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仙人の説明と釈明 その3

「はあ? 仙人になりたいって? どうしてなりたいんだ?」

 日輪の代わりにぼくが答えた。いや、答えたというよりも質問を質問で返したって感じかな? 

「どうしてなりたいかって? 俺も十六夜、お前のように速く走りたいからだ」

 水戸くんは当然だろうと言わんばかりの物言いだった。

「仙人になれば、あんな素早く走ることができるんだろう? 陸上選手としては実に魅力的だ。俺も仙人にしてくれよ」

 水戸くんは熱の篭った言い方で日輪に迫ってきた。

「ふむ。お主を仙人にか。それも面白いのう。しかし、それにはいくつか条件があるのじゃが、それを解決しないといかん」

 意外にも日輪は乗り気だった。まあ戦力が増えることはぼくにとっても悪いことではないし、かといってぼくから誘うのも変な話だから、敢えて黙っていた。

「私は反対だ。これ以上生徒を危ない目に遭わせるわけにはいけない」

 そう言ったのは小山田先生だった。

「太田、いや日輪。ただでさえ十六夜くんを巻き込んだのに、まだ関係のない生徒を君たちの言うゲームに巻き込むのか。それは道理に反していないか?」

 その言葉に日輪は反論した。

「誤解しないでほしいのう、小山田先生。ワシはあくまで自分の意思で仙人になるものしか教えを言わぬ。それに契約で願いを叶えておる。言わばぎぶあんどていくであるのじゃよ。無理矢理仙人にするわけではない」

 ぼくの場合は選択肢が無かった気もするけど、そこは口には出さなかった。

「そこの、なんじゃ? ああ、水戸達也も自分の意思で仙人になりたいと言ってきたのじゃ。その決意をワシは尊重したい。ワシの言っておることは間違っておるかの?」

「間違っているわよ」

 そこで口を挟んだのはゆかりだった。

「あんたはわざと言葉を誤魔化して言わなければいけないことを隠しているわ。それを言わなければフェアじゃないわ」

「ふむ。ではワシの隠している情報とはなんじゃ? 具体的に述べよ」

「あんたは鬼が人間そのものだってこころに言わなかった。人間に近い化け物だとしか言ってなかったのよ」

 ゆかりの厳しい追及に日輪は柳のように受け流す。

「実際、その通りじゃろ。人間に近い化け物じゃよ。普通の人間じゃったらあんなに力強くて素早い動きはできないじゃろ。あれを人間と呼んでよいかどうかは、意見の分かれるところじゃな」

「見た目の問題よ。あんたはどうか知らないけど、人間は人間の形をしたものを殺したり壊したりすると罪悪感が生まれるのよ。人間を辞めた仙人には分からないでしょうけど」

 日輪はそれを聞くと悲しそうな顔をした。

「星野ゆかりよ。人間を辞めた身でも、罪悪感は湧くし、傷つくこともあるのじゃ。そういった意見を聞くたびにワシは悲しい気分になるのじゃよ」

 そこで一旦言葉を切って、そして言う。

「お主らには分かるまいが、悠久の時を過ごす身になれば、こうした悲しいことは思い出として積み重なっていく。仙人は記憶力が良い。こうした心ない言葉は不意に思い出すこととなるのじゃ」

 日輪が何を言いたいのか、さっぱり分からなかった。

「だから、ワシら仙人は人生に悔いを残さない。悔いを残せばそれが鎖となり自らを縛ることとなるのじゃ。だからワシは十六夜こころを仙人にしたのは間違いではないし、今まさに水戸達也を仙人にすることに誤りはない。ワシは自らの行為に後悔はないし無論反省もせんよ」

 日輪の言葉に、誰も何も言わなかった。ぼくもゆめ姉も、青空と大地も、遠藤さんも今田さんも、小山田先生も水戸くんも、そしてゆかりも何も言わなかった。

「他に聞きたいことはないか? ないのならば、水戸達也に仙人になる方法を伝授したいのじゃが」

 日輪が一同の顔を見渡して、それで質問のないことを確認すると「よし、では話を進めるぞ」と言った。

「仙人になる方法は、人間が本来持つ仙気を引き出すことが大切じゃ。しかしあまりに微量であると中途半端に仙人になってしまい、下手をすると死にいたる。水戸達也の場合、仙気の量は決して多いとは言えぬ。じゃからまずは仙気の量を増やす修行が必要じゃ」

 ぼくの場合はそういう修行を飛ばせたので運が良かったのかもしれない。

「水戸達也よ、お主が仙人になるための修行は地味できつい。そして年月をかけてしまうじゃろ。お主の仙気の量じゃと、五年はかかるのじゃ」

「……十六夜の場合は一日で済ませたはずだろう? それくらい仙気って重要なのか?」

 水戸くんは不満そうに訊いてくる。

「才能の問題じゃ。十六夜こころの場合は仙気が常人の五十倍じゃ。仙人になるためには常人の十倍が必要不可欠じゃ。その五倍の量を元々備えているのじゃから、しょーとかっとして当然じゃ」

