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第8回(女神様は彼と遊ぶ・その8)

「そっかー。風ちゃんはエレちゃんとの100年の恋から醒めて、100年の孤独に繋がれちゃうのかー」

 そんなぼっこんべっこんしてる顔に勝ち誇った表情を浮かべても様になりませんー。腕組みして頷いたって説得力ありませんー。だいたい怪異になっても女神様だって言うなら、何で風ちゃん泡噴いちゃってるのさー。

「やぁだ蒸し返さないでよぅ。エレちゃんからキスしちゃったの、今日が初めてなんだからぁ」

 きゃ☆じゃないし、身を捩るんでもないのっ。意味深なことばっか言って女神様感じ悪い感じ悪いぃ。そんなの風ちゃんの方からだってしたこと無いでしょっ。ボクたちが知らないとでも思ってんの?

「あはは。ゴメンゴメン、冗談だよ」

 まぁ本来なら何もかもを丸く納めちゃう、あの屈託のない笑顔だったんだろうけど。腕組みをするために、こちらもぼこんべこんと大きく波打つ腹筋と背筋とで一時体を支えていた女神様が、改めて風ちゃんの肩に摑まろうと両手を伸ばしました。ばしっ、鋭い音が響き女神様は両手を空中でばたつかせます。風ちゃんが本能的に、今はさっきとは違った意味合いで白目剝いちゃってるからそう思うんだけど、伸びてきた女神様の手を思いっきり打ち払ったのです。そしてそのままふぅっと。微滴が空気中を辛うじて落ちていくように、やけにゆっくりと後ろへ倒れていくのでした。

「あーっ。巻き・取り/戻しのメル変っ子たち、お願いっ」

 下半身の方も殆ど脱出できていた女神様ですが、両手・片足の膝は床に着き残りの足先だけまだ穴の縁に引っ掛かってる体勢で、本来はくるぶしまで隠す丈の長いスカートの裾が、高く上げられた右足のふくらはぎを膝裏の窪みまで滑り落ちていて、なんかそれだけのことで色香を漂わす女神様に不機嫌になったり風ちゃん今白目剝いてて良かったってほっとしたりこっちも色々忙しゅうございますけどね、女神様は慌ててお願いを口にしながら最後まで残ってた足先をえいやと引き抜きます、その勢いでぐるんと前転。しまった、風ちゃんにぶつかるっ! ごっ。多分危ないと思って慌てて引っ込めた右足が、却ってちょっと半身の格好で後ろに倒れつつあった風ちゃんの顎端あごたん側面に的確な踵を落とすことになりまして。揺れる。こりゃあどんな猪首でも脳が揺れる。

「ぎゃー。風ちゃんの鼻から脳がっ」

 またしても対外的な失点がっっ。

「100年の恋も醒めちゃった?」

 はっと気付けば、女神様は否応もなく気を失ってる風ちゃんの鼻をティッシュでむみむみしてあげながら、にやけた目許をあっちこっちと配ってます。むっ、自分で仕留めといてしれっと世話女房気取りってなんなの。女神様、ちょっとこれ読んで。

「んー? 『難事、病める時も健やかなる時も死が二人を分かとうとも、夫風太のチーンは勿論、下の世話も積極果敢攻撃的に営むと誓いますか?』」

 誓いますっ! ほら、神様に誓ったよ。えっへん。

「はぁ。ちょっと風ちゃんが不憫になってきた」

 女神様の手の指は細くしなやかで、例えば絹布に滑らせてみても一切抵抗の生じない、巨視的にはもちろん微視的にも磁器の如く滑らかな指先を誇っています。そんな指先が風ちゃんの顎先の痛い所に沿ってゆっくりと、触れるか触れないかの加減で行ったり来たりしています。ふむふむ、まぁ痛いのを消してあげてるのは当然として、手当ては続けたままでいいから今の発言の趣旨を聞こうじゃないか?

「仏敵退さぁぁぁぁぁんぬ」

 風ちゃん。言ってることは勇ましいけど目に見えて怯えてる。手足の空回りは腰が抜けてるからだろうし白目剝いたままで号泣してるし。でもまぁ、取り敢えずお帰りー。

「ええ? エレちゃんは女神様だけど、仏敵違うよ?」

 風ちゃん、ここは“神罰覿面”の方がより踏み込んだ言い方だと思うのっ。

「んーなんだ、お前らがそう言うとこ、これはメタ神話なのか。日常がメタ神話っていうのはなんだそのう、人としてはちょっと変だよね」

 柔和な笑みを浮かべつっかえつっかえそう言ったかと思うと、風ちゃんは突然がくっとうなだれてしまいます。

「…俺ってさー、ただ部屋の片付けをしてたんじゃなかったっけー」

 あたしたちとお楽しみだったんです。うん? なんか正座して深刻なものを吐き出すように言うからこっちも真面目に答えたのに、長く深い呼気が不自然に中断されたかと思うと、風ちゃん勢い良く仰け反ったお?

「まじで? エレちゃんとその子たちはちゃんと働いてたとゆーに」

 風ちゃんの眉が心外だ! とばかりに吊り上がり、口からも同じ趣旨の言葉が出かかったかと思うのですが、その抗議を押し退けて飛び出してきたのはふおっ!? とか慌てた調子の声でした。急に支えを外されたみたいに、風ちゃんの背が突如後ろへ倒れかかったのです。

「ほら。その子たちも抗議してる」

 女神様はにやにや笑ってます。両手をばたつかせて何とかこけずに済んだ風ちゃんは、不審を露わにして振り向き後ろを見ます。そしてぎょっとした表情に。

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