夏休み(空編)同窓会 空視点
私がお風呂から上がると、遊離はもう寝たとお婆ちゃんに聞かされた。相当疲れが溜まっていたみたいだから休ませてあげようと思った。いつもだったら同衾するのが私の務めだが、引き際はちゃんと分かっているつもりだ。私は出来る妻なのだ。すると、お婆ちゃんは他にも私に言いたいことがあったらしいのだが、口篭っていた。
「何、お婆ちゃん。どうかしたの」
私は心配そうに尋ねる。そして、何かを噛み締めるように私に言った。
「明日の午後八時にね。空の中学校の同窓会があるの」
私は訳が分からなかった。お婆ちゃんはその目で見てきたはずだ。私がどのような仕打ちを受けてきたのかを。それなのに何故。驚きと疑問を隠せない。
「辛いだろうけど行ってきて」
続けてお婆ちゃんは言う。今にも泣き出しそうだった。もしかして、私がいない間に何かされたのだろうか。許せない。私はその同窓会に行く決心をした。
「分かったよ、お婆ちゃん。だから、もう泣かないで」
私がしぶしぶ承諾するとお婆ちゃんは申し訳なさそうにありがとうと言った。私だけが傷つくのは構わない。けれど、お婆ちゃんだけは絶対に悲しませたくない。両親が事故で亡くなり、お爺ちゃんに先立たれたお婆ちゃんにはもう私しかいないのだ。私が守るのだ。
そう決意した途端、お腹がぐーと鳴った。まずは腹ごしらえだ。私はお婆ちゃんと一緒に夕飯を食べた。そして、胃が消化したタイミングを見計らって眠りについた。明日は戦いだ。
予定の時刻になっていた。遊離は散歩に出ていてこの場にはいない。それがむしろ好都合だった。遊離に頼ってしまっては私の決心が鈍る。朝も昼も何度も遊離の力を借りようとしては思いとどまった。これは私の戦いなのだ。友達ができて私は弱くなったのだろうか。ふと、そんな疑問が浮かぶ。けれども、それ以上に多くのものを貰った。後悔など微塵もなかった。
「じゃあ行ってくるね、お婆ちゃん」
私がそう言うとお婆ちゃんは心配そうに見送ってくれた。山を降り、目的の場所へと向かう。
いつもよりもペースが速い。興奮しているのだ。あいつらにどんな報復をしてやろうかと息巻いているのだ。こんな私を知ったら、遊離は嫌いになるだろうか。それならそれで諦めよう。私と同じ力を持ちながら、何不自由なく生きてきた彼だ。もともと住む世界が違う。
これは言い訳だろうか。麗華や海里や美紗、挙句に歩夢までライバルになって諦めているのかもしれない。複雑な思いが胸中に渦巻く。早くこの思いを火照りを鎮めたい。早く!早く!