 まあ仙人の五人分の力を備わっていたから、当然と言えば当然だし自然と言えば自然だ。

「したがって、今回のげーむには間に合わぬ。じゃからワシが修行をつけるめりっとはないのじゃがのう。どうしたものか」

 真剣に悩む日輪に水戸くんは「それでも頼む」と頭を下げた。

「俺は十六夜に勝たないといけないんだ。でないと俺のプライドはずたずたのままだ」

「そ、それってどういうこと?」

 ぼくが訊くと、水戸くんはぼくを睨んできた。

「お前、俺との勝負で手加減しただろう。仙人だったらもっと速く走れたはずだ」

「そ、それは、仙気を使ったらなんだか卑怯な感じがするじゃん」

 ぼくの言い訳に、水戸くんは眉をひそめた。

「それが手加減だって言ったんだ。お前の誠実さとかフェアプレイとかはどうでもいい、本気で走らなかったという事実に、俺はイラついているんだ。俺にとっては真剣勝負だったんだ。それを手前勝手な理屈で手を抜きやがって。まるで俺は同情されているみたいじゃないか」

 水戸くんに返す言葉がなかった。ぼくがもしされたら同じように怒っただろうし。

「だから俺も仙人になって、勝負して勝たないといけないんだ。そうでないと、俺の今まで頑張りだとか努力とかが無駄になってしまう。俺の人生を否定された気分になるんだ」

 そう言われてしまったらぼくに止める権利がない。止める資格もない。

「水戸くん、そんなことで人間を辞めるのはおかしいよ」

 そう言ったのは小山田先生だった。

「先生、俺のプライドの問題です。人間を辞めるのは、正直怖いです。でも俺は――」

「お主の覚悟は認めるが、しかし、お主には仙人が向かぬよ。水戸達也よ」

 言葉を遮るように言ったのは、日輪だった。

「どういう意味だ? 十六夜のように才能がないと言いたいのか? それともゲームに間に合わないからか?」

 矢継ぎ早に訊ねてくる水戸くんに、日輪は「そうじゃのう」と頬を掻いて、そして言う。

「仙気の量が少ないのは才能がないのと同義じゃが、それでも努力すればなんとかなるじゃろう。げーむに間に合わないのは仕方ないことじゃ。それは分かりきっていることじゃからな。しかし、ワシが言いたいのはそういうことではない。もっと根底にあることを意味しておるのじゃ」

「それはなんなんだ? 十六夜とどう違うんだ?」

 日輪ははっきりと言い放つ。

「そうじゃのう。十六夜こころは自分が傷つくことを厭わぬ。そして恐怖と言うものを知らぬのじゃよ」

 思いも寄らない日輪の一言にぼくは一体何を言っているのか理解できなかった。

「こころちゃんがそういう人間だって、私は思わないけど。ちゃんと怖いことは怖いって言う子供だったよ」

 ゆめ姉が聞き捨てならないと言わんばかりにそう言うと日輪は「だったら、今の闘いで感じたことはないか」と聞き返す。

「あの鬼、牛角は刃物を持っておった。それなのに十六夜こころは迷い無く駆け寄って、あろうことか蹴り上げてしまいおった。ワシの生きた時代ではあまり珍しくもないことじゃが、この時代の人間には奇異に写るのではないか?」

「…………」

「あのときは夢中で――」

 黙ってしまったゆめ姉の代わりにぼくが反論すると日輪は「はっきり言って異常じゃよ」と言う。

「刃物を見たら普通は身体が竦む。緊張で動けなくなる。逃げ出したくなる。しかしお主は立ち向かった。自分の命を投げ打つような狂気を孕んでおるのじゃ」

 そう言われてみれば、ぼくは怖いとは思わなかった。

 四月に妖鼠と闘っていたときも。

 五月に牛角と戦っていたときも。

 ぼくは恐れを感じていなかったのだ。

「水戸達也よ。お主にはできぬ。十六夜こころのような向こう見ずな行動が取ることができぬのじゃ。これはお主が正常だという証じゃ。むしろ十六夜こころの精神に欠陥があるのじゃよ」

 貶されているみたいだ。実際、貶されているのだろう。

「俺は、そんな覚悟がないから、資格がないのか? それじゃあ一生十六夜に勝てないってことか?」

 水戸くんは悲しそうな顔で言う。

「そうじゃのう。十六夜こころの仙気を封じての勝負は気に食わないということじゃから、結果的にお主は勝つことはできぬな」

 日輪の言葉に、水戸くんは顔を伏せた。

「まあそういうことじゃから、お主を仙人にすることは諦めてもらう。ワシにとっては残念じゃがな」

 そして日輪はぱんっと手をはたいて「それではようやく本題に入るとするか」と言った。

 今までが前置きだったのか……

「仙人について語り、鬼について語った。もう語ることはない。今度はワシの要求を述べさせてもらうぞ」

 日輪は全員の顔を見つめた。

「お主らには仙術が効かぬ。まあそういう人間は居なくもないから珍しくないがのう。だからワシと十六夜こころのことを黙っておいてはくれぬか? あまり吹聴してくれるな。良いか?」

