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用務員マダム

 いつものようにダディの車に乗り込み近くまで送り届けてもらう。

 おそらく、ドローンか何かで私を見ているダディに手を振り私は門をくぐる。

(ここが愛ちゃんの通う、キャンパスね!この真っ白なキャンパスに、愛ちゃんの想いを描いてあげるわ!)

「マダム、聞こえるか?そんな運動場で突っ立ってたら怪しまれるから校長室に行くんだ」

(くっ!やはり見られてたわね)

 生徒数は約千人と今の時代には多い方だと思う。校舎も大きく、プールや体育館、食堂といった施設も充実している。これだけ広いと用務員の仕事も大変だとしみじみ思う。この敷地内でターゲットを見つけ恋に花を咲かせられるか些か不安を感じるけど、全力でやるしかないわね。

 校長と教頭先生に挨拶をして、さっそく用務員室という牙城に引き篭もる。

「ダディ?用務員室に入ったわよ」

「そうか、三年一組の教室は校舎に入って左側の一階にあるぞ、清掃がてらに校内の見取図を頭に叩き込めよ」

「分かったわ。今から準備して行く」

 箒と塵取りを装備しマスクとメガネを装着する。

 自分の姿を鏡に映すと、完璧な扮装にうっとりしてしまう。

「何処からどう見ても用務員のおばさんね!自分のポテンシャルに酔ってしまいそうよ!」

 私は掃除がてらに校内をウロつく。

(こんな大手を振って校内を歩けるなんて、素晴らしい任務ね)

 三年一組の教室はここか。

 私は教室前で一旦止まり、高速で首を振り彼女を確認する。

 その所業僅かコンマ一秒。

 この早技は誰にも気づかれない。私はその場を離れた。

(はぁ愛ちゃん、めちゃくちゃ可愛いじゃないの!顔も小顔で、透明感のある肌・・・彼も水泳部というだけあって爽やかな顔立ち、そして見事な逆三角形のボディ!お似合いだわ!)

 校内の散策を終え中庭に出ると綺麗に手入れされた花壇が私の目を奪う。

(綺麗に咲いた花、辺りもゴミ一つなく清掃されているわ。私なんかが入っていい聖域ではなさそうね。せっかくだし写メでも撮っておきましょうか?)

 私が写メを撮っているとチャイムが校内に響きわたる。言わずと知れた授業の終わりを告げるチャイムだ。

 写メを撮り終え、帰宅する生徒たちを見送るのも私の仕事。早く戻らねば!

 テスト期間中ともあって生徒達は、こぞって門を出て行く。中には手を繋いで帰ったりするカップルもチラホラいる。

(なんて素晴らしい任務なの?あちこちにラブコメの香りがするわ!)

「さようならー」

(こんな私にも挨拶をしてくれるなんて・・・生きてて良かった)

 いっそのこと、このまま就職しようかしら?

 皆んな何処に行くのか確認する為に着いて行きたいけど、職務放棄は許されないわ。

「あの、用務員さん?」

 悦に浸りながら生徒達を見送っていると私に声を掛けてくれる女生徒が現れる。

(はっ!愛ちゃんじゃないの!いきなり急接近ね。ここは気持ちを落ち着かせないと!)

「んっ、はい。どうかした?」

「さ、さっき花壇で花の写真撮ってませんでした?」

(ま、まさか愛ちゃんが育てた花なの?)

「中庭の花壇の事かしら?」

「は、は、はい」

 人と喋るのが苦手みたいね、ここはリードしてあげるわ。

「あまりにも綺麗にされていたからね、ついつい撮ってしまったわ。花も一輪一輪喜んでるようだった。」

「えっ?そ、そんな風に言われたの初めてです」

「フフフ、自信持っていいわよ。私の手入れが必要ないほど美しく咲き乱れてたわ。貴女の愛が花達を育ててるのね」

「あ、あ、ありがとうございます」

「今から帰るの?」

「は、はい!テスト期間中なんで帰ります」

「フフフ、応援してるわ、頑張ってね」

「はい」

(ヤバイわ、いっぱい喋っちゃった。家に持って帰りたい・・・)

「マダム聞こえるか?普通、用務員はそんな対応しないと思うぞ?」

(くっ、しまったわ。ついつい悦に入ってしまった)

「宮下ーっ!帰るぞ」

「さ、さようなら」

 手を振り彼女達を見送るが疑問が残る。

(一緒には帰るの?じゃあ告白するタイミングはいつでもあるんじゃないの?情報意外の何かがあの二人にはあるみたいね探り入れましょうか?)


