第48回(なんにも穿かずに失礼してます・その15)
「う~~…………むぃっ! はぁ」
窓の外をぼんやり眺めていた女神様なのですが、思い出したように大きく伸びをしたのです。目尻に溜まった涙をこしこし。
「あ~あ、もうこんな時間か。今からムササビの巣箱見に行ったんじゃ、閉園までに帰ってこれないなぁ」
「えっ…わ、もう4時過ぎてるじゃない。閉館の準備始めないと」
耳聡いごろすけさんが女神様の呟きを逃さず聞いて、ばっと袖をめくって時計を確認、慌てて席から立ち上がります。当自然公園は夏場と冬場で閉園時間が異なり、ビジターセンターも合わせて閉館時間が変わります。夏場は5時閉館ですが、冬場の今は4時半。元よりの日の短さに加え当公園は山間に位置してますから、ちょっと早めなようでいて、案外そうでもない設定なのです。現に窓の外を見れば、連なる低山の西側斜面、中腹から頂きにかけては金色の日差しがまだ燃えるようですが、ビジターセンターの周りはもうすっかり日が遮られていて、空気が急速に冷えていくようでした。
「ねぇ、表周りはわたしがやるから、その代わりちょっとだけ散歩してきていい?」
やまぬぇさんが、ねだるようにごろすけさんに言います。
「えー。中も色々あるんだから、直ぐに帰ってきてよ?」
「ゆっくりしてきていいよ。エレちゃんも手伝うし」
唐突にお手伝い宣言して、女神様は勢い良く立ち上がります。実際、女神様はここのスタッフさんたちにかなり受け入れられてるってゆーか、部外者のはずなのに色んな仕事の手伝いをちょこちょこさせてもらってる実績があって、閉館作業なら特にお手の物、全部任されたとしても一人で出来ちゃうくらいなのです。2人と1匹の目が女神様に集まります。ちょっと照れたように笑って、女神様は続けました。
「でね、ものは相談なんだけど…」
「駅まで公用車に乗せてけ、と言いたいんだな…」
小動物が溜息をつきながら言い当てます。ここは人里離れた自然公園、一応路線バスの便はあるものの、本数は少なし乗車時間も長し、それで電車の最寄り駅まで行くとなると実はちょっと大変です。だから当ビジターセンター所有の公用車は、スタッフさんたちの頼りになる足なのです。
「それは最初から誘うつもりでしたよ」
ああ、と合点のいった顔付きになって、ごろすけさんが応じました。
「今から歩いたんじゃ、バス停までだって暗くなっちゃって危ないですからね」
「おお、交渉成立ですね。じゃあエレナさん、ちょっとお願いします~」
「あ、こら」
恐らくはごろすけさんのその制止が耳に届くよりも早く、やまぬぇさんはいい笑顔の残像を置いて表へ出て行ってしまいました。
「もう…エレナさん、それじゃ申し訳ないんですけど」
「うん。願ったり叶ったりだよ」
そして1人と1匹と1女神は、戸締まりしたり照明を落としたり、手分けして閉館作業を進めます。
「そういや小動物。あんた、今日は泊まらないの?」
暫くして、手を動かしながら女神様がそんな事を聞きます。さっきも言ったけど、ここは通うにはすっごく不便な場所。通勤の時間を節約するために、スタッフさんたちは良くビジターセンターに宿泊することがあるのです。もっとも、泊まるっていっても専用の設備など何も無し、皆さん床にマット敷いて寝袋利用ですけどね。
「…」
「今日は誰も泊まりませんよ」
小動物が、その底でどんな感情が渦巻いてるのかさっぱり分からん黒目で何故か女神様を凝視し始めたものだから、引き取るようにごろすけさんが答えたのです。それを聞いてようやく気が済んだみたいに、小動物はついと目を逸らしました。
「なによ」
「ボクたちは今…引っ越しの準備で、大わらわでもあるはずなんだな…」
「お。ってことは、帰ってからもう一仕事するつもりなのね。感心感心」
「…はぁ~ぶるぶるぶるっ」
さみゅーが痙攣的に震えつつ、酷寒の溜息を吐き出します。まぁ、女神様は全く悪びれてないようでいて、その実正味悪びれてないのは掌を指すが如しだからナ。今ばかりは小動物の胸の内が、ちっとは分からぬでもない。
「ただいまー。ねぇねぇ、人工衛星見ちゃった。丁度この真上辺りを、つーって」
表に出ていたやまぬぇさんが頬を上気させて駆け込んできた頃には、なるほど、どんな山々もその姿は薄墨色に沈み始めていて、空のここ、あそこには、目覚めの早い星たちがそっと起き出してきています。ビジターセンターはもう閉館しましたが、スタッフさんたちの仕事は5時15分まで、2人と1匹は帰り支度を進めながらも、今の内に出来る仕事はなるべく片付ける姿勢です。やがて定時となり、最終的な火の元と戸締まりの確認が行われ、もう老齢に差し掛かった公用車は2人と1匹と1女神の体重を一遍に受け止めて、気付かれないようにそっと足を踏ん張りなおします。2条の光がぐるりと輪を描いた後、公園の出口目指して動き出しました。空では一番遅くまで寝ていた小さな星々も間に合ったようです、地上では替わって森を支配していく夜の生きものたちの好奇の目が。たくさんの光にひっそりと見守られて、女神様たちは家路についたのでした。