 日輪の言葉に頷く者も居れば、沈黙で肯定を示す者、不承不承に受け入れる者など、反応がまちまちだった。

「こんなこと、誰にも信じてはくれないし、言った俺たちの頭がおかしくなったって言われるのがオチだな」

 青空の言葉にみんなが頷く。

「それにこころとは友達だから、友達の秘密を言いふらすなんて男じゃねえな」

 大地が男らしいことを言ってくれる。

「私たちも秘密を守るわ。そうでしょはな」

「うん。もし喋ったら呪われそうで怖いもんね」

 遠藤さんと今田さんも守ってくれそうだ。

 小山田先生は「他人には言わない」と言ってくれたし、水戸くんも約束してくれた。

「ありがとうございます。みんな、本当に感謝します」

 深く頭を下げてお礼を言うと「気にするなよ」と青空が言ってくれた。

「よし、上々じゃ。これで心配はなくなったのう。さて、牛角との闘いに備えるぞ」

「ああ、そういえばまったく関係のないことを訊いていいかな?」

 さっき仙気の話になって思い出したことがあったんだっけ。

「なんじゃ? くだらぬことなら答えぬぞ」

「牛角がぼくのことを『仙気使い』って言ってたけど、それってどういう意味なんだ? 仙人の称号か何かか?」

 ぼくの疑問にまるで先生のようにこう答えた。

「仙気使いとは仙気の扱いを体得したものの総称じゃ。まあワシから見れば仙気使いとはまだまだ言えぬが」

「へえ。初めて知ったよ」

「他にも仙道を体得したものは『仙道者』と呼ばれ、仙術を体得したものは『仙術師』と呼ばれるのじゃ。まあらんく付けとあまり変わらぬがのう」

 じゃあ今度は仙道者を目指すのか。なんか先が長いなあ。

「それではワシらは修行に移る。十六夜こころよ。牛角との闘いは十日後じゃったな」

「ああ、そうだね。ぼくは勝てるかな」

「十日もあれば十分じゃ。それでは皆の衆、息災であれよ」

 そう言って、ぼくと日輪は部屋から出た。

 その際、青空と大地が「頑張れよ」と声をかけてくれたのが印象に残っていた。

 それに対してぼくは「ああ、頑張るよ」と笑顔で返した。

ぼくが外の廊下に出ると、いつの間にか日輪はいつもの制服姿と黒髪になっていた。

「さあ、屋上に行って修行を始めるぞ」

「修行って、仙気から入るのか?」

「もちろんじゃ。基本は大事じゃ。その後は仙脚と仙手の修行に入る」

「あのさ、ぼく考えたんだけど――」

 ぼくはあることを言ってみた。まあ作戦と言えるほどのことじゃないけど。

「確かにお主の言うことに一理はあるな。よし、ではその作戦に則って修行をしよう」

「本当にいいのか? その、基本が大事ではないのか?」

 ぼくの質問に日輪は「お主の考えに一理あると言っておるじゃろ」と言った。

「仙人の常識に従っておっても、逆に読まれてしまうからのう。それにそっちのほうが面白いからのう」

「面白いとかつまらないとかで物を考えないでくれよ。こっちは必死に闘っているんだから」

「おお、すまぬのう。許せ、言葉の綾じゃ」

 全然心の篭っていない謝罪だった。

「しかし、そうなると時間が足らぬ。せめて休みが三日あればよかったのじゃが」

「えっ? 今週はゴールデンウィークじゃないか。時間はたっぷりあるよ?」

 ぼくが言うと「ごーるでんうぃーく? なんじゃそれは?」と不思議そうな顔をした。

「ゴールデンウィークは大型連休で休んでいいんだよ。学校も休みだしね」

「なんじゃ。それは知らなかったのう。それでは修行し放題ではないか」

 日輪がなんだか意地悪そうな笑みを浮かべた。なんか嫌な予感がする。

「それでは、お主は仙気の扱いと仙手の扱いを前半行なって、後半はお主の言った修行をするぞ」

「了解。優しく頼むよ」

「優しくじゃと? ワシがいつすぱるた修行を行なったんじゃ?」

 スパルタ教育だと思うけど、突っ込まなかった。

「優しく几帳面に、丁寧に万全の体制で修行はしておるぞ。どこに不満があるのじゃ?」

「いや、不満はないよ。ちょっと失言だったかな?」

「次からは気をつけるように。それでは修行を開始するぞ」

 いつの間にか屋上の階段を歩いていた。

 日輪が屋上のドアを開けた。

 夕暮れの光が目に差しこんで、眩しかった。

 そして、はたと気づく。

 午後の授業、さぼっちゃった。


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