第39回(なんにも穿かずに失礼してます・その6)
対して小動物は、軽く溜息なんぞつきつつ益々テンションだだ下がりな様子。まぁ確かに出血があればこいつの毛色じゃ目立つから歯は立てられてないんだろうけど、それにしたってなんだ甘噛みって。そうこうしている内にもテンの狂態っぷりは酷くなるばかりみたいだしその余裕もいつまで、ひょっひょ、丁度ええそれがもふもふじゃなくって血でだんだら染めのごわごわになっちまえば二度と風ちゃんを惑わす悪い子ちゃんじゃなくなるだろうよ。ひょっひょ。おっ、それまでは顎の力に頼るばかりだったテンが、今度は両の前肢も使って今まで以上にがっしり! 三点で尻尾をホールドしましたよ。力の伝達に関してより理想的な。こっからどのように技の展開を。テン、両前肢で押さえた部分を支点に、くわえた箇所を力点にして、さみゅーの尻尾を二つに折り始めた。ここで絞め技か。尻尾を絞めるのか。ぐぐっと更に力が入る。それに連れてテンの胴体も徐々に持ち上がって。野生四つ足の誇りをかけた渾身の力業。この様を見た女子供にやーん可愛いー♪民放動物番組の見世物扱いされようとも。森の一匹、後肢のみで立ぁぁぁぁぁ、つ? 立。いや。勃つ? だってだって。後肢のみで大地を踏みしめるテンの。その二足の間から♂っと。オッス! オラ、とか今にも挨拶し始めそうな。あの赤黒いにょっきりは。
「ぶっぉふぉおっ」
妙な物音がしたので何事かと思えば、口許を押さえたリンちゃんが慌ててソレから顔を背けているところでした。表情は隠れて見えませんが、耳から首筋からその色白のお肌が覗いているところは全部、茹でたみたいに真っ赤っかです。
「あー、なんだ」
姐御さんは微妙に目を逸らし、うっすらと頬を上気させていますネ。居心地が悪そうに口を開きます。
「縄張り争いじゃなくて、求愛行動ってやつだったのか」
「だからさっき言ったじゃん。この子狂ってるって」
こちらは冷徹な観察者の姿勢を崩さず、真剣な表情で立ったりしゃがんだり四つん這いになったり、要するにこの営みを有意義に見届けたいんでしょうね、女神様は忙しく動き回りながら言いました。なるほどー、恋に狂ってるって言いたかったんだねー。今やっと分かったけどぉー。
「いやいや、ちょっと待て」
なに風ちゃんなに慌ててんの。
「何も無いだろう。あいつらオス同士なんだぞ?」
「あ」
指摘されてみて、さみゅーの一人称がなんだったか、姐御さんも思い出したようです。
「ってことは?」
「…くふ」
首を傾げた姐御さんは、明らかに生きもの好きの風ちゃんに解説を求めたのでした。けれど風ちゃんは何故か急に黒胆汁の分泌が活発化したみたいな笑みを漏らしたのみ、更にぐっと俯いてしまって暫く何かに耐えるようなのです。姐御さんは怪訝そうに風ちゃんの顔を覗き込もうとしました。確かに姐御さんならずとも、風ちゃんの先行きが心配になる振る舞いです。
「風太、気味が悪いから何か言ってくれ。要するになんなんだ?」
「問われて語るもおこがましいが、知らざぁ言って聞かせやしょう!」
風ちゃんが突如身を起こすと、入れ替わるように後ろの席のおぢさんが激しく身を折ってテーブルにおでこをめり込ませました。風ちゃんの身を起こす仕草が投石機の如くあまりにもダイナミックだったため、背中に乗っていた空気塊が鋭く圧縮されおぢさんの後頭部をどつき倒したのです。おぢさんごめん。それと風ちゃん、決め台詞風に高らかに言ったはいいけれど、それってちょっと使い方まつがってると思う。
「ははは。本当に解説が必要かね、実際は随喜の涙を噴き出したい、しかし世間の目を憚って韜晦してるだけでは無いのかね? まぁいいだろう、そぉさあれはBLだよ、ヴィ・ウィー・エ・ル。あなた方が日々身を焦がしてやまぬ出口崇拝だよ。どぉうかねぇ、萌ぉえたかねぇ腐れ女どもぉ。ふははははっ」
「風太さん、どうしてそのような憎まれ口を…」
取り敢えず復活したらしいリンちゃんが眉を顰めれば、
「そうだぞ。お前、女に何か恨みでもあるのか?」
姐御さんも同調するのですが、
「…知ぃらざぁぁぁぁ言ってぇぇぇぇ⤴」
なぜか風ちゃんの声は裏返るばかりなのです。
「風ちゃんは、やっぱり勘違いしてたんだな…」
そのもっさり無気力な呟きが何故ウエイトののった風ちゃんの叫びを打ち消し得たのか、誰も疑問に思う間も無く意識は小動物に吸い寄せられてたに違いありません。レスリングで初心者を軽くあしらうベテランみたいに、さみゅーは相変わらずテンに背後を好きに攻めさせています。まぁ、テンが何故さみゅーの尻尾にあんなにもご執心だったのか、それは次代を担う彼自身が実に雄弁に物語ってくれました。野生はなおも諦めず、息荒く口の端から糸を引き、なんとかして己が衝動の遮蔽システム=さみゅーの尻尾をかい潜り体を密着させようとします、よくよく考えてみればなんでこの行為を表す言葉は “交尾” なんですかネ、実際に尾っぽのある生きものにゃ当てはまらないような、っと気を逸らしかけた一瞬にテンが遂に最終防衛ラインを突破した! さみゅーの尻尾を肩に担ぐようにしてああンもどかすぃ、焦りなのか腰を密着させるための後肢は無様に地面を引っ掻くばかりでぎゃっ! ぎゃっ! と前に進むは糸引く口から吐き出される、聞く者の胸中に原初の恐怖を呼び覚ます音の塊ばかり。あっ。テンの腰が遂にさみゅーに密着したっ。けどそうなったのは確かに! 見ましたよ、テンの行為に具合がいいように、さみゅー自身が今ちょっと体を動かしたのを。うけ。うけけけっ。やはり所詮は。やはり所詮はただの獣よのぉ、口ではさんざメル変を名乗りながら! 一時の情熱にほだされて風ちゃん以外の愛に身を委ねようなんてしかも風ちゃん自身の目の前でっ。ふふぁっ、わははは! これで以降貴様に風ちゃんの愛を求める資格は無ぁし。色々すっぱ抜かれた挙げ句、社会的にフェードアウトしていくがよよいが良い。
「ボクの愛を…とくと見るんだなっ…!」