圧倒的なまでの力を惜しげなく、見せつけてやる。それでもう関係を断ち切る。私は所詮壊すことしか出来ない人間だ。でも何もできないより。傷つけられるだけでないだけ、私は救われる。この力があることに…。目的地に着いた。中学の時の連中は美味しい料理を食べながら、思い出に耽っていることだろう。そのささやかな幸せの一パーセントを私に向けてくれれば、こんなことにはならなかっただろうに。私は会場のドアを開けた。壊すほどの勢いで。だが、そこは本当に同窓会だったのだろうか。料理がぶちまけられ、テーブルや椅子は乱雑に配置されていた。いや、この場合破壊され尽くされていたと言った方がいいだろう。中学の同級生だった連中は怯え、隅っこで震えている。なんだ。何が起こっている。私の前には狐のお面を被った和服に身を包んだ男が立っていた。
「ククク、早かったな」
その男はそう言うと片手で持ち上げていたものを乱暴に放おった。
「ぐわっ」
飛ばされた男は私に汚い言葉を浴びせ高笑いしていた奴だった。その男にみんなが無事を確認している。大丈夫か。怪我はないか。私が欲しかった言葉を掛けられる。
「お前は一体何ものだ」
私はその男に問う。こんなことをする奴の気がしれなかった。それをやってのけるのは私だったはずなのに。安心と悔しさが私を襲ってくる。
「私か。そうだな…悪しき狐と書いて悪狐とでも名乗っておこうか」
その中でも私はかなり質が悪いと面白可笑しく笑ってみせる。何が可笑しいのだろうか。これだけの人を傷つけて置きながら何故笑えるのか。
「なぜこんなことをする。理由などないはずだ」
私は自分で言っていておかしくなる。理由ならたくさんあった。そんな私を見透かしたかのように悪狐は言い放った。
「理由なら君が知っているのではないか。こいつらは性根が腐っている。弱い者を見つけては見下し、その行為の対象が自分にならないように。保身のために生きている。そんな輩に生きているべき価値などあるのか」
無感情な声だった。さも当たり前のことをしたように。すると、その言葉に恐れた連中が私に声をかける。
「助けてくれ名取!」
「今まで悪かった。許してくれ」
謝罪の声を上げる。それがあの時であったなら。私は悲しくなった。その連中に見下げた果てたようなため息を悪狐はこぼした。
「ほら、言ったとおりだろう。我が身の可愛さに今まで散々虐げた者を頼る。こんな連中に生きる意味があると思うか」
私は思わないねと悪狐は付け加える。その言葉を否定することが出来なかった。
「人がどのように生きようとその者の自由だ。他人が干渉することなど出来ない」
私は正論を言ってのける。その言葉に連中が息を呑むのを感じた。少しは悪いと感じてくれているのだろうか。真偽の有無は分からない。そんな言葉など聞いていないかように悪狐は話す。
「そんな正論がこいつらに伝わると思うのか。この場で一人殺してあげたほうがよっぽど改心するのでないか」
そう言って怯える連中に歩み寄る。みんな腰が抜けて逃げることが出来ない。
「こいつにするか」
選ばれたのは私の教科書に落書きしていた奴だった。悪狐の手が近づく。
「や、やめ……」
そう言う彼は涙を流して懇願する。その姿は立派な人の成りをしていた。
「させない!」
その声と同時にその悪狐の手を掴んでいた。風の恩恵による加速で私がいた場所には穴が空いていた。なぜ自分が飛び出したのかは分からない。ただ気付いたらそうしていた。
「あくまで守るか。こんな連中を」
憎たらしそうな声を上げた。初めて感情を露わにした。私は腕を離さない。
「殺すのは駄目だ。いくら酷く見下げた人間も生きていればやり直せる。正しくなれる」
見事なまでの偽善だった。そんなことは分かっている。でも、可能性があるのなら人は生きているべきだと私は思う。
「君は性悪説の人間か。悪いから良くなろうとするとはよく言ったものだ。人は悪性を持ち、悪性を持って死ぬ。それが何故分からない」
理解に苦しむと言った苦悶の表情を。顔は見えてはいないが、そう感じた。
「そんな生き方をしていたら、世界中の人間を殺すことになる。そこに一体何がある」