 用務員の朝は早い。門が開く前から既に仕事は始まっている。

 掃除を終え門を開くと朝一番に愛ちゃんが現れる。こんな早くに来て花の手入れしてるのね。偉過ぎよ!

「おはよう、朝から花の手入れ?」

「は、はい」

「困った事があれば聞いてね」

「あ、ありがとうございます」

 彼女は門を潜り校内へ入って行く。それから、しばらくしてターゲットの男子が入ってくると、その脇には一人の女生徒が彼の横を歩いている。

(なるほど、そういう事か。彼女もターゲットの事が好きで、愛ちゃんは彼女に遠慮してるって感じね)

「おはようございます」

 ターゲットが私に声を掛けてくると私も笑顔で挨拶を返す。

 二人が通り過ぎたあと、後ろから聞こえる話し声に耳を傾ける。

「あの用務員さん、めっちゃ美人ね」

「そうだな、あんな用務員さんいるんだな」

「でも期間限定らしいよ?」

「へぇー、俺は男性の用務員さんとよく話してたから、早く戻ってきてほしいな」

(なるほど、彼は社交的みたいね)

 少しずつだけど二人の関係性と交友関係は分かってきたわ。後は彼の気持ちがどっちにあるかね。

 今回の任務は私の入る余地はあまりないかもしれない。それはそれで問題ない。自然な恋愛が一番良いに決まってる。

 下校の時刻になると校門付近は一気に慌ただしくなる。ここに来てたった二日だけど、良い生徒達ばかりだ。初日よりも挨拶をしてくれるようになった。

「さようならー」女子生徒の声は私の脳裏を刺激しまくる。本当は悦に浸りたい所だが、毅然とした態度を維持しながら手を振る。

「す、すいません用務員さん」

(この声は!)

「ん?どうかした?」

「いや、その、大した用事じゃないんですが、昨日の帰りに宮下と何喋ってたんですか?」

 私は愛ちゃんの事は知っていたが、敢えて知らないフリをした。

「宮下さん?ごめんなさいね昨日来たばかりで、生徒達の名前はまだ覚えてないの?」

「すいません、長い髪を後ろで束ねた女の子です」

「ん?もしかしたら花壇の娘かしら?」

「そ、そうです!その娘です」

「あの子の世話した花壇が綺麗だって話してたのよ。自慢してもいいわよってね」

「そうなんですね、あの花壇アイツが一年生の頃から世話してるヤツで俺も好きなんです」

「フフフ、そのまま彼女に言ってあげたら?」

「恥ずかしくて、そんなの言えないですよ!じゃ、帰ります!さようならー」

(ぐふっ、何て可愛いのよ!ウブな彼女とウブな彼氏最高じゃなの!)

「はぁ、はぁ、はぁ。ダメ無理早退しようかしら」

「用務員さん、大丈夫ですか?」

「がふぅっ!」

(何よ次から次へと!私を殺す気?)

 崩れ落ちそうな体を無理矢理引き起こし平静を保つ。

「ええ大丈夫よ、何かしら?」

 平静を保っているけど私のHPは残りわずか!耐えれるかしら・・・ってターゲットの男子のことが好きなもう一人の女子じゃないの!

「あ、あのさっき男子と喋ってたのって何の話だったんですか?」

 くっ、貴女もなの?私は中継地点か何かなの?

「ああ、さっきの子?中庭の花壇が綺麗って話をしてたのよ」

「そうなんですね」

「ええ、同じクラスなの?」

「はい!」

「貴女も花が好き?」

「はい、愛ちゃんの育てた花は一番好きです」

「フフフ、仲がいいのね。花はね水と肥料だけで育つんじゃないの、愛情もいるのよ。だからあの花壇の花は綺麗で美しいのよ。そして人は、頑張る事で美しく輝ける」

 私は一体何を語っているのだろう?自分でも意味が分からないわ。

「貴女には何か頑張ってることがあるかしら?」

「頑張ってること?」

「フフフ、何かを頑張ったり、全力で立ち向かったりする姿勢は誰彼構わず美しいものよ。」

「お名前は、何て言うのかしら?」

「仁科 彩葉です」

「彩葉ちゃんね、覚えたわ。何かあったらいつでも話聞いてあげるわ。とりあえずはテスト頑張ってね」

「は、はい!ありがとうございます」

(はぁ、この学校・・・好き)

