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第1話:無音の世界と黒き雷

*設定見直しにより、処女作の白竜帝の後継者を大幅に設定改修した作品になります。かなり設定違うので元の作品の白竜帝の後継者は検索除外設定にさせていただきました。



 僕の世界は、酷く静かだ。

心臓のドクドクという音も、服が擦れる音も、錆びた鉄格子の向こうから吹いてくる地下の冷たい風の音も、何も聞こえない。


 ずっと前に人間たちにされた、痛くて怖いことのせいで、僕の耳はいつしか聞こえなくなり、声も出せなくなった。



「…………」



 薄暗い地下牢の、冷たい床の上。僕――名前も持たない、ただの6歳の子供は、膝を抱えたまま、じっと前だけを見つめていた。


 耳は聞こえなくても、人間の『口の動き』をよーく見れば、何を話しているかは大体わかるし、空気に混ざっている『嫌なピリピリ』を肌で感じれば、相手がどれくらい僕をいじめようとしているか、正確にわかる。


 檻の向こう側では、高そうな服を着た人間たちが、嫌な笑顔を浮かべて口を動かしていた。


「おい、本当にこいつが【白竜】の生き残りなんだろうな?」


「間違いない。神殿が襲撃された夜に盗み出した「卵」から孵ったガキだ。今は力がないように見えるが、間違いなく凄い力が眠っているはずだぜ。」


「そうか、素晴らしい。数日後のオークションに出せば、国が買えるくらいの金が動くぞ……!」



 彼らは僕のことを「白竜の生き残り」とか「トカゲのガキ」と呼ぶ。

僕には、自分の名前が分からないし、誰も教えてくれなかったからだ。

彼らの体から出ているピリピリは、泥みたいに濁っていて、すごく嫌な感じがする。



ーー逃げ出したい。



 でも、今の僕の小さな手じゃ、この鉄格子はびくともしないし、壊すこともできない。

僕は静かに視線を落として、埃の積もった床の上に、指先でバツ印を描いた。


この場所は、ものすごく深い地下にある。

周りには、僕を閉じ込めるための檻の外に硬い光の膜が何重にもあって、武器を持った怖い人間が、あちこちに100人以上もいる。

僕はたったの6歳。ただの子供。力も全然ない。


(……ここから一人で逃げて、生き残るのは――無理だ)


ーー脱出は不可能である。


それが、6歳の僕なりに周りを見て出した、はっきりとした答えだった。

だから、泣いたりはしない。泣いても誰も助けてくれないし、体力がもったいない。今はただ、じっとその時を待つ。それだけだ。



その時だった。



ど、ん。


音のない世界なのに、お腹の奥を直接叩かれたみたいな、強い揺れが突如襲ってきた。

続いて、地面がガタガタと激しく震え出す。

檻の向こうの人間たちが、慌てて飛び上がった。


「な、何事だ!?」


「侵入者か!? 馬鹿な、ここは地下だぞ――」



彼らの言葉は、最後まで続かなかった。




ドガアアアアアアアアアアアアアアン!!!!




 凄まじい風圧が吹き抜けて地下の分厚い鉄の扉が、めちゃくちゃに吹き飛んだ。バラバラになった破片がすごい速さで飛び散って、さっきまで笑っていた人間たちを吹き飛ばしていく。

