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心理戦の100万円アプリ  作者: 華メガネ 広大
2nd Stage
7/34

エリート男、ポマード

 少し深呼吸をして目を閉じる。ゆっくり考えたいけど、ここにいてはハイエナされる。ここから離れないと。


 女性店員が不審そうに遠巻きに見てくるのが解るが、会計をして何か聞かれる間にさっきのハイエナ男がくるかもしれない。

 タクシーに乗って移動しながらまず精神を立て直す。

 俯いた顔を上げ、店員と目を合わさない様に小走りで外へと逃げた。


「ご馳走様、お金灰皿に挟んでるから」


 ハートブレイク中はバイブが鳴らないのか、多分1度した相手ともバイブが動かない。バイブ機能をオンにする。

 すぐに振動するが、まだ小さい。こっちに向かってきてる。ハイエナ男か? さっき来た方向から来てるな。

 急いで逆方向に走り大通りに出ると、手を上げるが空車のタクシーが二台も素通りする。

 こんな時に限って中々捕まらない、もどかしくて足を揺すりダウンの中の体温が熱く感じる。バイブが大きくなり、後ろからハイエナ男が走ってくるのが見えた。


(ヤバイ、今勝負は絶対したくない! 脚力で負ける気はしないが、ハートブレイクの声が聞こえる近さは危ない)


 息を切らして少し立ち止まるハイエナ男がそこまで迫ってきていた。走って逃げても絶対息が整ったら叫んでくる! 「空車」のタクシーを見つけて全力で並走して、窓を手のひらで叩く。

(止まってくれ。頼む!)


「お客さん、窓割れちゃうよー」


 ゆっくりと止まるタクシーの後ろのドアが空くと、駆け込むなり手ですぐ自動ドアを閉める。


「ちょっと何。なにかあったの?」


「何でもないよ、とりあえず街までお願いします」


 白髪がちらつく運転手は、バックミラーで不審そうに見るが無言でその場から離れてくれた。


「……っか! はぁ。はぁ。」


(ヤバかった、なんとか助かった)


