過去回想~失踪~
豪奢な個室。
仮にも召喚の勇者一行なのだ。
一等客室が一人一部屋与えられるという高待遇で迎えられた。
あっ、ちなみに、状況に流されたクラスメートたちは、あの男子生徒の言葉に従って取り敢えず依頼を受ける事にした。
まぁ、恩恵を受けているなら、そのランクによっては無理ゲーではないだろうし、頑張ればいいんじゃない?
というのが俺の偽らざる本音である。
無闇矢鱈と快楽を追求する日本の最高級ベッド程ではないが、一般的な安物ベッドよりは気持ちの良いそれに転がっている俺の前には、一組の男女が思い思いの格好でくつろいでいる。
一人は、眼鏡の男子生徒だ。
日本人らしい黒髪の短髪に、中肉中背の取り立てて特徴の無い出で立ちをしている。
彼は備え付けられたティーテーブルの席について、静かに文庫本を読んでいる。
もう一人は、白人の女子生徒。
白髪の短髪を持ち、黄金の瞳を持つという、完全無欠に日本人ではない姿をしている。
容姿はモデルのようであり、クールビューティーそのものだ。
彼女は男子生徒の体面に座りながら、優雅にお茶をしている。
それぞれの名は、『黒金・十狼佐・景義』、『アリウム・テラ・ソクラティカ』という。
「なぁ、何しに来たん?」
予想は付くが、一応、訊いてみる。
景義君の方は、一瞬だけ文庫から視線を上げ、俺を一瞥しただけですぐに読書へと戻る。
こいつは殴り倒されたいのだろうか。
一方、アリウムちゃんの方は眇めでこちらへと視線を向けながら、ちゃんと言葉を紡いでくれた。
「言わなきゃ分からない?」
「以心伝心って言葉、俺、嫌いなんだよね」
言われんと分からんわ。
分かっても分からん振りをしてやるわ。
嘆息したアリウムちゃんは、ティーカップを置いて居住まいを正して言う。
「超危険人物《歩き回る災厄》《血濡れの殲滅者》が、一体何をしでかすか分からないから、その内心を問い質しに来たの」
「その物騒な名前、嫌いなんだよね。
ほら、俺、平和主義者だし」
「平和主義者が、非戦主義者とは限らんぞ」
ぼそりと、景義君が痛い言葉を吐いてくれる。
やっぱり殴られたいんじゃないのか、こいつ?
「さっさと答えてくれない?
私、本音を言えば、あなたとは一秒だって会話していたくないんだから」
「君は君で本当に酷いね」
まぁ、両方ともノリと勢いでぶっ飛ばしちゃったしな、前に。
別に二人が何かしでかした訳でもないのに。
恨まれてんのも仕方ないかなぁ、とは思うけど。
後悔も反省もしてないけどね?
ふぅ、と、小さく溜め息を吐きながら、
「内心、と言われてもね。
少なくとも、今回は俺が勇者という訳でもなさそうだし?
しばらくは静観を決め込むさ、君たちと同じように」
少しだけクラスメートの霊格を探ってみたのだが、どうやら先程の一幕で音頭を取っていた男子生徒の霊格が最も大きく上昇していた。
恩恵を弾いている俺が勇者の訳はなく、つまりは彼がこの召喚における勇者であり、その他はオマケみたいなものなのだろう。
俺が主人公ではない事は少し驚きだが、まぁそういう事もあるし、油断していたら結局お鉢が回ってくる、という事も起こり得るからどうでもいい話だ。
「じゃあ、少し質問を変えるね。
オウカ・ヒメタケ。あなたは今も何一つとして変わらない?」
「変わる要素が無いなぁ」
劇的な出来事もなく、俺の異常に高い霊格の前には催眠・洗脳の類も不可能である。
それでは変わる必要性が無い。
納得したのか、景義君は本を閉じ、アリウムちゃんはティーカップを干して席を立つ。
「理解した。行動する時は一言言え。
星の裏側くらいまで避難させてもらう」
「あっ、私にもお願いね。
異界辺りにでも逃げるから」
こいつら、俺を核兵器か何かかと思ってんじゃないのか?
俺自身の破壊力なんて、大した事は無いってのに。クソ妹ズに比べたら。
いや、本当だぜ?