「おい!マダム何度も言わすな!そんな用務員はいない!」

「ブツッ」悦に浸っていた私は耳障りな彼との通信を遮断する。


 テストも今日で最後の日を迎える。ここからはやっと私も動く事が出来る。三角関係は悲しい結末を迎えるかもしれないけど、これも彼女達に与えられた試練だと思って心を鬼にしなくてはならない。

 チャイムが鳴り下校の時刻を迎えるといつものように門で、生徒達を見送る。ひとしきりそれが終わると、用務員室に入り椅子に腰を下ろして深く呼吸をする。

「コンコン」窓ガラスを叩く音で私は、用務員室の小窓を開けた。そこには困った顔をした愛ちゃんが立ちすくんでいた。

「どうしたの?」

「あ、あの相談があるんですけどいいですか?」

(他でもない愛ちゃんの相談なんて断るわけないじゃない)

「何か言いにくそうな感じね?本当はダメだけど入っていいわよ?」

 誰にもバレないように愛ちゃんを部屋に入れ外から見えない位置に座らせる。

「私一つ苦手な教科があって、たぶん補習になると思うんです」

「そうなんだ、勉強出来そうに見えるけど?」

「他の科目は全然平均点より上なんですが、その、体育がめちゃくちゃ苦手なんです。しかも補習の内容が水泳って噂があって、私全く泳げないんです」

「そうなのね、愛ちゃんはちょっと勘違いしてないかしら?」

「えっ?」

「何のために補習があるのかよ?貴女の性格からすると、真剣には取り組んでるんじゃない?」

「はい・・・」

「なら大丈夫よ、先生もそういう所はちゃんと見てくれてるはずよ?これから進学を考えてる貴女からすれば、苦手な教科でも成績を上げたいって感じかな?」

「はい」

「フフフ、じゃあ頑張るしかないわね。体育なんて一夜漬けでどうこうなるもんじゃないんだから、気持ちで勝負しましょ」

「そうですよね!」

「フフフ、そうね良い案があるわよ?足が着きそうになったら、大好きな人の胸に飛び込む感じで泳いだら?そうしたら愛のパワーで何とかなるかもよ?」

「ええーっ!何ですかそれ!す、す、す、好きな人って!」

「フフフ顔に出過ぎよ?頑張んなさい、私は応援してるわよ!」

「はい!話聞いてくれてありがとうございました」

(苦手な事にも立ち向かおうとする姿勢は何であれ素敵ね)


「おい!マダム!全然繋がらないじゃないか!」

「乙女のナイーブな話だったからごめんなさいねダディ。でも明後日には任務コンプリートできそうよ」

「ならいいが、無茶はしないでくれよ?」

「ええ分かったわ」


 それから二日後、補習で愛ちゃんは学校に現れたが、不安そうな顔は消えていなかった。

(大丈夫よ愛ちゃん、私が何とかしてあげる。その為の仕掛けは、この五日間で終わらしてるわ。でも、ちょっと頑張ってもらわないとダメよ?)

 この日の為に用意したプランは、プールで溺れる愛ちゃんをターゲットが助けるという単純な事だ。

 ただ日程を合わせるのに、ダディが陰で動いてくれたから合わせる事が出来た。実は教育委員会には、我々ラブラブファクトリーのエージェントが数名紛れ込んでいて、自分達の都合のいい方に変えたり出来るのだ。恐るべし内閣総理大臣特務機関ね。

 まず、愛ちゃんの補習日を女子水泳部のインターハイ予選と同じ日に変更する。水泳の補習日にはターゲットが監視役として見守るという、かなり無茶な日程変更をしたのだ。ターゲットは、インターハイに向けて毎日練習をしているから、彼の日程を合わすのは問題なかった。

 私はいつものように、校舎の屋上でライフルを構えスコープ越しに彼女の同行を見る。

「次!宮下!」

「はい!」

(大丈夫、大丈夫絶対に私は泳げる。頑張れ私!)

 彼女の気持ちがスコープからでも分かるぐらいに表情に現れている。(大丈夫よ愛ちゃん、行きなさい!)

 意を決して泳ぎ出すが、バタバタした彼女の泳ぎは中々進まない。(頑張れ!愛ちゃん!)

