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第29回(図書館の彼女と魔性少女・その12)

 ん? 内に知的活力を爆発させ自ら怠惰なまぶたを叩き割り力強く復活を遂げたはずの姐御さんが、何故か不釣り合いに弱々しい、吐息とも感嘆詞ともつかないことを口にしたので訝しく思ったのです。おや、変なのはそれだけではありませんでしたね。一瞬前までは最深部の視神経乳頭まで見透かせるほど知的に澄み渡りすぎていた姐御さんの眼球が、吐息とも感嘆詞ともつかない声と共にどろどろんと、世界の細部という細部へのせっかくの精妙な繋がりを愚かにも断ち切って、今やすっかり己のみへの拘泥に濁るようなのです。あ、ほっぺたにも急に赤味が差してきた。そして呼吸がだんだんと浅く速く、しまいには吸気しようと胸は震えるものの結局肺には何も入っていかない様子で身を捩って。なんか様子が変ですヨ? 姐御さんは両目をきつく閉じ眉根を寄せ、自らを掻き抱くように体を小さくし必死に何かに耐えるようなのです。両腿を頻りに擦り合わせてるものだから足先が無秩序に、幾度となく床を叩いて。この苦しみようは。なんだって急に。うおっ。びくんっ、びくんっと2回、椅子の上で大きく跳ねるくらい痙攣した! かと思うとすとんと力が抜けぐったり。むむむ、顔色は悪くないけど先程までの無呼吸状態を補おうとすれば当然に息が荒い。これは一体。おろおろ。姐御さん大丈夫なの。ねぇ姐御さんてば。

「…あ。……うっ?!」

 少し呼吸が落ち着いてきたかなーと思った頃、姐御さんはうっすらと目を開いたのです。そしてそのまま幾呼吸かの後、がばっと。再び電気に打たれたように、勢い良く椅子の上に身を起こしたのでした。それを見てボクたち安堵の溜息です、なんかさっきは急に苦しみだしてびっくりしたけど、その様子じゃ別に大事なかったみたいだね。やー良かった良かった。嬉しくなったボクたちは無意識に、わらわらっと姐御さんに駆け寄ります。

「!」

 姐御さんが鋭く息を呑む気配。でもって我らが全身に感じたは殺気。え、殺kごぉおっふおぁぁぁっっっ!!!

「お、おおお男は近寄るなぁっっ!!」

 いやいや。突如空気を切り裂いた姐御さんの両腕に吹っ飛ばされたのは、なにも野郎どもばかりじゃなかったですぜ? しかし姐御さんはボクらのそんな抗議に耳を貸す様子は全く無いようで、何故だか余所をきっと睨み付けてます。視線を辿ればそこには床に横たわる風ちゃんの姿が。あの時姐御さんのカットも虚しく結局リンちゃんに絞め落とされた風ちゃんは、未だうっとりとした表情で気を失っているのです。そうですネ、ここってホントに職場なんですか随所に不適切な振る舞いが見られるようなのですが。特に風ちゃんのあの寝顔はけしからんですよ、一見酸素不足で一時的に脳がお花畑になったようでいて実は三角締めの際頸動脈の辺りにむっちりと押し付けられていたはずのリンちゃんの太腿の感触を反芻してるようではありませんか。ぐぬぬ、風ちゃんがおねむの時にボクたちが色々押し付けたって奥歯も滅せよと歯ぎしりするだけなのに。またぞろ嫉妬とかムッシュとかいろんなものがムラムラと。はっ! 今風ちゃんに鋭い視線を送る姐御さんも、実は内心ムシュゥ・ムラムゥラだったですか! そんな、姐御さんは風ちゃんの事なんか歯牙にもかけてなかったはずなのに、と自身の思い付きに震撼しながら姐御さんへと振り返れば、あれ、恐れと怒りがない交ぜになったみたいな感情が瞳からすぅっと消えて、ちょっとほっとした様子で風ちゃん見るのやめちゃった。うむぅ、姐御さんさっきから変だよ。一体どうしちゃったの。

「なんでもない」

 姐御さんは耳まで真っ赤になって、右手でシャーペンをカチカチさせながらぶっきらぼうに答えます。

「さっきから報告書になんて書こうか悩んでた訳なんだけど、絶妙な文面が急に、まるで頭に打ち込まれたみたいに出てきたからさ。それで、ちょっとびっくりしただけ」

 姐御さんはそう言うと背筋をすくっ、両足はきちっ、なにやらやたらと姿勢を整えてから報告書に文字を書き付け始めました。うーにゅ。一見明鏡止水、直立不動の有様ではありますがよーく見るとなんか両膝がもじもじ動いてる。姐御さん、はばかりながらお伺いしますがもしやはばかりをご辛抱、ぐじゅっ?! おわっ! 弾かれたようにこっちを睨んだ姐御さんの目力の言語を絶して猛烈な事、四方から襲いかかったらしいそれはボクらの一人を一瞬で顕微鏡レベルまで高密度圧縮、多分微細な球になったそいつはかつーんかつーん…と微かなれど硬い音を響かせながら床に弾んで何処かへ行ってしまいます。こっわっっ!! 今姐御さんに絡むのは種の保存に関わる一大事。そうだそうだ、取り敢えずそっとしといて“属性”の続きをお話しする事にいたしましょう、ええそうしましょう。

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