大地の水泳部見学。
放課後、俺はいつものように古い公園に顔を出した。
梅雨が近づき、空は灰色に覆われていた。
ベンチは湿って冷たく、地面には小さな水溜まりができ始めている。
もう二ヶ月以上、厳正おじいちゃんの姿は見えない。
毎日ここに来ては、走ったり、筋トレをしたり、
おじいちゃんが教えてくれた古臭い構えを繰り返したりしていた。
でも、今日はただ座って、空を見上げた。
(……もう、来ないんだな)
胸の奥が少しだけざわついた。
おじいちゃんはよく言っていた。
「水練はいいぞ。大地。お前みたいに陸で鍛えた体には、
水の中で全身のバランスを取るのが一番だ。
古い書物にも書いてある。全身の筋肉が均等に育つと。」
俺が「プールで泳ぎたい」と言った時、
おじいちゃんは笑って首を振ったものだ。
厳正
「プールなんてこの街にはねえよ。
あったとしても、男が入ったら女子が騒ぐだけだ。
無理だ、無理。」
その言葉が、今も耳に残っている。
でも、バレー対決でスポーツの楽しさを知った今、
どうしても水練がしたくなった。
鍛えたくなっている。
俺は着実に筋肉バカになりつつある。
肩や胸、腕は厚くなったが、
まだ全体のバランスが悪い気がする。
俺は公園を後にして、学校の屋内プールへと足を向けた。
プールサイドは湿った空気と塩素の匂いが充満していた。
部員は少なめで、五人ほどが泳いでいる。
みんな女子だ。
顧問の先生がこちらに気づいて、近づいてきた。
まだ二十代後半くらいの、若めの女性教師だった。
ショートカットで、動きやすそうなジャージ姿。
顧問
「入部希望かしら?
それとも見学?
……それとも、いやらしい目で見てる?」
先生はにこっと笑いながら、からかうような口調で言った。
でも、目は明らかに俺の体を舐め回すように見つめていて、
欲情が隠しきれていない。
俺は慌てて首を振った。
大地
「入部希望です。
水泳を本格的にやりたくて……
見学だけでもいいですか?」
顧問は少し目を細めて、俺の体を上から下まで眺めた。
がっしりとした肩、厚くなった胸板、鍛えられた腕。
彼女の視線が熱を帯び、頰がわずかに赤らんでいる。
その横で、部員たちの反応も様々だった。
何人かの女子は俺の姿を見て顔を赤らめ、
慌ててプールに視線を逸らしたり、
水の中で体を縮こまらせたりしている。
明らかに恥ずかしがっている様子だ。
しかし、その中で一人だけ、
全く気に留めない女子がいた。
長身のショートカットの女子。名前は水樹みのり。この水泳部の主将である。
彼女はプールサイドに立ったまま、
俺を真正面からじっと見つめ、
平然とした表情でプールサイドに腰かけている。
他の部員がざわついている中、
彼女だけは冷静で、まるで「珍しいものが来た」程度の興味しか持っていないようだった。
泳ぎ始めた彼女は特に速く、美しかった。
そんな泳ぎに長らく身惚れていたが、
顧問はまだ俺を見つめていた。
値踏みするように全身を見た後、
ようやく口を開いた。
顧問
「ふふ、珍しいわね。
男子が自ら水泳部に来るなんて。
まあ、いいわ。
今日は見学でどうぞ。
泳ぎたくなったら、いつでも声かけて。」
俺は頷き、プールサイドのベンチに腰を下ろした。
水面が揺れ、部員たちのストロークの音が響く。
クロール、平泳ぎ、バタフライ……
みんな真剣に泳いでいる。
俺は静かに見つめながら、
胸の内で決意を固めた。
(ここなら、バランス良く体を鍛えられる。
おじいちゃんがいなくなっても、
俺は自分で動き続けられる……)
梅雨の湿った空気が、
プールサイドに重く立ち込めていた。