白い煙がいっぱい広がって、その奥から、一人の男の人が歩いてくるのが見えた。



 黒い髪のお兄さん。体は引き締まっていて、歩き方がすごく綺麗だ。

かっこいいお洋服を着ているけれど、なぜか首元だけは、黒いマフラーでぐるぐる巻きに隠されていた。

お兄さんは、頭を掻きながら、呆れたように口を動かした。


「いやー、場所見つけるのに6年もかかっちゃった。ごめんねー、主(あるじ)様? 人間どもの隠れんぼが上手すぎて、俺、ちょっと迷子になっちゃったわ。」


なんだか、ちっとも怖がっていない、へらへらしたお兄さんだ。

だけど、その人が現れた瞬間、周りにいた武器持ちの人間たちのピリピリが、一気に「恐怖」に変わった。


「く、黒髪に……その魔力……!?」


「まさか、黒竜の一族か!? なぜここがバレた!」


「構うな、たかが1匹だけだ!殺せ! 突撃ィ!!」


たくさんの人間たちが、大きな剣を構えて一斉にお兄さんに襲いかかる。

だけど、黒髪のお兄さんは、にやりと笑った。


「おっと、危ない危ない。でもさぁ――」


 次の瞬間、お兄さんの姿が『消えた』。

ううん、消えたんじゃない。目でおいかけられないくらいの速さで、動いたんだ。


「俺の主をこんな所に閉じ込めておいて、無傷で帰れると思ったら大間違いだよ?」


お兄さんが、素手でドン、と押した。


それだけだった。

なのに、当たった人間の硬い鎧が、バリバリに砕け散った。人間はそのまま後ろの壁まで飛んでいって、動かなくなる。


すごい強さだ。

お兄さんは、飛んでくる剣をひらりひらりとかわしながら、どんどん進んでいく。

人間の首を掴んで床に叩きつけたり、お腹を強く蹴飛ばしたり。武器も持っていないのに、お兄さん一人で、たくさんの強い人間たちをボコボコにしていった。


「化、化け物め! 火の魔術で焼き尽くせ!!」


生き残ったリーダーが、泣きそうな顔で叫ぶ。

奥にいた人間たちが、一斉に杖を掲げた。ものすごく熱そうな、真っ赤な炎がどんどん大きくなって、お兄さんに放たれる。部屋ごと全部燃やしてしまいそうな、炎だ。


「お、魔術勝負? いいね、そういうの嫌いじゃないよ。」


お兄さんはへらへら笑ったまま、首のマフラーを少しだけ緩めた。

そして、細い指先で、空気を優しくなぞる。



「――『影葬(えいそう)』」



お兄さんが口を小さく動かした、その瞬間。

飛んできた真っ赤な炎の前に、床から真っ黒な『影』が、ニョキニョキと飛び出してきた。

影は大きな口を開けるみたいにして、飛んできた炎を全部むしゃむしゃと食べてしまった。炎は一瞬で消えて、煙すら残らない。


「な……っ!?」


びっくりしている人間たちの足元から、今度は影の紐が伸びてきた。

紐は人間に巻き付いて、体をぎゅっと縛り上げる。


「じゃ、お疲れ様。」


お兄さんがパチン、と指を鳴らした。

すると、縛られていた人間たちの体が、床の影の中にズブズブと沈んでいって――誰もいなくなってしまった。


あっという間だった。

部屋にいたたくさんの怖い人間たちは、みんなお兄さんに片付けられてしまった。

 静かになった部屋で、お兄さんはポンポンとお洋服の汚れを払うと、檻の周りにあった膜に手を置き、


ーーピシッ、ピシピシ、パリンッ


紙のようにいとも簡単に膜を破ってしまった。そして軽い足取りで僕の檻の前まで歩いてきた。


「よっと」


お兄さんが鉄格子を掴む。

メキメキ、バリバリと嫌な音がして、硬い鉄の格子が、まるで腐った木の枝みたいに簡単に引きちぎられた。

お兄さんは檻の中に入ってきて、僕の前で、すとん、としゃがんだ。


僕と目が合う。

僕は何も言わず、じっとこの人を観察した。


もの凄く強い。格闘も、不思議な術も、今まで見た人間たちとは比べ物にならない。この人は僕の敵? それとも味方? どうして僕を助けたの?

すると警戒して身構える僕の小さな手を、お兄さんが優しく包み込んだ。



その瞬間――。

何も聞こえないはずの僕の頭の中に、もの凄くあたたかくて、大きな『気持ちの波』がドクドクと流れ込んできた。

言葉じゃない。でも、頭の中に直接響いてくる。

そこにあったのは、僕をずっと心配していた気持ちと、見つけて安心した気持ちと、僕を守りたいという、もの凄く強いお兄さんの気持ちだった。


『やっと見つけた。6年も待たせやがって、俺の可愛い主(あるじ)様』


「…………!」


突然あたまの中に言葉が流れてきた。


お兄さんがにっこり笑う。その拍子に、首のマフラーが少しズレた。

衣服の隙間から見えたお兄さんの首には、黒くてかっこいい、トカゲかヘビみたいな【模様】が刻まれていた。

 

 お兄さんは僕を、壊れやすいお人形を扱うみたいに優しく、でも絶対に離さないぞという強い力で抱き上げた。


 お兄さんの背中から、真っ黒くて大きな、鳥みたいな、トカゲみたいな羽がバサッと広がる。

僕は置いていかれないようにお兄さんの首にしがみつきながら、ポケットから、隠し持っていた小さなノートとペンを取り出した。幸い文字の読み書きは、他の奴隷から教えてもらったこともある。拙いながらも文字を書いて、お兄さんの目の前に突き出す。


『おまえはだれ。なにが目的?』


お兄さんは、僕が書いたノートの文字を見ると、一瞬だけびっくりして目を丸くした。それから、やっぱりへらへらしながら、嬉しそうに口を動かした。

その唇の動きを、僕はじっと見つめる。


「おっと、ご挨拶が遅れました。俺の名前はカイル・エクリプス。最高神たる白竜の守護竜、黒竜の一族の者です。」


 カイル・エクリプス。


それがこの強いお兄さんの名前。

カイルは愛おしそうに僕を見つめて、また頭の中に、あたたかい気持ちの波を届けてくれた。


『そして、あなたの名前はアレン。先代の白竜様が遺された、僕のたった一人の主、アレン・ルミナリス様です。』



ーーアレン・ルミナリス。


それが、僕の名前。

生まれてから6年間、一度も呼ばれたことのなかった、僕の本当の名前。


「さ、行きましょうか、アレン様。俺達の故郷へ!」


 カイルは僕を抱っこしたまま、地下室の天井を突き破って、夜の空へと一気に飛び上がった。

雲を突き抜けて、丸くて大きな、綺麗な月が僕たちを照らす。

僕はカイルの首にぎゅっとしがみつきながら、ノートにこう書き足した。


『すごくつよいのは分かった。おしゃべりでうるさいけれど――』


『――僕が死ぬ運命は、なくなった』


 カイルは僕のノートを見て、「ははっ、手厳しいな〜!」と笑いながら、もっとスピードを上げて、悪い人間たちの街を遠くへと置き去りに行っていった。


 

これが、僕たちの始まり。


 音のない世界で生きる僕が、自分の名前を知り、へらへらしたけれど世界一強くてカッコいいお兄さんと一緒に、外の世界へと歩き出すための、最初の第一歩だった。


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