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タレアの主張、薬師の彼女

[※タレアの主張※]


 今も覚えているのはよく本を読み聞かせてくれた母親、中庭の動植物、食卓に乗せられた数々の贅を尽くした料理。

 父親に至っては姿を見たことも、聞いた事も無い。



 だがそんなことは、今ではどうでもいいのだ。

 生きるのがやっとの、この生活も幸福でなにより達成感があったのだ。

 私はこれ以上はもう望まないし、臨めない。


 あの家にはもう彼女たちがいる、村のことは十分に任せられる。


 ただ1つ、私を追い駆けてきてしまったニサリーの事が心残りなのだ。

 今、家に住んでいる2人が引継ぎを終えた時に、ニサリーの引継ぎをしたのだ。終えるまで、たった2か月という真似できない記録を残したのだ、その期間も書類の都合で待っていただけだしね。

 もともと私の助手だったが、2人の引継ぎの間に、さらに磨き上げられ、私よりも優れた薬師になった。


 そう、村の薬師となったはずの彼女だか、私の逃走劇に相棒役として登場してしまったのだ。


 そもそもの原因が私の体力不足だから、もう途中でめげてしまいそうになった。

 遠くまで行くための食糧やら、ちょっとした怪我を防ぐための薬やらを詰め込んでいたらね、背負った荷物が重すぎて全然足が進まなかったんだ。こんな恥ずかしくなるなら日頃から鍛えておけばよかったよ私。

 そんな理由で彼女に私の荷物を分けて背負わせてしまったのだ、あらかじめ言っとくけど、どの程度持たせたかとか聞いてはいけないよ。


 そんなこんなで数日間歩いて見つけたのが、今私がいるこの洞なのだよ。

 入口さえ狭めておけば安全だし、近くに水もあるし、食料も彼女が集めてくれている状態だし、程々に生活できてしまっているのだ。



 何々、私はどう過ごしているかだって、いいのかい聞いてしまって。

 しがらみも何も無いこんな場所で2人だけって言ったら想像に難くないだろう。


 それはもうね、うふふ、あははから始まってのあれだ。

 先に気づいて欲しいがね、弟子2人を独立させて村との契約も終了、かつ一人前の薬師になった私の待ちに待った、結婚適齢期だったはずなんだ。年齢は少し上だけど鍛えた料理の腕で、男の1匹や2匹軽く首筋を引き千切ってやろうという段階になって邪魔しやがるんだよ。なんだあの連中は。最初はこそこそ隠れていたのに、次第にあからさまに妨害するようになりやがって、何も聞かずについてこいと言うのだ。

 まあ、そんな連中から逃げてきたのが今回の顛末なのだ。

 答えになってないなんて言うなよ、溜まってたんだ、分かれ。

 私より若い奥さんの子供が取り上げられるの見ていて、私がどんな言い訳するのか知ってるか、契約があって結婚できませんので、まず正気を疑うよ。実際に口で言った事はないが。


 そんなこんなで溜まった気持ちを彼女で発散したのだ。

 彼女も積極的に楽しもうとしてくれるのだ、まったく嬉しいかぎりだよ。

 これは妥協ではない最良だ、しがらみが作られる心配もない。


 出会った頃と比べるのも気が引けるけど、彼女の体はあれだ、そそるんだよ、最初は本当に驚いた。


 芯を感じさせながらも私を受け入れてくれる御身には、確かな仕事を感じさせる映りが浸み込んでいて、今に至るまでこんな良いものに気が付かなかった事を悔やんだよ。

 まったく、彼女のこういうところが見えていなかったのか。

 良いんだよ悪いものじゃないよ、少し傷なんか付いていた方が親近感も湧くし、違いがある方が風味が増す気がするんだ。私のためにそんな些細なことまで気にしてくれるのかい。

 油断してたら後ろから伸し掛かる事があるかもしれないから、こっちもこれからは気にして欲しいね。


 私は我慢しないからニサリーも抑えなくていいよなんて囁いたんだ。


 それはもう、1つ1つじっくりと楽しみましたよ。


 少しずつ、ついばむようにお互い反応を確かめ合うし、視線を送り合ったり合図をなんとなしに決めていたりしてね、それはそれは求め合いましたとさ。あの潤いのある口から今にも見失いそうな声で頂戴なんて出た時には、それはもうしてあげたよ、差し上げましたとも。

 隅から隅まで堪能しようとする内に味わいも変わって飽きが来ないんだ。その事に気付いてしまったんだよ私は、恐らく彼女も。


 だが、新たに問題が発生してしまったのだ。私の体力が持たなかったのだ。

 ますます成長していく彼女の体力に追い付けないもの仕方がないさ。


 なので、彼女が動いている間に体力を蓄えておくのだ。昼から蓄えて明日の朝に消耗するのだ。


 こんな風に貢がれているのも悪くはないと私が思うのは仕方がない。


 確かに食料事情も良くなってきている。

 もしかしなくても、ずっとここで過ごせるのかもしれないのだ。



 自分自身はどうでもいい。


 私は最後まで彼女の母親にはなれなかった。

 ここまで来て、ようやく出会った頃のニサリーに追いついたぐらいなのだ。



 私は彼女に荷物を背負わせたままいる。

 この荷物は確かに私にとって酷く重い、背負ってしまえば足元さえ覚束ない。彼女によって助けられたのは事実だ、そして気付かされた。


 これは私がようやく勝ち取った荷物なのだ。すべて私のものだ、誰が他人にやるものか。

 押し潰れようとも構わない、たとえ彼女だろうと無理やりにでも奪い取ってやる。



 彼女には彼女のままでいてほしいのだ。



[※薬師の彼女※]


 私は彼女の荷物を一通り確認してから、最低限必要なものだけを取り出して自分の袋に詰めた。

 それ以外は彼女の亡骸と一緒に埋めたのだ。それらがはぐれてしまわないように、彼女が居るこの場所に私が何度でも辿り着けるように。私は彼女の僅かな残り香さえ埋めておきたかったのだ。



 洞の中まで届く光によって目が覚める。

 昨日のうちに準備をしておいた荷物を背負って彼女を埋めた場所に向かうのだ。


 草が剥がれて鈍い茶色の土が剥き出しになり盛り上がっている、この下で彼女は今も眠っているのだ。

 私が彼女を掘り起こす事は決してないだろう。


 「おやすみ、タレア。行ってきますね、お母さん」


 私は振り返る事無く、短い間だが一緒に温め合って過ごした、この場所を離れていく。



 静かな木々たちを抜けていくと、彼女がよく使っていた薬草が群生しているのが目に入ったのだ。


 出会ったときにも、彼女がこの葉を摘んでいたのをおぼろげに覚えている。

 いつかこの植物があの場所まで広がって、彼女の存在を覆い隠してしまうのだろうか。



 思いもしない幸運と共に1枚だけ葉を摘み取って胸にしまい込む。

 私が彼女を忘れ去ることは決してない。そう教えてくれている気がするのだ。

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