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第70回(家=国家=小宇宙の神話以前・その22)

「ぺろぺろ…あぉ…む、ちゅぱっちゅっ、じゅっじゅっじゅっじゅっずぅ~~、ぷぁあ、ん~♪ ちゅっちゅっ、う、ぅむぅ…」

 傍らではリンちゃんが取り置いてもらっていたメル変っ子バランス栄養食をマイペースで、あるいは風ちゃん由来ってことで意図的なのかしらその思わせぶりな咀嚼音は、まぁそこん所の見切り難さがこの小娘の魔性、そうよ彼女は魔性少女! さぁさおっきなお友達・カモン/きたこれ変身・録画だ勿論/アクション始まって・場面数えて/どこ?・ここ!・カメラのあおり/ここ・ぞと・コマ送り!/素早くリモコン投げ去り・最後の羞恥も振り切り/アーお前の利き手は今フリー! イエーお前の利き手は今フリー! は魔法少女ですネ、そうじゃない魔性少女また見参なのでございますが、無邪気に口をおっきく開けてスプーンごと食べちゃうぞ、あーんむ、あらあら子犬がくわえてじゃれたみたい、お口から出てきたスプーンはピッカピカ鏡面仕上げ、もぐもぐごっくんにっこにこ、その振る舞いだけ見てればまったく微笑ましいくらいなんですけれど、その実あわよくばその至高の食物を掠め取らんと画策し周辺を徘徊するメル変どもへの牽制は非情を極めているようでして、なんかこーその牧歌的な食べ姿は見せたままですね、瞬間瞬間何故だかぞわって背筋が冷たくなることが何度もあって、そうすると決まって一人また一人ってメル変どもが斃れていくんですよヤダコレナニガオキテルノオッカナイ。リンちゃんはよく噛んで味わって、赤いぐるぐるは両のほっぺに浮かびっぱなし、両目は細くなりっぱなし、次第にうずたかくなっていく末期のうごめきに縁取られながら。ううむ、これは。これまさに、魔性の一幅。

「あれ、変だろ…俺はなんでこいつらを新居に連れてこうと必死なんだ…? 置いてっちまうチャンスじゃ、な。ななないっ、な。…あ、あ、あ。チャ・チャンス、チャンチャ・ンス、じゃ・じゃじゃ、チャンスじゃ、チヤンスじゃ、チーヤーンースーじゃ、チーー⤵ヤーー⤵ンーー⤵スーー⤵じーー⤵やーー⤵…⤵…⤵…ぅをむ」

 何かぶつぶつ言ってた風ちゃんは次第に電圧を下げられたみたいに緩慢な調子になっていって最後はきゅっと静かになり頭を垂れてしまいましたが、この特徴的な振る舞いなら以前より見られましたし心配はありません、またなんか意味の無いことを哲学しようとして己の魂にまでそっぽを向かれたんですヨ、とにかく暫くすれば多少の憂いは表情に残っててもまた普段通りの我らが家長・我らがメル変の王、しっかり目覚めて頼もしくボクらを導いてくれるでしょう、全員集合が完了して家族会議が始まるまでもうちょっとかかるでしょうし、今は構わないでおいてあげましょうかね。

「何もかけずに寝ると体に障るんだな…どれ、ボクがいつものようにこの上質な毛皮で膝を温めてあげようかな、やがて気付いた風ちゃんはお礼にと指先のソフトタッチでボクの背をまさぐり始め…ウフ。ボクも…ボクの方も、あ、熱く…」

 風ちゃんの膝小僧の純潔はわたしたち(有)正室警備保障が既に彼の部位を占拠し、断固として守るものである。害獣乗るなかれ見るなかれ風ちゃんの生きもの好きを悪用して不埒なことを画策するんでもないわよっ、ええい見た目は確かに小動物ってあんたのそのなりが、なりがっ。忌々々しいっっ。

「…」

 ふふーん。物欲しそうに見詰めたところで現にこうして風ちゃんの膝上に一分の隙もなく密集しその感触を確かめたるは、あら風ちゃんなかなか逞しい太腿してるわ、これ意外と硬すぎず柔らかすぎず、身を置いてみればなにやら低反発素材の如き程好い受け止められ具合でありまして、おうふ。いやこれは。風ちゃんまた一本わたしたちを捕らえる縄をあざないたり。

「…ボクが出てきた途端、またもや君たちの一人称が変わったんだな…」

 あんたもしつこいわね。問題視すること自体滑稽な、ごく自然な営みだとおいらたちは思うけど?

「この家のメル変の総量は、とうに俺の認識を超えているっ」

 わわわわっ。風ちゃんいきなりすっくと立ち上がり。膝上のわたしたちは咄嗟の対処もなにも出来ず、大雪崩でございます。

「え?」

 そ、そして姐御さんは戸惑いの目を風ちゃんの横顔に向けるのです、確かに今の金ぴかな台詞は先程頭を抱えてた姐御さんにこのタイミングで示唆を与えようとしたみたいですもんね、まぁ総量を把握してないから此度の引っ越しがどれほどの大移動を発生させるかについても想定外だった、あまり上手い言い訳とはいえませんが、虹彩までも真っ赤に血走らせてじっと虚空を見据える風ちゃんの様はまさに王、これがメル変の王の回答であると、外野の勘ぐりを一切寄せ付けない冷たい鋭利さです。てか風ちゃん、どったの急に? そんな物質的には豊かだけど、ぼっちな人みたくなっちゃって。

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