私は理解出来ない。たしかに一時の気持ちで他人を傷つけることはある。だが、それを理由に人を殺していては皆いなくなる。そんな世界を誰が望むのか。
「何もないさ。何もないから争いも生まれない。誰も傷つかない。良いこと尽くしでないか」
笑っている。悪狐は笑っていた。それが一番正しいあり方だと言わんばかりに。まともに会話をする気はなさそうだった。
「そんなの間違っている」
私は素直に言葉が出た。この気持ちには偽りはなかった。そうかと悪狐は漏らして言った。
「よろしい、ならば戦争だ。何時の世も勝った方が正しい。それが正義。俺が勝ったら、こいつらは皆殺しだ。それが嫌なら、守ってみせろ」
悪狐の雰囲気が変わった。尋常ならざる圧力を感じた。私は拳を握り、相手に向かう。
完璧な戦闘態勢を取った。悪狐は構えなど取ってはいない。油断しているのだろうか。
私は体中に風の恩恵を授け、突進した。
「はぁ!」
気合の入れた拳を相手の腹にぶつける。悪狐はぶっ飛び、壁にめり込んだ。
「カカカ。良いパンチだ。殺す気満々のパンチだ」
殺させないために殺す。そんな私の姿が滑稽だと笑う。
「しかし、今の君の姿を見てこいつらはどう考えていると思う。…化物だよ」
「黙れ」
そう言って追撃をかけるが、スルリとかわされれ、私の頭を掴んだ。そして、そのまま私の耳元で囁く。
「甘い。とても甘い匂いだ」
その言葉と共に回し蹴りをくらわせてきた。
「ぐぅ!」
上手く両腕で防御を図るが、完全に威力は殺しきれない。私は距離をとるため後ろに引いた。
「こいつらは君に感謝などしない。理由を付けて君を悪者にするだろう。そしたら、いつもと変わらないポジションだ。何も変わらない」
そんなことは分かっている。だが、だからといってみすみす殺されるのを見るのは嫌だ。
私には私の正義があった。遊離だったら、きっとそうする。他人のために自分を犠牲にする。
とても辛く不器用な生き方だった。
「それでも、私は守る。それが私の生き方だ」
私は自然と口からそう言っていた。さっきまでの言葉と違い、自信に満ち溢れていた。
こんな私を見たら、遊離は否定するだろう。否定して同じ事をする。辛い役目を絶対に人に任せられないから。その優しさが今なら理解できる。
「抜かせ!小娘が」
怒りを露わにして私に飛び掛ってきた。とても速いが、見えないわけではない。相手の繰りだす拳を足を、躱す。紙一重の動き。その私に悪狐は驚く。私はその一瞬の隙をついて渾身の蹴りを放った。あまりの勢いに狐面の男の和服が切り裂かれる。それでも致命傷は受けていない。
「ちっ、浅い」
私は苦言を漏らす。一撃で仕留めるはずだったのに。悪狐は距離を取った。
「私の一張羅が」
どうやら服の心配をしているらしい。相手が自分とは別次元にいるのだと気付かされる。私の力では倒せないのか。そう思った瞬間、悪狐の狐面にヒビが入った。
「はぁ…これでは戦えないではないか」
悪狐は一気に冷めてしまっていた。全くと言っていいほど掴みどころがない。私は戦闘態勢を崩さない。
「その手には乗らない」
相手の手には乗らない。私を油断させるのが悪狐の狙いかもしれない。しかし、拍子の抜けた声を出したのは私ではなく、悪狐の方だった。
「いやぁ、嘘じゃないよ。これが壊れては私は狐でいられない」
戦隊ヒーローは変身が解けてしまえばただの人だと言う。いや、ヒーローであることに変わりないと思うが。
「それじゃあ、皆を殺さないのか」
私は訝しげな目浮かべながら尋ねる。いまいち緊張感に欠ける。なんだ、この脱力感。
「あぁ、殺さない。君が勝って守った。そう勝手に」
その言葉を残し、悪狐は壁に出来た横穴から逃げていった。私は追うようなことはしなかった。その結果に納得は出来ないが、私がここですることはもう何もない。私はこの場を後にしようとした。すると、さっきまで震えて怯えていた連中が私に駆け寄ってきた。
「ありがとう。助かったよ」
「今までごめんな。もうあんなことはしないから」
「私達、あなたを誤解していたみたい…」
各々が各々の感謝の言葉を私に掛ける。私はついつい照れくさくなってしまった。だが、この一言だけは言わなければならない。私は皆に向かっていった。
「さようなら。もう会うことはない」




