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第30回(図書館の彼女と魔性少女・その13)

 それにしても、身の内に起こった出来事について姐御さんなかなか特徴的な喩えをしましたね。普通なら“閃く”などという所を“打ち込まれた”って言っただしょ。その結果は体調にも影響を及ぼすほどの心的大激変を引き起こしたようなのですが、急に変化したと言えばそう、結びあった二人の思考の場もやっぱりこのタイミングで大きな変化を、それまでその通り不均一だった濃淡は濃い印象に一様になり、色彩や明度の言い表しようも何とも言い表し得ない微妙な具合に大きく変わったのでした。この一致は偶然でしょうか? 姐御さんが証言した通り、“絶妙な文面”という“思考”がこの変化の鍵になっているようですから、多分偶然なんかじゃないと思います。だとすれば、結びあった思考の場から濃淡の不均一感が消失し濃く一様になった、先にも触れましたがこれは何らかの考えが全く揺らぎなく、二者の間で少しの差異もなしに完璧に共有化された事を意味すると思われるのですが、ここで共有化された思考なるはやはり、姐御さん曰くの“絶妙な文面”なのでしょう。色彩や明度のなんぞやについてもこの筋から推測できると思います。即ち濃淡はいつ・どこに思考が在りそうかを指し示す、言わば思考が在る事についての“属性”のようでした。こうして思考の空間性と時間性が視覚的に喩えられたのならあと足りないのはなんでしょう、思考の内容についての比喩ではないでしょうか。つまり姐御さんとリンちゃんの結び合う思考の場に今見られるびみょーな色具合は、“絶妙な文面”の内容の視覚に重きを置いた場合の喩えだったのです。ここでもし聴覚に重きを置いて喩えていたのなら、その時は件の文面がそのまま聞こえてきた事でしょう。先にも申し上げたように、思考の場はヒトの感覚の外の実在です。それをわたしたちが言葉にして人の感覚世界に影を投じるよう試みた訳ですが、この言わば言語的可視化に当たってわたしたちが恣意的に選んだ基準が、ここではヒトの視覚だったのでした。しかしですね、恣意的と侮るなかれ、ヒトがもし思考の内容を言葉のみならず視覚でも理解できたのならば、換言すれば言葉の介在なしに視覚のみで思考の遣り取りが出来るのならば、ヒトはやっぱりわたしたちが喩えたようなものを“見る=理解”すると思いますよ。

 姐御さんは相変わらず不自然に良い姿勢で、いつもなら走り書きしたって整った字を書くはずなのに、何故だか今は練習帳のお手本をなぞってる小さな子供みたいに、一字・一字、書き付け・書き付け、報告書というよりは曹操さんも大絶賛の檄文でも書いていそうな雰囲気です。やっぱり“打ち込まれた”ってくらいだから事務的な内容であってもそれを書きたい衝動はかなりのもので、言いたい事ははっきりしてても言葉は却ってもつれてしまうのでしょうか。で、“打ち込まれた”でピンとくるのが、リンちゃんのおでこから発射され姐御さんの頭の中にうーらうらうらっと突入していった、例の漫画っぽい光線のことです。リンちゃんのおでこに改めて注目。おや。先程の血が足りなぁいとの自己申告は大袈裟に非ず、実際手当て無しには止まりようのないそこからの大流血に見舞われ続けていた彼女なのですが、その深刻なはずだった擦過傷が今気付けば自然と塞がってしまっていて、顔色も随分と良くなっていますね。それと共にリンちゃんの肉体の不透明度も完全に持ち直して、再び健康的に後ろの背景を隠すようになっています。柔らかく微笑んでるのは相変わらずなのですが、それも幽鬼のそれから慈母のそれへ、まぁさんざ流血した後の血糊は全く拭われず今も乾いてこびりついていくみたいなんだけど、その血仮面けっかめんを捨象できれば印象の変化が感じられなくもない? こきっ、こきっと軽妙な音がしたので目を転じますと、姐御さんが首を左右に小刻みに捻り鳴らしたみたいです。そして静かに深い溜息一つ、改めて報告書に向かいます。根を詰めて文章を書いていたにしても、仕事中にこれほどはっきりと疲れた素振りを見せる姐御さんというのも珍しく、なんだかリンちゃんが元気を取り戻したら今度は姐御さんが弱っちゃったみたいです。うん。実はですね、この関係性もまた、偶然のものではないのですヨ。

 その辺りの事情をお話しするためには、そもリンちゃんって何者なの? そこんところに切り込まなければなりません。いやだから魔性少女なんだろう、正鵠を射てはいますがそれはリンちゃん個人の資質なのでありまして、ここで関係してくるのはリンちゃんが何者どもの一人なのか、例えばホモ・サピエンスの一人なのか実は中にナメック星人が入っているのか、要するにどんな種に属してるのかって事です。リンちゃんの外見的特徴は全くホモ・サピエンスのそれです。何処からどう見てもヒトです。形態学的のみならず解剖学的にも多分殆どヒトでしょう、よくよく調べてみたら膵臓と思われていたものが実はウルトラ怪獣的袋状臓器だったとかそんな可能性は否定できませんが。一方遺伝学的には認識が曖昧で、ヒトと安定して子孫が残せるいや一代で終わりだいやいやそもそも子をなせない、類例が少ないせいか学界でも未だ各派絶賛論争中のホットトピックです。つまりですね、リンちゃんはヒトではないのですヨ。じゃあ何なのかというと長ったらしく舌を噛み切りそうな学名を示せば一番正確で間違いが無いのでしょうがそれは避けて、ここでは通称を言うことにいたしましょう。リンちゃんが属している種は一般に、“詩妖”と呼ばれているものなのです。

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