 体力だけが減って行くが懸命に泳ぐ彼女に皆んなからの声援が彼女を後押しする。

 その声援で息を吹き返した彼女は二十五mを泳ぎ切ってみせた。声援を送ってくれた皆んなの顔を見て、「ありがとう」という彼女は、とても素敵な女性に見えた。

(おめでとう愛ちゃん・・・)

 彼女がプールサイドに手を掛け上がろうとした瞬間を狙ってマダムのライフルが「パシュ、パシュ」と火を吹いた。

 このライフル弾はかなり特殊で何でもツルツルと滑らしてしまう潤滑油配合である。マダムの放った特殊弾は彼女の両手に命中しプールサイドに掛けた手を滑らしてしまう。彼女は、そのまま仰向けに倒れるようにプールへと落ちてしまう。

「宮下ーっ!」突然の声と共に飛び込むターゲットの男子。

 彼女の元へ一瞬に辿り着くと、慌てる彼女を掬い上げるように両手で抱き抱える。

「大丈夫か宮下?」彼の声で我に返ると静かに頷いた。愛ちゃんを抱えてゆっくりとプールサイドに歩く彼は恥ずかしそうな顔をしている。彼女は恥ずかしい顔をしつつも彼から離れようとはしなかった。

「た、助けてくれてありがとう」

「いいよ、お前を助ける為に俺は居たようなもんだ」

 二人の会話は小声で誰にも聞かれてはいなかったが、二人とも顔は赤くなっていた。

 その光景をプールサイドで見ていた人達の中には、彩葉ちゃんの姿もあった。

(やっぱり愛ちゃんも彼も両想いだったのね。私の入る余地は元から無かったのか。グスッ)

 プールサイドに先に彼が上がり、彼女へ手を差し伸べる。手を取った彼女を引き上げると、彼女はよろめき彼へ抱きついてしまった。

「はっ、はうぅぅ・・・そのシチュエーションは私のプランに無かったヤツよ!ぐふぅ」

 その場で倒れる私を、いつの間にか忍び込んでいたダディが後ろから支えるように抱きしめる。

「ダディ・・・」

「何も言わなくいい、話は帰ってから聞くよ」

「ええ、私にはまだやる事が残っているわ」

「ああ、終わったら迎えに来る」


「おい!宮下!皆んな見てる前でイチャイチャすんな!次の人が泳げないから早くどきなさい!」

 教師の怒号で二人は慌てて退散する。

「は、はい。すいません」

 壁にもたれかかる愛ちゃんに一人の女子が近寄る。

「愛ちゃん凄いね、去年全然泳げなかったのにいつの間に泳げるようになったの?」

「あっ、彩葉ちゃん。何か皆んなの声が聞こえたら、急に力が湧いてきたの。その後は無我夢中だったからよく覚えてないんだ」

「彩葉ちゃんねも頑張ってね!応援してるよ!」

「分かった、愛ちゃんも頑張ったから私も頑張るよ!」

 気丈に振る舞っているけど哀しい表情は隠せないみたいね。

 ゴーグルを着けプールに入る彼女。懸命に泳ぐ彼女にも皆んなからの応援が届く。

 しかし応援の中に混ざる愛ちゃんの声を聞いた彼女のゴーグルには、プールの水とは違う、悲しさに染まった涙が溜まっていた。何とか泳ぎ切った彩葉ちゃんは、涙を見られたくなく、ゴーグルを外さないまま皆んなに「ありがとう」と言い、その場を後にした。

 

 補習授業も無事終わりを告げ生徒達は帰って行く。

 愛ちゃんとターゲットの男子が、照れながらも一緒に帰る後には一人の女子生徒が哀しみに満ちた顔で立ちすくんでいた。

 私はその娘の後ろに立ち、彼女を優しく抱きしめてあげる。

 「彩葉ちゃん、泣きたい時は泣いていいんだよ?」

 「用務員さん・・・私、私。ひっく、ひっく。彼の事大好きだったの。で、でも告白する前にフラれちゃったよ、うわーん」

「そっか。フラれちゃったか。でもね彩葉ちゃんならきっと素敵な男性見つかるよ。私が保証してあげる。だって貴女が素敵な女性だもん。人はね壁にぶつかった方がいいのよ。その壁を乗り越える為に、何かを頑張ると、頑張った分だけ美しく成長するのよ。その頑張りは絶対に誰かが見てくれてる。もう少ししたらお別れだけど、ずぅーっと応援しててあげる。負けるな彩葉!」

 

「う、うん。ひっく。用務員さん、ありがとう」

 

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