第24回(図書館の彼女と魔性少女・その7)
「先程は、本当にお騒がせしました…」
さて、一連の魔性的日常挿話が一段落した後の貸出・返却カウンター。額に巻かれた真新しい包帯も眩しく、リンちゃんは深々と頭を下げたのでした。その羞恥と心よりの反省が向けられた先には、カウンターを挟んで風ちゃんと姐御さんが座っています。姐御さんという存在の認識を巡ってのエア哲学的論考に気を取られていた脇で、一体どんな魔性が行われていたのか、リンちゃんの手当てを待つ間一通りボクたちから説明されていた二人ですから、なるほどねーまた変なことしてたんだーと事情は良く飲み込んだ上で、そもそも何故図書館のエントランスホールでいきなり三点倒立だったのか? その最も核心的な魔性には触れ得ず、触れちゃうと核心的利益への核心的不利益を牽強付会され大陸的不快感への釈明に追われるハメに、なんて事は無いのですが何らかの面倒には巻き込まれるという漠然とした恐怖はありましてそれ故に外ならないのですが、リンちゃんのつむじに対し揃って曖昧な笑顔を並べているだけなのがなんだかちょっと不憫です。でもまぁ、いつまでもこの状態ではリンちゃんの白いつむじに睨まれ笑顔? のまま石化されちゃったみたいで、実際はどう思ったのか知りませんが、とにかく姐御さんは意を決したように一つ咳払いをしたのでした。
「よし、反省はそれで最後にしよう。で、リンちゃん。今日はなんのご用かな?」
言ってみることで、姐御さんは直ぐに営業中の自分を取り戻せたみたいです。
「あ、はい」
リンちゃんは慌てて頭を上げて、肩からはすにかけていた小ぶりのバックを体の正面へ引き寄せ、あーあ、明るい色の暖かそうなコートも複数の意味で魔性を演出した例のふんわりスカートも、掃除が行き届いているとはいえ図書館の床で匍匐疾走なんかやったものだから、あんた背中が…〔押し黙る〕となっても致し方ないほどの手の内の晒しようで煤けてしまい、彼女特有のライトヘビー級女子力が却って哀れに見えてしまいます。バッグの口の端に何度か引っかけ、ようやく取り出したるは2冊の分厚いハードカバー、もう一回手を突っ込んで今度はすんなり1冊の文庫を取り出しましたから、計3冊の本がカウンターの上に積み重ねられました。
「お借りしていた本を、お返ししに来たのです…」
「へぇ。これもう読んだの?」
積まれた本に手を伸ばしながら姐御さんは感心しています。実際、これらの内容・ページ数共に決して薄くない3冊は、二日前、リンちゃんが同じカウンターで姐御さんに貸し出してもらった物でした。姐御さんは上機嫌で端末を返却モードにし、手にしたハンディ・スキャナで3冊に返却処理をかけていきます。ぴろっ。ぴろっ。ぴろっ。
「本をたくさん読む子は好きだよ。リンちゃんは相変わらず偉いね」
もう一度別の手で返却をかけ作業を確かなものにするために、姐御さんは隣の風ちゃんへ3冊を渡します。リンちゃんはといえば、姐御さんの150km/h後半クラスの直球褒め言葉に押し込まれ、さっと頬を赤く染めて、色素が薄いから余計に赤味が立つんだよね、思わず俯いてごにょごにょ言ってます。その様子を横目で見つつ、風ちゃんはにやにや、ぴろっ、ぴろっ、ぴろっ。
「そういやさ」
しかし自分が放った球の威力には全く頓着してないのか、姐御さんは悪気のないマイペースさで話題を変えます。
「リンちゃんって、風太の家に下宿してるんだよな」
「まぁ下宿って言うか…」
3冊に2度目の返却処理を施し、背後に置いてある配架待ち資料専用のブックトラックに並べながら、風ちゃん曖昧に返事します。だよねー。それは容易には認められない事実だよねー。分かる分かるー。
「じゃあさ、リンちゃんって普段は何やってる人なの? 殆ど毎日来てくれていろんな事聞いたけど、それについちゃ話したこと無かったよなーと」
「えっ。それは、そのう…」
姐御さんとしては本当になんでもないことを聞いたつもりだったんだと思います。けれどもリンちゃんは、そのただの世間話に明らかに怯えたのでした。頬の紅潮が不自然に激しくなり始め、それも急激な血圧上昇が原因なのですが、なんで分かったかってーとこめかみがぴくっぴくっ、巻かれた包帯の裏から打って刻むが如く明瞭にびくっびくっびくっ、左のこめかみにはちょっと震えたλの字に血管が浮き出てきてリアル、右のこめかみにはえっ表現としてはありがちだけど実際にもこんな風になるんだ、への字三ツ矢型に血管が浮き出ててなにやらちょっと漫画的。そんな感慨に浸ってる間にもびっくんびっくんびっくん、側頭部に露わになった鼓動はなおも力強く、あのーちょっとリンちゃん、もしかしてあなたは既に死んでいる? やばくね? やばくね? 姐御さんも心配になったのか椅子から立ち上がってリンちゃんに手を伸ばします、すると合わせ鏡のようにリンちゃんも、鏡と違うのは向き合い進む二人の手の位置がほんの少しずれていたことだけで、そのため二人の指先は衝突することもなくすれ違い、最後に深い所でがっちりとロックアップ、いや、姐御さんが何かを思うよりも先に、一方的にリンちゃんが相手の指を絡め取ってしまったのでした。




