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第7回(女神様は彼と遊ぶ・その7)

 女神様は風ちゃんの首に抱きつくのをやめて、肩に手をかけて体を起こします。同時に軽く風ちゃんを押して何処まで下がって欲しいか伝えたんだけど、まだ近いようですネ。適切な距離の確保による懸念の消滅、女神様にその意思が無さそう。懸念を元から排除する、語り手が語られる者として英雄譚に登場しちゃあダメだ、主導権は脇から握るから楽しいんだし。じゃあじゃあ、生涯の牢獄へと至る罠から風ちゃんを救うには、にはっ。そうだっ、あたしたちが自ら檻となればいいんじゃーっ。

「おぅお前ら急に人の顔に群がるぬぁヴォっ」

「あっはは。風ちゃん、アルチンボルドの絵みたくなってるよ」

 もっと厚く! もっと密に! 風ちゃんの口・鼻周りを重点的にっ!

「あー、ほらほら。風ちゃん『参った』だって」

「ぶはっ! で、でめーらなにしやがるっ。なんか口ん中に入ったぞ?」

 あっ、誰か風ちゃんの口許から剥がれ落ちてる。誰? 床下一丁目のじっちゃん? ああ、そんなに息荒く恍惚としてっ。歳なのに無理するからっっ。

「風ちゃん、ちょーっと『ぺーっ』するの我慢してエレちゃんに肩貸しててね。直ぐ出るから」

 エレ様はもぞもぞと体勢を整えて、多分あの技の続きに取り掛かろうとしています。

「…ふっははぁ~あ♪ 君たちいぃい加減にするのだよぉ~~ぅおほほ」

 わっ、なんか風ちゃんが急にいい声で何かに萌え立っちゃった非リア充の歓喜の歌みたいな節回しをっ。でもやってることはキョーアクだ、あたしたちを摑んでは投げ摑んでは投げヴっ。ぢょ、ヴぅぢゃん出ず、ながみ出ずかだっ。

「風ちゃん、メル変っ子に乱暴しちゃダメだよっ。その子を放すっ、こっちを見るっ!」

 女神様の一言だからこれは呪詛、そんな事は無いんだろうけれど、まるで言葉が風ちゃんの正気を引っ括って一遍に起き上がらせたみたいに、劇的に風ちゃんが自分を取り戻しました。白目の蝕から脱出した両の瞳が、はっと女神様に吸い寄せられます。そこにはあの“絶対美人”の、今は凛として諭すような整ったお顔が、あーもーだから二人ともそんな近くで見詰めあわないで見詰めあわないでっ。

「あ」

 女神様の声の間の抜けた調子とは裏腹に我々が見たものは、突如そこに盛り上がった赤子の頭部大の瘤と、その曲面に沿ってずるりと移動し、悪意のみを見るためにそう歪んだかのような左目でした。ざっ、と風ちゃんの女子も羨む素直な髪が全て逆立ち、表情が戦慄に歪みます。ずっくっ。大瘤が急激に収縮し、次の瞬間には、収縮の慣性がより広範に落ちくぼませた左顔面の底に、その左目が怨めしげにすぼまります。ずっくっ。今度は顔の下半分に大瘤が突出しました。“絶対美人”に相応しかったあの愛くるしくふっくらとした唇が、今は破裂寸前の風船の表皮みたく薄く無機質にめくれ上がり、上下の歯列は亡者のそれの如くうそ寒く剥き出しに、それが風ちゃんの鼻の頭にがつっと。い、今のノーカンだかんねっ! だってちゅっじゃないもん、外れた入れ歯が飛んできてかぶりついたみたいなギャグのある風景だったよ、ね、風ちゃわっ! 泡噴いた! 風ちゃん泡噴いちゃったよっ。

「あやや。風ちゃん、色気の無いキスでゴメンね~」

 女神様余裕じゃん、顔がずっくんずっくん大変なことになってるのにさ。あのですね、ここで皆様には女神様が何処からともなくこのお部屋に侵入してきた、その時のことを思い出して欲しいのです。虚空に目に見えない四角な穴が貫通している、って言うほか無いんだけれど、その不可視なトンネルを通ってどっかからここへ這いずり込んできたみたいだったよね。その際、自分の体はトンネルにフィットするよう羊羹型にすぼめて、でもってずっくんずっくん全身に律動を、あれって体液を上手く使って体表を波打たせてたのかなぁ、その律動の作用で手足も使わずトンネルの中を這い進んできたのです。さてお立ち会い。上半身は見事大脱出したものの、下半身はまだ見えざるトンネルに残したままだった女神様は、ここで再び脱出のための脈動を始めたのです。顔立ちも上半身のプロポーションも、全て余さず“絶対美人”の見栄えを顕わにしちゃったその後でね。脈動のための体液は一方の終端=頭部にどどーっと殺到するしかないのだけれども、“絶対美人”のお顔の一部がね、突如内側からぼこっと、赤ちゃんの頭大の瘤に膨張歪曲する様をとっくり想像してみてみて。そりゃあ風ちゃんじゃなくたって100年の恋も醒めるよね。しかも取り繕いようもなく目の前の出来事だったし。よっしゃ、一人脱落っ。

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