パンチ一発で惑星だって破壊する銀河最強のバーサーカー妹とか、無限に『僕の考えた無敵生物』を生み出せる神話の頂点にいる神様気取りな妹に比べたら、俺なんて些細なもんさ。
まぁ、それを今ここで言っても鼻で笑って唾を吐き捨てられるだけだ。
俺だって学習できるのだ。だから、指摘する事無くスルーしておく。
「まぁ、何だって良いさ。
俺は因果とか、そういう奴を相手にするので忙しいんだ。
お前ら小物がどうしようと、別にどうでもいいよ」
「本当に無視してくれるのなら、これ程に有難い事は無い」
「二度と……二度と私の前に立ち塞がらないでね?
相手にするだけ、時間と労力の無駄だから」
部屋からさっさと出て行く二人の背に、最後の言葉をかける。
「さて、それは運命にでも訊いてくれ」
廊下に出た二人は、それぞれに遮音の術を構築して、その上で小声で言葉を交わす。
「……あれは、自重する気はないな」
「そもそも、そんな言葉を知っている方々ではない気が……」
この世で最も自由に生きている人間……のような何か、というのが、桜花のみならず、姫武兄妹に対する二人の共通認識だ。
尤も、会った事があるのは、それぞれ片方の妹だけであるが。
「桜流嬢であれば、まだマシだった」
「桜真さんなら、まだ平穏だったかな」
「だが、今回は桜花だ」
「地獄の巷、になる以外の未来が見えないよね」
長男桜花だけは、駄目なのだ。
長女桜流は、単純に最強なだけだ。
ひたすらに肉体的に優れているだけで、理解できる種類の強さである。思考も単純であるし。
次女桜真も、反則生物兵器ではあるが然程の問題はない。
色々と埒外な存在ではあるが、基本的には機嫌さえ取っておけば無害な存在だ。
三人の中で最も弱く、最も物理的に殺し易いが故に、最も思考が狂っている桜花は、周囲に被害を撒き散らす事に躊躇いが無い。
というよりも、積極的に被害を撒き散らそうとしやがる。
死なば諸共。
そんな思考パターンをしているのだ。
しかも、持っている能力がひたすらに小賢しい。
殺し易いというのは、あくまでも必要とする破壊力が少なくて良い、という意味であり、自らの耐久力の低さを自覚している桜花は、ひたすらに逃げ回る事を是としており、所有する能力もそれを前提とした物として構成されている。
あの理不尽の権化である妹たちですら、本気で逃げ回る兄を捉える事は不可能、と諦めている程なのだから。
そんな男が、やる気になっている。
それがどれくらいの危機的状況か、推して知るべし、という所だろう。
下手をすれば、この世界の住人は、人間も魔族もそれ以外も、一体何を敵に回したのか、それを知る事さえなく滅びる事になりかねない。
まぁ、それは二人にとってはどうでもいい事だ。
やっている事があれだから〝正義の味方〟として見られる事の多い景義ではあるが、中身は別に英雄や勇者の気質ではない。
むしろ見ず知らずの他人の命なんて、本当にどうでもいいと思っている。
アリウムに至っては、そもそも住む世界が本格的に違う。
この異世界どころか、地球出身ですら無い彼女にとっては、守りたい故郷も仲間も存在しない。
つまり、この状況下においては、二人は積極的に桜花を止める理由はなく、むしろ自らの命を守る為にさっさと逃亡すべき場面なのである。
「どうしよっか?」
アリウムが言うと、景義は廊下の窓から空を見上げる。
既に陽が沈み、紅い月が煌々と輝く夜空となっているそこを見つつ、彼は呟くように言う。
「俺は月にでも逃げているか」
「良いね、空を飛べて」
「お前も飛べるだろうが」
「飛ぶ事だけは、ね。無理じゃないけどね。
でも、私は地に足を付いてないと、いざという時の対応が後手にしか回れないから」
残念そうに言って、彼女は続ける。
「私は地の底にでも引っ込んでよっかな。
流石に、星を砕く様な真似まではしないでしょ。
……多分」
「どうだかな。その判断は甘いかもしれないぞ」
星を砕くくらいはしてのける能力と意思がある。
それが桜花という男だ。
それを知っているアリウムは肩を竦め、
「そうなったら、諦めて巻き込まれるよ」
「俺は力を貸さんからな」
「期待してないから」
その夜、二人の学生が異世界の城から姿を消した。
召喚の勇者候補の失踪。本来であれば、それは騒然とするに足る大事件と言える。
しかし、それが、二人の失踪が人々に意識される事は無かった。
そこに何者の干渉があったのか、それは語る必要もないだろう。
某理不尽「手間をかけさせてくれた分、後で盛大に借りを取り立ててやろっと」