怒られるマダム
愛ちゃんの任務を無事コンプリートした私は、次なる任務の為にラブコメを読みながらコーヒーを飲んでいた。
まだまだ暑い夏が続く、聴こえてくる蝉の声がより一層暑さを助長させる。
「暑すぎるわダディ!」私の雄叫びのような声は、部屋中に響き渡るとダディは私の元へやってきた。
どうしたんだ?という言葉を掛けようとしたダディは、私のアラレもない姿に困惑している。
「マダム暑いからって、水着着て水風呂はないだろ?」
「じゃあクーラー早く直してよ!」
そう昨日の夜からクーラーがご臨終なのである。仕方なく水風呂で体を冷やしていたけど、我慢も限界に来ていた。
「修理は明後日だって言っただろ?」
「それにマダムは謹慎中なんだから、外に出れないんだから仕方ないだろ?」
そう私は前回の任務でやらかしていたのだ。
潜入任務とはいえ、本来なら依頼人との接触は控えなければならない。
しかし、あまりに愛ちゃん達が愛おしくて接触し過ぎた為、SNSに載ってしまったのだ。
「絶世の美女が◯◯高校で用務員をしている」と・・・
顔は隠れていたけど写真付きで。
そしてオフィサーから呼び出されたのは、任務が終わって二日後。
「来たかマダムよ。そしてレディ。あとはウーマン。お前達は何故呼ばれたかわかってるのか?」
机に肘を置き私達三人を目の前に立たせると、一人ずつ睨んで行く。
沈黙を保つ私達にオフィサーから怒号と唾が撒き散らされる。
「聞いてるのか!!」
(うっ、相変わらず清潔感とか全くないわね。これだから嫌なのよ)
「ウーマンよ、貴様どれだけ依頼人に接触したら気が済むんだ!お前たち二人もだ!あれ程言っただろ?SNSに載るなってな!」
汚い唾とオヤジ特有の整髪料の匂いが混ざって殺虫剤並みの殺傷能力がありそうね!
(誰か何か言いなさいよ)とレディ達の顔を見るが黙ったままで下を向く。
オフィサーの怒りは収まらず、その矛先は私に向けられる。
「マダムよ!何だコレは?絶世の美女が◯◯高校で用務員をしてるだと!んな訳あるかー!ちゃんと変装しろよ!」
かなりご機嫌斜めね、ごめんなさいで済まなさそうね。
ここは真摯に謝罪・・・
「オフィサー、この度は私どもの不祥事でファクトリーにご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
これ以上ここにいるのが嫌だった私は、オフィサーの話の間隙をぬって謝罪をする。
頭を下げたタイミングで二人にアイコンタクトを送る。
それを一瞬で察知した二人は、続け様に謝罪をする。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした!」
ナイスよ二人共、これでいくらかは処分が緩くなるはず。
「貴様ら!誤って済む問題だと思ってるのか!今回ばかりは許さーん!一週間の謹慎だーっ!分かったか!」
マジっすか、この年になって謹慎とかありえなくない?普通は減給とかじゃないの?と思いながらも反省してますオーラを出しながら私達はファクトリーの事務所を後にした。
「はぁー最悪。ダディに何て言おうかしら?」
「マダム、ちょっとどうすんのよ?一週間って地獄じゃない?」
私に話掛けて来たのはレディ・アリス。そしてもう一人は、ウーマン・セイラ。
私達三人はファクトリーが独自に運営しているアカデミーの実習生で、卒業してからも付き合いはある。
「アリス、セイラ仕方ないわよ。調子に乗って依頼人に接触し過ぎた私達が悪いわよ」
一応悪いことをしたと思っている私は、二人を納得させようと話はするが、二人の気持ちも十分分かる。
「でもなーあんな可憐な乙女達みたら仕方ないじゃん。近くで助けたくなるって」
「フフフ、確かにセイラの言う通りね。私も今回は自我を保てなかったわ」
「でしょ?私も今回の任務で、めちゃくちゃ可愛い女子大生だったから途中で暴走しちゃったよ」
「アリスはどうなの?」
「私は・・・依頼人と友達みたいになっちゃって、宅飲みしたり、自撮り写真とか撮っちゃった」
「アンタそれ、友達みたいじゃなくて、友達じゃないの?」
「マダムは?」
「私は・・・」
私は二人に経緯を話すと口を開け唖然としていた。
「嘘、そんな用務員いないわよ!」
「マダムやりすぎだよ!」
いやいやいや、貴女も大概よ?あまり余計な事を言うと、女の醜い部分が出そうな私は「仕方ないでしょ、私達は愛に飢えてるんだから」と格好良く言ってみたものの、少し恥ずかしくなってしまう。
「とりあえず一週間我慢しましょ?帰ってダディに謝らないといけないし」
「分かったよマダム、私も帰ってジェントルに謝るよ」
「はぁ、気が重いなぁ。やってしまったものは仕方ないから私も帰ってダーリンに謝るわよ」
「フフフ謹慎が解けたらまた会いましょ」
彼女達に手を振り私は自転車に乗る。私達が呼び出された日には、ダディ達は既に怒られた後で、帰りは車に乗せてもらえなかったのだ。
(くっ、なんたる屈辱・・・)
まさか用意された自転車が電動式のママチャリだったとは・・・
いくら怒ってるからってママチャリはないでしょ!せめてロードバイクにしなさいよ!
