第61回(家=国家=小宇宙の神話以前・その13)
「ん…んん」
「わっ…とととっ」
姐御さんは俄に生じた痛みから無意識に逃れようとしたか、軽く曲げた程度にまでもっさりと両膝を伸ばし、同時に上半身だけが仰向けになるような寝姿になりました。お腹の辺りの異変がよく見えるようになります、側にいた女神様は半ば反射的に顔を近付けようとしたのですが、ひゃっほーい! そしたらセーターの下から何かが勢い良く飛び出してきましたよ!? 眉間・ディープインパクトっ! いや、女神様はすんでのところでそれを受け止めた、ぱしぃっといい音が女神様の掌からお部屋に響き渡ります、けれど半端な姿勢じゃやはりその撃力には耐えられません、数歩たたらを踏んだ後、立て直しも受け身も無理と観念したかすとんとお尻を床に落としてしまいました。女神様、大丈夫? ちゃんとお肉で衝撃吸収できたかな? 尾てい骨打ってない?
「大きなお世話だよ」
女神様は右手をぷらぷらさせつつ、ちょっと赤らんだお顔をぷいと背けてしまいます。で、今は女神様の左腕に抱えられ、ぱたぱたはっはっとご満悦らしいのは。姐御さんと一緒にやっぱりパッシブ・ブラックホールに落ちたはずの、表裏一体っ子なのでした。
「…くしっ」
「お。姐御、起きたみたい」
立ち上がろうとする女神様に手を貸しながら、うっすらと目を開いた姐御さんに気付いたのは風ちゃんでした。姐御さんは目覚めたものの、姿勢も、目の開け具合もそのまま、まだ気を失ってるみたいな様子です。風ちゃんと女神様はその顔を覗き込みました。ちょっとはなを啜ったのがきっかけだったみたいに、姐御さんがゆっくりと頭を動かし始めます、今にも涙をこぼしそうな、像を受けても結んではいないだろう目が、覗き込む二対の目を見返しました。ちくたくちくたく。液晶表示の置き時計しかないお部屋に、心象的機械音が規則正しく響き続けます。いや、あのさ。別に二人までぼーっとしてる必要、無いんじゃないかな?
「おう、そうであった。姐御、気分はどう? 姐御。姐御? おーい。妹崎水夢さーん、おーい」
風ちゃんは、初めの内は姐御さんの肩を揺すったりほっぺを軽く叩いたり、それがだんだん鼻を摘む・更にきゅっきゅと小気味よく捻る・ほっぺをむに~っと伸ばしてみてふっ俺の方がまだ伸びるなと密かに勝ち誇る、になってきて、仕舞いにはとうとうもう一度穴メル変に落としてみる with 表裏一体っ子・未だ風ちゃん飯を奪い合うメル変どもの戦場へと搬送→激甚かつ触感様々なその肉の揉み合いの最中へ投げ入れる、などなど、とにかく力の及ぶ限り色んな刺激を与えてみたのですが、それでも姐御さんは一向に正気を取り戻してくれません。なんてこったい! とっときの妙案実践、彼のパッシブ・ブラックホールから、自分は確かに姐御さんを救い出したはずなのに。風ちゃん次第におろおろしだします、むーん、言おうか言うまいか。いや実はね、姐御さんを叩き起こすのに凄く効果的と思われる案があるんだけど、風ちゃんの正妻たるボクたちからそれを提案するってのがね。やはりね。こう。あはぁ、ワガシットニショウドトカシチマエ、コンナセカイ。うふふ。けどねー、風ちゃんあんなに困ってるのに、それを見て見ぬふりってのも出来ないよねー。仕方ない、ここは賢妻になるか。てな訳で女神様、ちょっとお耳を拝借。
「え? なに?」
姐御さん絶対☆確実☆おめめぱっちり大作戦! の概要報知と共闘のお誘い。あのね、女神様にはね。ごにょごにょ。
「ほほう」
だ、だからってどさくさ紛れの不埒な行為とか、不埒な妄想だって絶対許さないんだからね!
「分かってるって。エレちゃんだって抜け駆けするほど落ちぶれちゃあいやせんぜ」
「どうした、笑ったりして。なんか妙案でも浮かんだのか」
ボクたちの密談に気付いた風ちゃんが必死の形相で迫ってきます。風ちゃん、ボクたちは風ちゃんの笑顔を守るよ。でもちょっと胸が痛いの。
「まー、確かに風ちゃんは役得かなぁ?」
女神様は迫ってきた風ちゃんを円の動きでさりげなく躱すと、そのまま風ちゃんの背中に寄り添い耳に息を吹きかけるような感じで悪戯っぽく言うのです。でもって、風ちゃんが不審さに身構える間も与えず、風ちゃんの両足の間に自分の右足を差し入れる、それで風ちゃんの足を引っかけて。風ちゃんは元々自分に勢いがあっただけでなく、女神様がそのまま背中に乗ってきたから踏ん張れるはずもありません、相変わらず人事不省でベッドに横たわる姐御さんに、覆い被さるように倒れ込んでいったのです。
「ぶっ! ばっ、馬鹿野郎! なにやってんだ!」
風ちゃんは自分の背中の上に完全に乗っかり、両足をぱたぱたさせてはしゃぐ女神様に血相変えて怒鳴りつけます。そして両腕に力を込め、体を持ち上げよう捻ってやろう、なんとかして女神様を振り落とそうとしますがまったく思い通りにいきません、風ちゃんの首に軽く両腕を回す程度でただじゃれついてるようにしか見えない女神様が、案に相違して最安定、まるで体勢の基底状態にいるかの如くなのです。女神様ってばマウント取って相手をコントロールする術を高度に応用してるわね。まさかね、こんな所で通好みの攻防を拝めようとは。
「これも人助けだってば。ほら風ちゃん、今なら遠慮なし。姐御をぎゅーっとしちゃえ。エレちゃんは風ちゃんをぎゅーっ」
女神様は弾んだ声でぎゅー。ボクたちは歪んだ声でるー。
「ふざけんのも大概…に? ぬっ、殺気!」