 ここまで離れて、車内なら安全だ。呼吸が落ち着いてくるとまずアプリの画面を見る。マイナスは変わらないままだ、勝負した方が良かったか。いや、もう後がないんだ。


 さっきのハートブレイクを振り返るか。あの異様な出で立ちが既に、空気を作っていたな。

 大抵目を視て洞察するものだが、焦点が合っていない。そして迫力、単純だけど連呼されると会話すらできない。最後に指鳴らし、あのパチンパチンという音。

 微妙に僕の鼓動に合わす様にされていたから催眠術にかかった。合わすレベルの洞察力もある。

 こっちが攻撃できないんじゃ無敵じゃないか、くそ。


 そして残り19ポイントでも取られるとゲームオーバー。リーブもできない。

 何がなんでも勝つ、できれば圧倒的に。僕とハートブレイクした2人は元からのものを武器にしていた。僕は武器になるものはない。

 次は相手のフィールドでも勝負する。慎重に、相手の瞬きすら注意して。

  カウンターが好ましい、相手に攻撃させまくってそれを全て覆す。時間がない、移動しよう。


「すいません、行き先変更で南にお願いします」


「はいよ」


 揺れるタクシーの中で親指を軽く噛む。何も考えず、すぐ全てに対応できるように。

 バイブレーションの強さで、なんとなく歩いてすぐの距離になるのを確認する。


「ここで降ろして下さい」


「14570円」


 冷たく突き放される様に会計を済ませられるが、謝ったり愛想を振りまいている時間なんてない。

 重い空気を持ったタクシーが離れると周りを観察する。

 人通りが多いところから少し離れた、いわゆる裏通りみたいな雰囲気だ。道が小さく、オトナな落ち着きがある。


 バイブレーションを頼りに無表情を作り、近づいていく。相手は近くの場所でウロウロしているのか、移動している気配がない。

 つまりその場所でしか勝負しないという蜘蛛の巣を張っているメッセージ。どんなヤツだ、集中しろ。もう接触距離、顔には一切出すな。


 ケータイを持ちこっちを見つめている男がいる。

 こいつか。3歩程の距離で立ち止まり、お互い観察する。30代だろうか、スーツにテカテカのポマードをつけて決めている、いかにもエリートマン。


「ポマードのお兄さん、プレイヤーだね?」

 一気に距離を詰め、感情を顔にも声にも出さずに放つ。


 ポマードはニコリと笑うが、それが逆に気持ち悪い。

「はいプレイヤーです、よろしくお願いします。僕は水田 春です」


 ポマードは握手を求めてきた。ここで迷う仕草を見せてはならない、観察されるからだ。すぐ手を出し握手を済ませた瞬間に仕掛ける。


「ハートブレイク」


 ポマードはビックリした様子で仰け反り眉を上げ握手の握力を抜いた。

「もう? もうやるの?」


 表情は読ませない、真顔で繰り返す。

「ハートブレイク」


 ポマードはすぐに姿勢を正し、顔の表情の焦りを消す様に笑顔を作り直す。

「解った、ハートブレイクね」


 成立した、だが少しおかしい。

 リアクションがオーバーだ。エリートマンがそんなに乱すだろうか。ハートブレイクも弱々しい声だ、勝負に怯えているのだろうか。

 それなら僕と同じポイントがヤバイかだ。

 弱味はできるだけ見せたくない。強気で押す。出会いの印象としては相手は強いかも、と思わせられたはずだ。


「何処でやる? 喫茶店?」


「いや、奢るからイタリアンに行こう。もうお昼だしね。目の前の店にしよう」


 ポマードの後ろにつき、後姿をじっくり見る。

 歩き方が少し違和感がある、キッチリとした雰囲気が伝わってこない。


 敷居の高そうなイタリアンの店。やはり空気が違う、ここがポマードの得意な場所という事か。

 ポマードは躊躇なく店の扉を開くと迷わず、窓側の奥の席に座る。


 相席するとまず周りを見る。店内は、シンプルな造りの白い壁に、オーケストラの音楽が流れる大人な雰囲気。

 ポマードはイタリア語で書かれた表紙のメニューを渡して、白々しい笑顔を作る。


「好きなもの頼んでいいよ、僕は常連でもう決めてるから」


 1つ目の罠。どうせ中身はカタカナばかりのイタリア語、メニューを開く事もしてやらない。


「普通のペペロンチーノ」


「お酒も飲んでもいいよ?」


 きた、2つ目の罠。ハートブレイク中に勧められて酒を飲むやつがいるか。

 それを言ってもいいが、こっちも攻めに転じる。


「1番高い酒をボトルで下さい」


 ポマードは僕を睨むと少し間を空けて、軽く手を上げて店員を呼ぶ。


「すいません。これとこれと後1番高い酒を下さい」


 その間は何だ? 断ると思ったのが頼んだからか? 違う。『1番高い酒を下さい』、ここだ。

 常連ならそれ位覚えているし、そもそも言うとしても1番良い『ワイン』をだ。

 胡散臭い。料理がくる前にまず高級ワインが置かれると、すぐにグラスに注ぐ。


「どうぞ、ワインが来たので飲んで下さい」


 ここまでは完璧に計算通り、わざとらしい笑顔を作り、やり返す。


「え? 何言ってるんですか? ハートブレイク中に酒を勧める非常識、自分も飲むという事ですよね? 僕はいらないですから。さぁ、どうぞ責任を」


 エリートキャラでくるなら断らないはずだ。それか上手い返しがくる。


「僕は折角だから一杯だけ頂くよ」


 飲んだ。多分思考レベルは僕より下。こうやって決めつけて仕草や、喋る内容で確信にしていくだけだ。

 

