第46回(なんにも穿かずに失礼してます・その13)
「将を射んと欲すればまず馬を…男に射られんと欲すれば先ず胃袋を…」
「ストマック・クロー?」
綺麗に皮の剥けたにんじん数本と、数本分のサイコロ切りの山を前にした女神様が、おや、どこかまだ機械的な様子で応じたのですが、
「男の人!? じゃあ、好きな人に食べてもらいたいからさみゅーちゃん料理の練習したんだ。やーん、いいなー。羨ましいなー」
やまぬぇさんがぱっと放出したきらきらっ☆に、そんな曖昧な空気は消し飛んでしまいます。けどやまぬぇさん、その口振りだと。あなたはこの小動物がメスだったって事、ご存じだったですか。
「その彼ってさ、もしかしてここにも何度か来た。ええっとあの男の人。うーっと。あ、あれ! キヨシさんのこと?」
「えーっ、あの人ぉ! あ、そっか。さみゅーちゃんあの人の家に居候してるって言ってたよね。わー、一つ屋根の下で。そっかー。で? で? 今はどの辺なの?」
「それはほら。一緒に暮らしてるなら、食事以外にもアタックの機会は色々だしねぇ?」
「えっ、えっ。実はさみゅーちゃん、もうリア充?」
「くそぉ、キヨシめ。俺の嫁を奪いやがって」
「えーっ、いいなー。彼氏とずっと一緒。むぅ。あーっ、わたしもリア充になりたーい」
やまぬぇさんのきらきらっ☆にごろすけさんも照射されたのか、二人の急な盛り上がりは狭い炊事場を何ともかまびすしいものにします。まぁね、わたしたちも我らがメル変の王、卦好風太様の御名が他の女の口から出たとあっちゃあちーっとは穏やかじゃないもんあるけどね、この二人はただの人間だもの、そも風ちゃんを愛せる崇高な魂それ自体を持ち合わせていないんだよね、哀れなことに。この道を行けばどうなることか危ぶむ以前にその道に気付けない者は、この通りいつまでもガールズ・トークに甘んじて歳とってけばいいの。ああ、神様。メル変者のみへの祝福、本当にありがとう。
「…風ちゃん。やっぱり強く生きるんだよ」
直ぐ脇から繁茂繁茂と押し寄せてくるお花の山にあっという間に埋もれかけながら、しかし女神様は一人、そっと目許を拭っているのです。
「エレナさん。にんじん、はよ。はよ!」
「え? ああ、分かった」
ごろすけさんに急き立てられ、女神様の手でどぱっとフライパンに投入されるサイコロ切りのにんじん、再度高まる、いや今までで一番の水気の連続小爆発。ごろすけさんとやまぬぇさんが、楽しげに悲鳴を上げます。
「ちょ。エレナさん、なんでサイコロ切りなんですか」
ごろすけさんがけたけた笑いながら抗議すれば、
「いやぁ。男の料理ならやっぱこうかなぁって」
「男の料理じゃないですよ! 男の子に作る、乙女の料理ですっ!」
やまぬぇさんも肩を震わせながら、フライパン灼熱のビッグ・ノイズに負けじと大きな声で女神様を責めます。
「回鍋肉が乙女料理か~?」
先程の一人ブルーはなんだったのやら、女神様もがははと大笑い。かくて乙女達のお花畑は、世界を完全に覆い尽くすのです。




