第二の事件解決と、俺と鈴風の名前呼び
その後、俺たち四人は、まるで旧知の友であるかのように、警察署へと向かって歩いた。
「渡辺くんはミステリーが好きなんですか。僕もなんです。特に京極夏彦なんかが」
「そうですか。気が合いそうですね」
俺と田中の会話はその後、20世紀の欧州ミステリーの話に移り、ひたすらホームズとワトソンの関係性について熱い議論を交わした。
「ホームズが受け。これだけは譲れません」
という中大路の妄言は無視することにした。
「中大路さん。それは聞き捨てならないよ。ここはワトソンの誘い受けだから」
「あーだめ! ホームズ攻め地雷です!」
嵯峨根。お前も腐っていたのか。
そうこうしているうちに、俺たちは目的地にたどり着く。
「では、僕はここで。楽しかったです」
そう田中は頭を下げた。「また明日」とでも平然と言いそうな軽いノリだった。
そうして自動扉をくぐり、警察署へと入っていく。
最後まで、これから逮捕される人間とは思えない、潔い態度だった。
それどころか、今から警察に捕まることを、救いだと感じているようにさえ見えた。
いや、実際そうなのだろう。俺の推理と彼の言葉を信じるなら、田中は自分のしでかしてきたことに、半端ない罪悪感を抱いていたのだ。
しばらく経つと、嵯峨根父が、田中の通っていった自動ドアから出てくる。
なにやら不満そうな顔だった。
「優奈!」
父に怒鳴られ、嵯峨根は「ひっ」と声を漏らす。
嵯峨根父は俺たちのところに駆け寄ってきて、さらなる雷を落とす。
「君たち全員なにをしてるんだ! よりにもよって犯罪者と一緒に歩くなんて! 突然暴れだしたらどうするつもりだ!」
なぜか俺たち三人は、嵯峨根父の前に正座させられ、公衆の面前でくどくどと叱られ続ける。コンクリートの上だとジーンズ越しに石が刺さって痛い。
理不尽だ。俺はあんたらの困りごとを解決してやったというのに。
顔を伏せて理不尽に耐えてる俺の膝を、中大路の指がちょんとつつく。
「渡辺さん」
「なんだ」
俺たちは小声で会話する。
「やってらんないですよね。私たちが田中さんを説得して、この事件を解決したのに」
「同感だ」
「そこで、渡辺さんに提案です」
「なんだ?」
「逃げませんか?」
全く、お前というやつは。だけど
「奇遇だな。ちょうど俺も、お前に同じ提案をしようと思ってた」
「ですよね」
珍しいこともあるもんだ。
「大体君たちは……、っておい!」
嵯峨根父の説教は続いているが、俺たち二人は共に立ち上がり、後ろへ向けて全力で走った。
俺たちはそんなに鍛えているわけじゃないが、10代後半の身。そこらのおつさんに脚力で負ける道理はない。
十分遠くに走り去り、嵯峨根父を撒ききったことを確認した俺は、息を切らせて近くにあった公園のベンチに座る。
「逃げ切りましたね! いえーい!」
中大路がハイタッチを求めてくる。
俺は渋々、と言った態度を装って、手を挙げた。
パチン。
小気味のいい音が鳴る。
中大路はどかりと俺の隣に腰をおろした。
「渡辺さん。思ったより体力ないですね」
ほとんど息を切らせてない中大路が言う。
「ああ。幼い頃ちょっと病気を患ってな。今は治って少し走るくらいなら問題ないが、無理は禁物なんだ」
「意外ですね」
だろうな。みんなに言われる。
「いやあ、それにしても、今回の事件も一件落着ですね」
「そうだな。LSDは一回くらいならまず依存しないし」
あと気になるのは田中がどの程度の期間で社会復帰できるか。それくらいだろう。
「嵯峨根はちょっとかわいそうだけどな」
きっと今でも父親に怒られ続けているのだろう。
「しゃあないです。生け贄になってもらいましょう」
物騒な物言いだな。
呼吸を整え、少しばかり体力を回復させて、俺たちは立ち上がる。中大路の爽やかな汗の飛沫が舞った。
「今日のところは帰りますか。諒さん」
「そうだな」
そうして俺たちは公園を去り、バス停に向けて歩く。
ささやかな違和感を抱えながら。
…………ん?
「今、諒さんって呼ばなかったか」
あまりにもナチュラルに呼んでくるので、気づくのが少し遅れた。
「そうですよ?」
「なんだ。どうしていきなり名前呼びになったんだ」
「だって諒さん、中大路って言いにくいでしょう。私も諒さんと呼びますから、諒さんも鈴風って呼んでください」
「いきなりどうしたんだお前」
まあ、確かに「なかおおじ」より「すずか」のほうがだいぶ呼びやすいが。
「ほら、呼んでみてください」
俺の前に回り込んで、立ち止まる鈴風。俺も仕方なしに歩を止める。
ちょっと待ってくれ。俺は姉以外の同年代の女を名前で呼んだことなどないんだから、あんまりせかさないでくれ。
「す、……ずか」
鈴風は「よくできました」とにっこり笑う。
なんだかこいつの尻に敷かれてるような気がして、まったくもって面白くない。この恨み、いつか返さずにおられるか。
「いやー。諒さんを屈服させるのというのも、なかなか快感ですね。ほら、犬だよ。四つん這いになってワンと鳴くんだよ。早くしろよ」
「ドSかよお前」
「ふふー。諒さんの恥ずかしがる顔、けっこうかわいかったですよ」
おいやめろ。それ以上変なこと言わないでくれ。
「諒さん。また明日も、部室で会いましょう!」
「ああ、そうだな……。あれ?」
よく考えたら、今日は土曜だぞ?
「明日は日曜ですが、我が部は特別に活動します。重要な予定が二つもありますから」
「なんだよ。重要な予定って」
「それは明日になってのお楽しみです♪」
鈴風は口に一本指を当て、片目を閉じて、ウインクした。




