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第62回(家=国家=小宇宙の神話以前・その14)

 この時、一体何ニュートンの火事場力がそこに働き、さっと引き抜かれたテーブルクロスの如く、風ちゃんを二人の女の間から消し去ったかは定かでありません、とにかく必死を宣言するや否やあれほど身動きの取れなかった風ちゃんの体はもう自由でベッド下に急降下してるのです、あっ床にぶつかる! と思いきやその表面をふわりと撫で、て? おわっ、急上昇した! 何故か落ち始めたベッド面よりぐんと高く舞い上がり、続く2度目の落下は緩やかです、最後はそこには居ない誰かの両腕に収まるように、柔らかく床に着地したのでした。両脚を揃えて立った風ちゃん、なお暫くの間を両の爪先の位置決定に費やすようです、そしておもむろに着地のため曲がっていた節々、特に下半身のそれらを下方から順々に伸ばし、上半身は一気に! やや開き気味に突き上げた両手の指先までびしっと真っ直ぐにすると、ぐっと起こした顔に達成感溢るる表情を浮かべて見せたのでした。ん、確かに難易度は高い。体操ニッポンの、裾野の広さを垣間見た。

「…! …! …!」

 ところで、男としてはそ・れ・な・り・のヘヴンに居たはずの風ちゃんは、一体何に唆す蛇の姿を見たのか? その答えはほら、女神様が見せてくださっている通りです、慣性の存在を確認できるほどの速やかさで風ちゃんという下段が消失した結果今や姐御さんに覆い被さるは女神様なのですが、その下になってる姐御さんが、先程までは瞼の持ち上げくらいしか身体機能を残していなかった感のある姐御さんが、突如活力を取り戻し、いやこれは単なる復帰ではありませんネ新生とでも言った方が良さそうです、親しい知り合いも目を剥いて仰け反るほどの剛力無双、両腕両足を女神様の首回り胴回りにがっちりと巻き付けて締めるっ! 締め上げるっ! 熊抱擁っ! 風ちゃん相手にはあれほど華麗な格闘術を見せ付けていた女神様をオー柔術キラー、下から強引に極めてあっという間にタップを奪ってしまったのです。くぅ、技術が力に屈服する様は常に物悲しい。けれど風ちゃんがこんな熊力に捕まらなかったのはホント良かった、第何感かは知らないけど風ちゃんは独自の嗅覚を働かせて、まぁ身近に居るのがこんなんばっかじゃそれこそオンリーワンに進化したくなるのは当然だよね、分かる分かる、とにかく神一人の犠牲はあったものの変態腐巫・死の抱擁からは無事逃げおおせたのです。それにしても賢妻モードで提案したボクらのアイディア、見事に功を奏したようですネ。なんせ姐御さんは風ちゃん部屋に一晩淀んでた空気を深々吸い込み儀礼的な死→再生を経験してしまうような変態腐巫、ええ意味の重複も厭わずそう言い表したい変態腐巫、ならばライブで風ちゃんの香気を経験させてやった日にゃ一体どんなことになりやがりますか、まったく、とっとと目覚めないからボクたちがとっても不愉快な思いをしましたけれどもね、うほっ私また生まれ変わっちった、たとえお亡くなりになっていようとも起き上がるってなもんです。それはそうと、顔をまともに姐御さんの肩口辺りに埋めた格好で捕まり、ぎぃりぎり首の後ろを圧迫される女神様だから、参ったの意思は言葉に出来ずただひたすら敷布をぼふぼふ叩いて伝えるだけなんだけど、身体機能は超過気味に取り戻してもなお、いやだからこそ心の方まで活力が巡ってないのかな、意識は未だ眠ったままのような姐御さんは相手の懇願を無心に受け流し、結果的には女神様の首と胴体を裁断せん、殺意以前の無垢な一途さで締め上げ続けるのです。むぅ、しかし姐御さんも単なる力の何号とかそんなんじゃ無かったってことでしょうか、無意識の内に技をかけてるのは確かなんですけど、そう、姐御さんが仕掛けてるのはただ力任せの熊抱擁などではなく技、相手を確実に仕留める技と言って良かったのです、女神様は今首の椎骨と椎骨の間に的確にくさびをあてがわれています、姐御さんの右手首の硬い部分がそれなのです、そしてそのくさびを支点とした右手の梃子を、それ自身の怪力に加え左手の超力でも容赦なく押し下げているのです。一方、女神様の胴に巻き付く両脚も、腿から膝は女神様の両脇腹を継続圧迫・体力を消耗させ、長い膝下にも巧みに力を配分し、交叉したそれで女神様の臀部を押さえつけ体の自由を奪っています。こうなってしまってはまったく死神の思うつぼ、ろうそくだって継ぎ足せやしません。女神|死の女神、幻想的な合わせ鏡の像は永遠に安っぽい蛍光灯の光の中に固着されたかのようです。女神様の参ったの意思表示が次第に弱々しく。ごきっ。おや、何処かで何かが壊れる音がした、かと思ったらびくんびくんっ、わっ、二人の体が急に激しく痙攣し始めた。しかしこの痙攣の様は異様です、横たわった成人女性二人の体がぼすんばすん、釣り上げられたばかりの魚の如く、ベッドの上で大きく飛び跳ねるほどなのです。この異常痙攣の原因として直ぐに思い当たるのは女神様です、何処かで何かが壊れたか外れたか、くぐもった重い物音と同時に一切の抵抗を停止し全身を弛緩させちゃった様子からまぁ推して知るべし、けれどいくら未だがっちり姐御さんにホールドされ、そのラストダンスの情熱が無駄なく姐御さんに伝わろうとも、成人女性二人分の体重をかくも激しく上下させるほどの力が女神様一人の痙攣にあろうとは思われません。してこれは。痙攣跳躍にあたり波のように体をうねらせる二人を見て仮定出来るのは。例えば姐御さんも痙攣していると考えたらどうでしょう、女神様のうねりに姐御さんのそれが強め合うように干渉し、かくも大きなうねりが二つの肉塊を媒質に現出しているのだとしたら。ふむ、これは目前の現象を上手く説明するようでいて、実際は新たな謎を呼び込む悪い推論の見本ですネ、女神様はともかく、なんで姐御さんが痙攣しなくちゃならないのか理由が分かりませんから。姐御さんは、おや。意識が戻らないのは確かに心配です、でも命に別状は無さそうでしたし今もそうだと思ってたのですが、いつの間にか眉根を寄せた顔を女神様の髪に埋めるようにして。両腕両脚も人体を的確に極めると言うよりは最早恐怖にしがみつくようです、集中するべき所には集め、構わない所は緩める、その身体に先程までの理に適った美しい力の配分はもう見られません、それこそ原始的な熊抱擁です。ん、なんだか二人のびくんびくんが次第に乱れてきましたよ、これまではほぼ上下動のみだった二人の痙攣に、次第に左右の揺れが加えられるようなのです、何故でしょう原因観察。ああ、姐御さんが何かにむずかって身悶えしようとしてるのでしょうか、しかし女神様という重しのせいで、いやいやするようなその動きが腰部を中心とするもどかしげな円運動に集約されてしまう、どうもそれが三次元合成波の左右の成分のようなのです。とか言ってる間にも姐御さんの喉からは言い表しようのない不協和音が、どす黒くまでいった頬の紅潮、こめかみでどくどく脈打つ血管も何とも恐ろしげで。ちょっと風ちゃん、これまじで。まじでやばいんじゃないっすかっ。

「姐御こらえろ、逝くなっ! 今救急車を呼っ…!」

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