しかも普段自転車に乗らない私は道が全く分からない。
かと言って携帯何か見ながら運転したら捕まる。
私は、信号待ちの度にマップを開き、家までの長い道のりを最短ルートで駆けていく。
(はぁ、はぁ、行きは送ってもらったから楽だったけど帰りがコレだと格好がつかないわよ!しかも電動なのに何故ペダルが重いのよ!)
私は、エクササイズバイクのように重いペダルを踏み込み懸命にペダルを回す。
私の横を軽快に走って行くおじさんのママチャリ。
くっ、ノーマルママチャリに抜かれるなんて!ありえないわ!帰ったらダディに文句を言ってやる。
信号で止まるとさっき抜き去られたおじさんが私に声を掛けてきた。
「お嬢ちゃん、電源入ってないよ?それともトレーニングか?」
何よ電源って、まさかこのボタン?恐る恐るボタンを押すと、小さな液晶にスピードメーターみたいなものが表示された。
「ゴクリ」信号が青に変わると、ハンドルを握りしめペダルをゆっくりと踏み込む。何?この軽さ!まるで羽みたいじゃないのよ!こっこっコレが電源自転車・・・
今までのクソ重いペダルから解放された私は、急にテンションが上がり信じられないスピードで駆け抜ける。
(おじさん、ありがとう)心の中でおじさんに感謝をし家までの道を突き進む。
あっ!このスーパーはいつも行く店!そしてこの角を曲がれば家まで直ぐのはず!
角を曲がると現れる十二階建てのマンション。
「着いたわ!我が家に!」
駐輪場にマイバイクを止めマンションに入って行く。エレベーターの階数ボタンを押し最上階まで上がって行くと見慣れた部屋が顔を出す。
「ハァハァ、やっと帰ってこれたわ」
扉の横に付いているカメラに顔を映し出すと、私の網膜に反応し第一ロックが解除される。続いてドアについてる認証センサーに指を当てがうと、登録された私の指紋と一致して扉が開く。
「カチャ」
いつもなら「お帰り」と声を掛けてくれるけど、かなりお冠のようね。
ダディはソファーに座ったまま立ちあがろうともしない。
(相当怒ってるわね)
「ただいま」
私の掛ける声にも軽く相槌を打つだけか・・・
こういう時は中々思うように言葉が出ない。
でも、怒らせた私が悪いと自分に言い聞かせる。
「ダディ!」
私の呼ぶ声に反応はしてくれるが、彼が私に向ける眼差しは冷ややかだ。
さっきオフィサーに怒られたのとは訳が違う。
かと言って時間が解決してくれるような甘いものでもない。その事は十分に理解している。
ダディは私の大切なパートナー・・・彼が怒らないといけない状況を作ってしまった私の落ち度。
誠意を込めてダディに謝る。
「ダディ!あの、その・・・」
意を決して彼に謝ろうとするけど、次の言葉が喉につっかえて出てこない。
「ダディ!私、今回の任務でやりすぎた事を謝りたいの!お願い、聞いて!」
「ふぅ」大きく息を吐いて、私の目をジッと見つめるダディは、何も喋らない。
「ダディ!聞いて!お願いだから」
「ああ、わかった。聞いてやるから、その後の俺の話はしっかりと頭に叩き込むんだ」
彼の冷たい眼差しを肌で感じながら、静かに頭を下げて謝る。
「ダディごめんなさい。貴方の言う通りだった。悦に入り過ぎたとはいえ、ダディの助言を無視した事で、貴方にもファクトリーにも迷惑を掛けてしまった。これからは貴方の助言を聞き入れ、依頼人との接触は最低限にする。本当にごめんなさい」
「ふぅ」
「マダム、実は俺自身さほど迷惑だとは思ってないし、ファクトリーに迷惑を掛けたとも思っていない。」
「えっ?」
「ああ、本当に大事なのは何だ?彼女達依頼人の幸せなんじゃないか?人知れず任務をこなして、依頼人達を幸せにする・・・例えばあの時、彩葉ちゃんにマダムがファクトリーのエージェントだとバレたらどうなる?」
「あっ」私はダディの言う事が、どれ程大事な事なのか気づいてしまう。
「そうだ、そこで生まれるのは愛ちゃんへの侮蔑や恨みといった負の感情だよ。幸せの橋渡しをして幸せになってもらったのに、マダムがバレる事で周りからの負の感情を浴びた愛ちゃんはどうなる?待ってるのは彼女への誹謗中傷だ。だから俺達は、バレちゃいけないんだよ?」
そうだ、私の行動は軽率すぎたのだ。彼の言っている事は正しい・・・今回のようなケースなら尚更注意を払わなくてはいけなかった。
愛ちゃんを悪者にしかねない愚行だ。
「ダディ、貴方の言う事は理解出来たわ。これからは細心の注意を払って行動するわ。私が間違えそうになったら今日みたいに言って。私には貴方が必要なの」
「グスっ」
「ああ、何度でも言ってやるよ」
「ええ、グスっ」
久しぶり私の涙を見た彼は、慰めるように抱きしめてくる。でもその優しさに甘えてばかりいられない。私自身を見つめ直さなくてはならないわ。
「ダディ海に行きたいわ・・・」
「えっ?謹慎中だろ?反省してんの?」




