第49回(家=国家=小宇宙の神話以前・その1)
本日はお休みなのです。いや、暦の上では土日でも祝日でもないのですが、シフトの関係で今日たまたまお仕事がお休みの風ちゃんに、小動物は有休で、怨念掻き抱いて職業作家に挑み続けるリンちゃんはバイト先の同僚にお願いして、それぞれ休みを合わせ、まぁ女神様は万年日曜のダ女神ですから女神様は逃げ出した! ざかざかざかっ! 確率生成式が悪さをしない限り基本いるのは当たり前で、卦好家お引っ越しの日時が押し迫る中、とにかく今日は各自の休みを合わせてでもマンパワーをかけ、作業に目処を付けてしまおうと以前から申し合わされていたのでした。現在の時刻は朝の6時。仕事のある普段なら風ちゃんあるいは小動物なんぞも起床の頃合いなのですが、やること自体はたくさんあるっていってもやっぱり今日はお休み、家主の風ちゃんが思っていればそれは語られずとも家全体に自然と共有されるものでありまして、電波時計の他に基準をもう一つ、風ちゃんを日輪としても生活するこの家は未だひそとして、家人の気配は何処にも感じられないのでした。
「ふーん。風太はこの家で大きくなったのか。そう思うと、初めて見るのになんか懐かしい気がするから不思議だな」
家人の気配はね。ええ、ホントに。何処にも感じられないんですよ。か・じ・ん、の気配はね。
「あ、おはよう。どうしたんだ? 難しい顔して」
おはやあ。ボクたち難しい顔してるかな? 姐御さん。
「あはは、まだ寝ぼけてんのか? ほら、お茶淹れてあげるから飲みなよ」
冬至間近で夜が一際長く裳裾をひく今時分、明かりは煌々と点され、ストーブは赤々と燃え、やかんは静かに湯気を立ち上らせて、即ちここ台所はすっかり寛いだ雰囲気です。小さな湯飲みに最後の一滴まで緑茶を注ぎきり、当家愛用の使い込まれた急須をことりとテーブルに置いて、すっとボクたちの前へ湯飲みを差し出す。我が家の台所にかくも自然に寛ぎ空間を現出させた、当の姐御さん自身がとっても寛いだ様子です。ほう。これは紛れもなくボクたちが普段からシェアしてる湯飲み。振り返って戸棚を見ます。まめな風ちゃんが常日頃から目を光らせ随時整理整頓しているままに、各食器は今も整然と収められています。ほう。
「そこできょろきょろするってのは何かな? お茶もろくに淹れられない女だと思われてるのかな、私は」
姐御さんの口調に剣呑さが見え隠れし始めます、ううん違うの姐御さん、ボクたちはもっと気を取られて然るべき事に気を取られてるだけなの。例えばボクたちは台所の戸締まりを改めて確認します。窓は勿論、雨戸もしっかりと閉まったままです。玄関の鍵も再チェック、うん、がっちりロックされてます。その他の戸締まりも念のため調べてみましょうか、はい、まったく問題ありません。ところで姐御さん、あなたは例えば昨夜我が家に宿泊したとか、そんな事実はまったくございませんね? てか姐御さん御自身先程当家を初見だって仰っていたはずで、それならば更に解せないのは勝手を知らないはずの当家で急須は勿論おいらたちの湯飲みなんて家人でもたまに混乱する物品を戸棚を引っかき回すこともなくさも勝手知ったる如きに取り出し得たは何でなのってことでありまして。つまり姐御さん、あなたは勝手を知りすぎている。先ず本格以上に密室状態の我が家にしれっと侵入とか一体どうやって。いやね、ボクたちたった今この家の全戸締まり状況をぱっと詳らかにしてみせたでしょう、要するにこれはボクたちの言葉はこの家の隅々にまで及んでるってことの一例なのでありまして、それなのに姐御さんの当家侵入過程がボクたちの言葉に触れていないのは、あれ、それを言ったら湯飲み等が迷い無く用意されてたってのもいつの間にやらの既成事実でしたネ、え? あれ? う…。えっとね、姐御さんね。ボクたちの言葉が相互作用しないのはね、“それ” はもうホントにホントの、例えばクリスマスの幽霊なんて目じゃないの、あれは言葉でさわれるんだから、言葉はつまり幽霊さえ既知にしてしまうけれど、“それ” はなおそんな力=言葉の埒外の真空の中に居て、居るって事だけは感じられて、とにかく何者とも言い様の無い、何かを指しての “お化け” なの。ひっ。あ、あ、あ、姐御さん。いやさあなた様。あなたは一体どちら様で。ここへは何を。あ、あ、あ、あの。もしよろしければお聞かせ願え、え、え、えぐえぐっ。うびゅっ。うわぁああああだぁからあなたはだでなんでずがぁこごに何しに来なすったんでずがぁうぇええええええん。
「ええっ? ちょっと待て、いきなり泣くとか訳分かんないぞ。私はただ引っ越しの手伝いに来ただけじゃんか。今日人手が要るんだろ? そう聞いたぞ」




