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第25回(図書館の彼女と魔性少女・その8)

「愛に染められ/紅引くを覚え/仕方がないの触れたいのは…」

 姐御さんはぎょっとした様子を見せると、絡みつくリンちゃんの指を振り解こうとしました。そらまぁね、ロックが実にしっかりしてる割にはしっとりと絡みついてくる同性の指に、うっとりとした表情でのこの台詞でしょう。しかし、殊更抵抗しているようには見えない相手の指先は益々情深く絡みついてくるようで、その間にもリンちゃんの命はあと5秒! くらい? とにかく今にも頭蓋が内圧に負けそうで後はもう断末魔の叫びを3~4文字に凝縮して舌にのせるのみ! え。いやちょっと。

「それはもう、しましたよ…」

 さすがに慌て始めたボクたちに、リンちゃんは穏やかにその選語は出来ていると告げたのです。ボクたちはぽかんとしてリンちゃんの、脳が心臓に置き換わったかと見紛うほどののぼせ上がり方ですから手当てしたばかりの傷口が開いたのでしょう、鮮血に汚れ始めた白い包帯を見詰めます。え、もうしたって。だって思い起こしてみても、さっきの百合情歌みたいなついーとまでそれらしき3文字走馬燈は何処にもないですヨ?

「よいやっさっ」

 ボクたちが心的共有ログを一斉に吟味して首を捻っていたところ、威勢の良い掛け声が耳朶を不意打ち、館内の静寂がもう何度目かぶち破られます。そこに見た光景はまたしても意図的想定外などではない x・想定外〔lim x〔x→真〕〕。掛け声の主はリンちゃん、その魔性少女がなんの予備動作もなしにひらりと、ワァーオ、シィイズクノォ・イッチー! ノンノゥ、チャイニーズ・ワイヤァ・アァクシヨン! 絡め取ったままの姐御さんの手を支えに利用したとしても解剖学的に不可解な身軽さで、1m は高さのあるカウンター上へ飛び乗っていたのでした。すっと背筋を伸ばして立ち、一瞬で周辺の空気をも整列、気を付けっ! させてしまうリンちゃん。固唾を呑んで見守る人々に対し次に見せた行動は、両目を閉じ、右掌を垂直に立てて胸の前に掲げ、右足を探るように滑らせて半歩、左足も同様にまた半歩、ゆっくり前進。

「あたたたた!」

 苦痛の声を上げたのは姐御さんです。リンちゃんを気遣ったはずの右手は今でも相手にホールドされていて、それで魔性少女がカウンターに飛び乗った際、偶然なのか故意なのか、指先から手首・肩の関節に至るまで、右手全体を完全に極められてしまったのです。恐るべしなのか、グラップラー・リン! 姐御さんは空いた手で極められた肩を押さえ、カウンター上をゆるゆると良い姿勢で進むリンちゃんとは対照的に、必然的に前屈みにならざるを得ない不本意な姿勢で、リンちゃんに引き摺られるように従うしかありません。姐御さんは呻きつつ、怒った目を風ちゃんに向けます。

「おい、風太! 見てないでカットしろよ!」

「レフェリー、ブレイクだろー。ちゃんとチェックしろよ、えー」

「分かった、ちゃんとタッチすればいいんだな。ほら風太、手を伸ばせ。届く…」

「腹いせにおいらの手を極めようってゆー魂胆が見え見えだからヤ。そんな事より、根本的解決の秘策は我にあり」

「なーらーそーれーをーはーやーくーやーれーよーこーのーばーかーたたたたっ!」

「こほん。姐御、さっき言ってた、リンちゃんが普段何をやってるかということなんだけどね」

 精神的生産性評価 A+、経済的・社会的生産性評価 E-。

「そう。すなわち、リンちゃんは『作家志望女子』なのだ!」

 ど

「ふーーーたさぁぁぁぁぁん!!」

 ぉぉぉぉん! というボクたちの合いの手効果音が風ちゃんの耳に届く頃には、もうそのような事態になっていたのかも知れません。それくらい風ちゃんの逆転! 的言動に対するリンちゃんの反応は音速の奇行子なのでした。風ちゃんがリンちゃんについて一つ明らかにした瞬間、それまでの薄氷踏むが如し足の運びはどこへやら、くわっと目を見開いたリンちゃんはこれまた解剖学的には理解不能な強大筋力でもってカウンターを蹴り、カウンターに使われているのは木製の机と言ってもかなり重厚なつくりでおまけにがっちり床に固定されていたのですが、それが反作用で一つ大きく傾いて辛うじて元に戻りました、風ちゃんに猛然と飛びかかり、そしたら姐御さんはまだ右手を極められたままだったから大きく前へつんのめって、けれどそこは機転にも運動能力にも恵まれた姐御さんのこと、咄嗟に前転して各関節がばらばらにされるのを防いだ、お手本のような前回り受け身を床に決めこれで一安心、と思いきやその間に空中で体勢を入れ替えていたリンちゃんは両足から風ちゃんに襲いかかってミサイルキーーっ、ああ、姐御さんの手をまだホールドしたままだったから上体が下に引っ張られ! このままでは威力が不完全にっいや違った! やはり恐るべしだったグラップラー・リン、空中で上体が下がることも計算に入れてのホールドキープだったのか、棒立ちになってる風ちゃんの目前で両足を軽く開く→がっちりと首を挟み込む、ここで姐御さんの手を放してフィギュア・スケートの選手のように両手を胸の前に縮めつつ上体を思い切り捻る、ねじれは腰→足先へと減衰無く伝わって風ちゃんの首を明後日の方向へ極める! 風ちゃんは必然的に床に捻り倒される! ずってんどう。いんやー、まったく一流のジュニア戦士による高度な空中戦を見るようです、やんややんや。おう! 技の流れは未だ堰き止められず、リンちゃんは更に風ちゃんの首を攻めて今度は三角絞め! 風ちゃん音速の貴公子でタップだ! 首元を横切ってるリンちゃんの脛の辺りをたしたし、たしたし。

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