第90回(家=国家=小宇宙の神話以前・その42)
「ようやく静かになったな。では王よ、先程の話の続きをしようか」
女蚊様がどこからともなくぷ~んと、うっかり叩きたくなるよな生来の性質そのままの様子で戻ってきます、おやそう言えば今までどこに居たんですかね、第1回卦好家ホームミーティング招致の立役者として当然ホスト役をしててもおかしくなかった、いやようやく静かになったなどという口振りから推せばあれは女蚊様も予期せぬ偶然? まぁいずれにせよ女蚊様は風ちゃんの側へジグザグにすり寄ってきたのでした、一方風ちゃんは再び小皺の1本までも鮮明に顔印捺す勢い、窓ガラスにへばり付いて返事もしません、とうに見えなくなったISSを惜別に泣き濡れた目でいつまでも探し続けるようです。うん、そうだね風ちゃん。互いに人工衛星やってれば、楽しい時間はまた過ごせるよ。
「…王よ。何故お前たち一家を宇宙まで連れてきたか、それに答えようと言っておる」
「その前に俺の望郷の念に応えてくれ」
「まぁ聞け。私は見ていて思ったのだ、この家には家族がいる、なんのかんの言っても皆絆で結ばれているからだ。そして国家がある、王が座し皆がその元に集うからだ」
女蚊様は風ちゃんに向かって話してるつもりのようですがそこはさすがに神語り、ISSに大投擲されたのち躁的にざわついていた場の空気も自然と鎮められるようで、いつしか女蚊様の個神的な思いに耳を傾けぬ者はいなくなります。
「そしてこの家の成員は多様に富み、その集合は烏合に非ず、独自の生態系・有り得べき宇宙の一つを小さいながら実現している。要するに、だ。お前たちは家である。国家である。そして小さな宇宙でもある」
おっ、女蚊様の姿が一瞬消え、これもホバリング中にあっちこっちぴっぴと身を移す、生来の性質そのままがそう見せただけなのでしょうが、ちょうど重なった言葉の切れ目とも相乗したのか、結果的には聴衆を一層聞き入らせる視覚効果となったようでした。なるほど、小さな宇宙ですか。おいらたち宇宙の構成要素はぐっと身を乗り出します。
「即ち卦好家は家=国家=小宇宙という、全く比類の無い独自存在なのである。ならばその宇宙、本来なら従とすべきたかが一個の惑星になにゆえ従属し続けるか、今こそ自分には立って歩ける足があったことを思い出すべきだろう。私がお前たちを母星の外へ連れ出したのは、お前たちを真に進化させるためである。真に繁栄させるためである」
ふっ。ふおおおおおおお…! 無音の爆発・粉砕無き粉みじん、一瞬微粉にまで砕かれたガラスがどっと吹き付けてきたのかと錯覚しました、それくらい密度ある光の鉄砲水が窓から圧倒的に流れ込み、わたしたちを構成する原子は全て光子に弾き飛ばされ・同時に充足され、わたしたちは、いやさ世界全てはそうして光に置換されていくようです、遂にただそれだけにならんとするその存在、そはっ、そはっ…! 真理の光っ、そう叫びたくなるくらい女蚊様の指摘は当家では数十分に一度の天文現象、そろそろ慣れる前に煩わしくなってきた常に晴天の夜明けを劇的に見せたのでした、いやそれにしても女蚊様の思うところとは。風ちゃんはそれを個神的と評しましたがその内容の利他主義に貫かれわたしたちをわたしたち以上に理解し思い遣ること、わたしたちですら筆舌に尽くしがたく放送事故を起こしそうです。イエスッ! リミッターを外したおいらたち! ノォ! 去勢されたおいらたち! むっはー、それ即ち風ちゃんへの愛が! 論理的な面からも倫理的じゃない面からも格段に強化され! 最早あらゆる抵抗も物ともせず、いや合意せざるを得ず、ぞぞ存分にぷらぐ・あんど・ぷっれーい! わは。わはははは。ぬおー、萌り上がってきた! 萌り上がってきたぞぉ、なぁ兄弟! わは。わはははは。ぁありがとう、女蚊様ぁありがとう! おいらたちに成就をありがとう! ぬぅひひひひひ。
「おやおや、大変なことになったな」
躁的賑わい過ぎし後、怒号飛び交う熱狂の渦野太く巻き始めん、薔薇色の明日へ向かって今まさに総進撃開始っ! 気勢をぶち上げるメル変ども一同に複眼細め、女蚊様は両頬を細らせている風ちゃんの肩口辺りにそっと寄り添います。
「ふむ。この調子だと、抜け駆けする機会はまさに今か」
んん? なんですって?
「こほん。ところで王よ、家=国家=小宇宙はめでたく発進した、しかしその体裁を整えるのに、後ひとつ足りぬものがあるとは思わぬか?」
「いやもう充分いただきました。ここの払いは私が。いや明日も仕事でして。ですから中座のお詫びにですね」
「待てどこに帰る、ここがお前の家だろうに。王よ分からぬか。家があり国があり宇宙があって、そしてお前と私がいる」
「でも、ぼくの幸せは何処にあるのだろふね」
「ああ、まったく鈍い奴だな。だからそれを望むなら私=神と婚ぎ共にあれ、そう言っておるのだ」
え? くな、何?? 怪訝な表情の風ちゃんとわたしたちには構わずに、女蚊様はぷ~んと上昇、風ちゃんの耳穴に飛び込み、いや、口吻を寄せるようです。そして風ちゃんやわたしたちの頭の中に直接、そっと耳打ちするようなニュアンスで明かしたことは、
「王よ、絶倫を期待する。私の卵に、思う存分タネを付けるが良い」
「いっ………いいいいぃぃぃぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!」
その血の叫びの音圧は、僅かではあっても地球の軌道をずらすほどでした。




