意味があるのかな」
「…というと」
「どうせ本気で殺れないんだ。お嬢様同士に決着を付けさせればよくね」
「確かにな。俺も着ぐるみが破れて中身が出ては仕事に戻されてしまう」
利害が一致した。俺は攻撃をやめて麗華に歩み寄る。
「な、なによ」
「麗華、後は自分の力で掴み取れ」
反対方向でも全く同じやり取りが繰り広げられていた。
「仕方ないわね。私が一手授けてあげるわ」
「温室育ちのお嬢様では火傷してしまうわよ」
女同士の戦いは既に始まっていた。それから何が起こったのかは言わない。その、なんて言うか女の醜さが滲み出る戦いだった。口論に始まり、お互いに魔法を出し惜しみし、結局物理で殴り合っていた。観衆は唖然としていた。こんな連中が最高権限を持つのかと。こんな戦いが続けられるのなら、この家もしばらく平和だな。俺は仮面を付けていて正解だと思った。
鳳凰木も着ぐるみのまま項垂れていたのが見えた。その後、誰かに連れ戻されていたが。
見なかったことにするのが大人な対応だろう。そういうことでまとめておこう。
「ふぅすっきりしたわ。見たあの女の悔しがる様」
「あぁそうだなぁ、ははは」
俺は上手く笑えているだろうか。正直どっちもどっちだった。両方醜かった。見難かった。
「でも、これで赤羽家は安泰よ。お祖父様も納得したみたいだし」
「大団円ってわけだな」
そう言って麗華急に立ち止まった。俺は麗華に振り返る。
「どうした」
「ううん、そのお礼を考えてた」
「お礼か。それなら、キスのひとつでも(ry」
そう言うが早いか麗華の唇が俺に触れた。へへへといたずらっぽい笑みを浮かべている。
「これでチャラだね」
麗華の笑顔が実によく映える。誰にも見られていないだろうか。周りを見渡すと人がいた。
「麗華様…」
南月は見てはいけないものを見たような顔をしている。こりゃあヤバいかも。
「な、南月。これは違うの。キスなんてしてないわ」
しどろもどろになりながら麗華は言った。
「えっ抱き合ってるように見えたんですが、キスまでしてたんですか」
見事、墓穴を掘っていた。南月が俺にもの凄いスピードで迫ってきた。
「な、何か」
顔が間近にある。こんなに近いと照れてしまう。
「ふむふむ、君なら良いか」
南月の顔が遠ざかる。これはこれで寂しい。
「南月。一体どうしたのよ」
「いえ、私の知り合いに似ていたもので。でも、違うみたいです」
南月は麗華にそれでは失礼しますと言って屋敷の方へと戻っていった。
麗華は疑問を残しているようだったが、まぁ良いわと言って帰路に着いた。
そう良いのだ。深く知る必要はない。それが一番良いはずだから。
夕日が照らし出す麗華の笑顔は眩しかった。眩し過ぎて、見れなかった。