「自己紹介していきましょう、僕は渡辺 優 。フリーターで28歳です」


「あ、こほん。僕は先程の通り水田 春33歳。会社は言えないけどまぁいい給料は貰っているよ」


 お互いまだ1度もさっきから目線がズレない。


「なんで会社が言えないんですか?」


「例えば僕が君をスラッシャーしてしまって、恨まれて会社に迷惑がいくといけないからね」


「そうですか、エリートなんですね」


 ここでエリートと言う単語を強調する事で、相手にプレッシャーを与える。本物なら気にならないだろうが、もし嘘ならエリートになりきらないといけないからだ。


「勉強はできなかったけどね」


 2人ともニヤつきながら見つめ合っているとメニューが運ばれてきた。ここは攻撃を止めない。


「エリートなら少しもこぼさず食べられますよね?」


「勿論、マナーだからね」


 無言で食事を難なく2人は済ませると、ポマードはすぐ様店員に皿を下げさせた。


「そろそろ本格的に喋ろうか、議題や、悩みなど出してくれると有難いのだけど」


 コイツ僕と同じ事をやろうとしている、カウンターの論破だ。だが話題を選ばせてくれるのなら負けない。

 悩む間や様子も相手に観察される様な余地を与えず「差別」とふっかけた。


「差別かあ、うんそれについて話そう。とりあえず君は差別はどう思う?」


「差別はなくならない、僕と春さんがいい例だ」


「僕は差別は時間かければなくなると思うよ。セキュリティが進化する様に、差別についての何かしらのルールや、環境ができるはずだ。君は僕に劣等感を持っているようだけど、その君の考えが差別じゃないのか?」


(早速攻撃してきた! カウンターするか? いやまだ喋らせる)


「だから差別はなくならないんですよ、深くは解らないけど」


 ポマードは片手を額に置くと、周りの静かな雰囲気を壊す音量を出した。


「深くは解らない!? ハハハ! 君はよく考えもしないのに差別を話題にしたのかい? 君はいつもそうやって考えるのを途中で辞めてのうのうと生きてきたんだ。違うか? 28歳のフリーター君!」


 ニヤニヤを抑えるのに必死だ。深く解らないなんて、エサに決まってるのに乗っかってきてのうのうと説教してくるんだから。


「ふふ、僕はね嘘つきなんかとは議論したくないんですよ。あんた馬鹿じゃないのか? そんな浅はかな人間がプレイヤーな訳ないだろ?

 この……嘘つき」


「どこが嘘つきっていうんだい?」


 熱くなってきた、いよいよ本物の嘘つきだな。嘘つきは論議では厳禁、バレると一気に劣勢になる。個人論では、嘘に真実を混ぜると解らなくなる。

  真実8対2嘘なら見破るのは困難という具合に。コイツは見るところ嘘8の真実が2だ。


 無理矢理自分のフィールドを作って油断させといて、ギャップで後で本性を出して決めるつもりだったんだろう、バレバレだ。

 余裕を見せる為にタバコに火をつけて煙を吐く。


「まず、靴。ピカピカすぎるし、少しも汚れていない。 会話も変だ、ここに慣れてないのがすぐ解る。そして1番はポマードだ。毎日慣れてる人なら後ろまでキッチリするんですよ。あなたは、後ろはまるで手付かず。そんなの絶対エリートじゃない。だから嘘つき。」



 これはカマかけ。だが見るからに嘘の塊ならこれだけふっかけたらすぐボロが出る。だがポマードの表情は崩れず黙ったまま。


「最後に1番高い酒を下さいと言ったね、イタリアンの店でそんな注文の仕方はしない。1番いいワインを下さいだ、行きつけならワインの名前を出すのが自然」



「確かにエリートではないが人間として君に劣っているとは思わない!」

 無表情の仮面がついに取れた。


 指でピストルの形を作りポマードに向ける。


『バン!』


「なんの真似だ?」


「その言葉を待ってたよ。今僕の勝利が確定したんだ」


「なんでだよ!」


 顔面のパーツがエリートからどんどん崩れて行く。


「あんたねぇ、もう負けてるんですよ。だって最初から嘘つきで近づいてきたんだから、嘘がバレると、その後の言葉全て嘘とみなされるんですよ。あなたの言葉はもうこの場では意味を持たない。無理してエリートしなければもう少し話せたのにね。サヨウナラ」


 ポマードはさっきまでエリートの顔をしていたのを忘れさせる程の、絶望の単語を表情に出しテーブルの上の握り拳を震わせた。


「ぐ……ぎ」


 ポマードの置かれたケータイにはマイナス214ポイントとあった。ゲームオーバーだ。

 僕は自分のケータイを見て、スラッシャー65ポイント獲得と表示されたのを確認すると伝票を机の上に置いた。


「ご馳走様」

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