夏休み(麗華編)
そろそろ閉寮期間に入る。あいつのことだから、そのことも知らずに過ごしているのだろう。
手のかかる奴だ。しかし、そんな煩わしさも今は心地良い。そう思えるのは私が彼に、不知火遊離に特別な感情を抱いているからなのかもしれない。本人には絶対聞かせられないけど。
「今日くらいにでも伝えないとね」
私は一人そう言っていた。夏休み中、彼は私と一緒に別宅で過ごそう。海里や美紗、空などには申し訳ないが、これくらい我儘を通しても構わないだろう。歩夢はよく分からないが、他は遊離のことを好きなのは間違いない。しかも、急激に距離を縮めてきて今では私が追う側になってしまった。一番最初に出会ったのは私だというのに。
「醜いわね。つくづくそう思う」
魔物退治を理由に遊離と一緒に過ごそうと踏んでいたのに、校庭での一件以来姿を現さない。
私の職務としては楽なのだけれど。いたたまれない。自分が彼に必要な存在だと思えなくなっていた。彼を学校に通わせたのは私。その優位性を失ったら、私はもう何者でもなくなる。
机に両肘をついて目元を抑える。このところ、遊離の存在を本宅の者に知られないようにする作業で忙しかった。下手なことを知られれば、また陰口を叩かれる。
「私じゃ先代の、お父様には及ばないのかしら」
ずっと言われ続けたこと。誰も私を認めてはくれなかった。秘書の女性を除いては。
彼女だけが私に親身になってくれる。何故かは分からないけど、それを生き甲斐にしているようにも見える。時折漏らす、あの方とは一体誰なのだろう。お父様のことではないようだけれど。しかし、そんなことはどうでもいい。私はまず遊離の側にいなければ。そう思って立ち上がると同時に電話が鳴った。また仕事が増えるのだろうか。
「もしもし、私よ」
「あっ麗華様ですか。大変です。すぐに本宅の方へお戻りください。先々代が」
受話器を落としそうになる。お祖父様が。私は倒れかかる体を必死に支え、受話器を握る。
「一体どうしたというの。お祖父様がどうしたと」
「それが、その。とにかく急いでください」
そう言って電話が切れた。私は居ても立っても居られなくなりすぐに本宅に向かった。
学校から本宅には片道三時間。この時間が今ではもどかしい。なぜ、もっと近くに学園を作らなかったのか。そんな些細な疑問さえ苛立ちに繋がる。頭を悩ませている間に本宅へと着いた。「麗華様。来て頂けたのですね」
秘書の女性、南月が出迎えてくれた。短髪の凛々しい顔も彼女が女性である限り発揮されることはない。少なくとも私は彼女に恋愛感情を抱いたことはない。何を言い訳しているのだ、私は。
「南月。お祖父様が一体どうしたの」
私は気が気でなかった。お父様が亡くなってから赤羽家は廃れてしまった。それに加え、お祖父様も亡くなってしまってはもはや宗家も分家も区別がつかなくなってしまう。それだけは防がなければならない。
「とにかく屋敷の方へ」
そう言って南月と共に屋敷の方へと向かった。そこには宗家だけでなく分家の者たちも集められていた。やはり、お祖父様の具合が悪いのか。嫌な予感しかしない。広い講堂で皆が皆心配そうな顔をしている。そんな心配を他所に二階にお祖父様が現れた。
「うぉっほん。えぇ諸君らに集まってもらったのは他でもない。私達、赤羽家は衰退している。このままでは下の者に示しがつかん」
お祖父様が快活に話しだす。具合が悪いようには到底思えない。南月にまんまと騙されてしまったようだ。南月に視線を送ると手を合わせて謝っていた。食えない女だ。
「そこで分家の者にもチャンスをやろうと思う。そうだな、近いうちに武闘会を開催しようと思う。そこで見事一位となった者に赤羽家の最高権限を授けよう」
おぉと歓声が上がる。お祖父様が出したのは苦肉の策。これ以上の落ちぶれ様を見せるわけにはいかないのだ。これは私に対する当て付けのようにも取れる。自分の力のなさ、無力さを痛感する。
「なお武闘会は男女ペアで出るように。強い者を選ぶも良し。愛する者を選ぶも良し。条件は勝つこと。日程はそうだな。人選に時間を掛けられるように二ヶ月待とう。それ以上は無理だ」
人選が一番大事なことは間違いない。それを二ヶ月という期間では短すぎる気がする。一体どうするか。遊離と組めば間違なく勝てるだろう。しかし、彼という存在を分家の連中は認めないだろう。歴史がある貴族とは到底思えない。恐らく名だたる名門の出を皆選ぶはずだ。それならば、私もそれに従うのみ。
「南月。名門の出の男を調達しなさい」
「わかりました」
そう言って南月はどこかに行ってしまった。お祖父様の説明は終わったらしく、分家の連中はぞろぞろと帰っていった。私は勝てるかどうかが不安で仕方がなかった。
「あらぁ赤羽家のご令嬢ともあろうお方が今更相手を選びますの」
癇に障る声が聞こえた。振り向かずとも分かる。序列二位の椿木静華だ。
「うるさいわね。煩わしいのは名前だけにしてくださる」
「なんなら、あなたの方が改名してもらえないかしら」
小さい頃からかなり変わってしまった。私を常に敵視している。前は姉のように慕い、後ろを付いて来ていたのに。それも全部大人たちが変えてしまった。
「ふん、あなたと話すのは疲れるの。どこかに行って頂戴」
「そうね。そうするわ。精々選りすぐりの男を探すのね」
もっともハズレしかいないだろうけどと付け加えて静華は帰っていった。
私の焦りは誰にでも分かるほど出ていたのだろう。普段、冷静でいる分粗が目立つ。
自分を制御できないのは久しぶりだ。とにかく探さなければいけない。
あれから二週間が経った。リストアップされた男たちに当たるが、どこも条件を出してくる。その条件というものがすべて婚姻だった。人の足元を見やがって。婚姻など真っ平ごめんだ。
諦めかけていた。もういっそのこと婚姻でも何でもするべきか。私は追い込まれていた。
「麗華様。そんなに頭を悩ませないでください。赤羽家が分家に成り下がっても私は構いませんから」
コーヒーを差し出す南月の優しい言葉が辛い。もう誰も私に期待などしていないのだ。南月はそういう意味で言っている訳ではない。それもよく分かっている。だが、今の私には余裕がなかった。
「私は勝たなければいけないの。少し黙ってて頂戴」
私は苛立ちを隠そうともしなかった。腹ただしい。むしろ腹ただしいのは遊離を選ぶことができない自分だ。家柄などに縛られている。思いと行動が重ならない。
「はぁ…あの人がいればなぁ」
南月が何気なく漏らした一言が気になった。あの人、あの方。南月の言葉には否応なくその存在がある。一体誰なのか。
「南月。その人は一体誰なの」
私は考えるよりも早くそう聞いていた。南月がそれほど信頼を置く人物が珍しい。しかも、この条件を満たすということは男なのだろう。南月には男よりも女の気配の方が多くあると思っていたのに。
「えっ、いやぁ。その彼とは…連絡がつかないというか、はは」
南月はしどろもどろになりながら答えた。そうなのか、非常に残念だ。それだけの人となら一度くらい会ってみたかった。連絡が途絶えてまで信頼しているところを見ると南月は尽くされるより尽くす方が性に合っているのだろう。だから、言い寄る男をフッてきたのか。真偽のほどは定かではないが。
そんなことにうつつを抜かす暇などない。背に腹は代えられない。遊離に出てもらおう。
私は携帯を取り出し遊離の番号に掛ける。二十コールほどしても出ない。電源が入っていないようだ。
「もう、出なさいよ」
それでも諦めきれずに掛ける。ずっと掛け続けた。
あれからどれだけ掛けたのだろうか。ひょっとしたら新手のストーカーと間違われやしないかとも思う。学校に戻っても寮は既に閉まっていた。行く宛もない彼をほっぽり出して、その挙句自分の都合が悪くなれば引き戻すのか。私は一体何を考えているのか。人として破綻している。結局は彼の強さに惹かれていただけなのか。自問自答を繰り返しても本当の答えが出ない。相手のことなんかもういい。そのへんの男を連れてでも勝ってみせる。私はただひたすらに魔法の精錬を続けた。彼ならばもっと早く打つ。彼ならばもっと威力がある。彼ならば彼ならば。私はただ己を鍛え続けた。気付けば夏休みは終わっていた。始業式の挨拶がある。こんな顔では皆に顔向けが出来ない。寮に、彼の部屋ならぐっすり眠れるだろうか。私は寮へと向かった。それからのことはあまりよく覚えていない。




