仙人の説明と釈明 その2
日輪とゆめ姉とゆかりと一緒に生徒指導室に入ると、六名の人間が椅子に座っているのが分かる。
入り口から近い順に小山田先生、遠藤みどりさん、今田はなさん、渡辺青空、秋田大地、そして水戸達也くんに座っていた。
ぼくが現れると六人は立ち上がってぼくの方に注目した。
「こころ、お前大丈夫なのかよ!」
青空がぼくに近づいてきて、ぼくの身体をぺたぺた触ってくる。正直うっとおしい。
「平気だからあまり触るな。みんな怪我とかないみたいだね」
「お前に比べたら、怪我なんてどうってことねえだろ」
大地もそんなことを言いながらぼくの肩を叩く。
「元気になって良かったな、こころ」
ぼくが仙人だって知っても態度を崩さないのは、率直に言って嬉しかった。
「こうして見ると、普通の人間と変わりがないのね。けれど、あんな動きができるのは普通の人間では無理ね」
遠藤さんがまじまじと見つめてくる。なんだか恥ずかしい。
「みどりちゃん、そんなことは言わないほうがいいよ。十六夜くん、ちょっと戸惑っているじゃん」
今田さんがぼくのほうを伺いながらそんなことを言う。どうやら怯えているような、怖がっている感じがする。まあ普通はそういう反応だね。
水戸くんのほうを見ると、腕組みをしてこちらを見ていた。どこか睨んでいて、怒っているような目つきだった。
「話はそれくらいにして、説明してくれないか。私たちはそのためにこの場にいるのだから」
小山田先生の冷静な言葉に、ぼくたちは水をさされた気分になってしまったけど、その言葉に従って、それぞれの席についた。
「それで、ようやく話してくれるのか」
口火を切ったのは、やはり小山田先生だった。手を組んでいつもより威圧的な迫力を出している。
「我々が聞きたいのは、十六夜くんと太田が何者なのか。突然現れた男は何者なのか。なぜ我々以外の人間の記憶がなくなったのか。そしてなぜ我々だけが、記憶をそのまま持っているのか。他にも聞きたいことが山ほどある。それに答える義務が君たちにあるのだと私は思うのだが」
結構冷静だなと思う。あんな人外バトルを見ておいてそこまで冷静なのは驚嘆すべきことだと思う。
まあ三時間もあれば自分の中でも整理がつくのかもしれないけど。
よくよく観察してみると、手が若干震えているしね。
さて、どこから話していいのだろう。
悩んでいると「ワシらが何者か知りたいのなら答えてみせよう」と後ろから日輪の声がした。
振り返ると、そこには白い日輪が居た。
まるで巫女さんみたいな服装。白衣に白袴で赤い刺繍が縁取られている。真っ黒だった髪が総白髪になっている。
ぼくが初めて会ったときと同じ姿だった。
「な、なんだそれは!?」
小山田先生の驚愕の声。
青空と大地と遠藤さんと今田さんと水戸くんも同じように驚いている。
いきなり姿が変わってしまったら驚くに決まっているよな。
「これがワシの本来の姿じゃ。今までは仮初めの姿じゃな。あー、やっとすっきりしたわい」
「……魔法少女みたいな変身だね……」
ぼそりと今田さんが呟いた。なかなか的を射ていると思うのはぼくだけだろうか。
「い、一体、君たちは何者なんだ!?」
小山田先生が再度訊ねる。どうやら理解を超えてしまっているみたいだ。
「ワシと十六夜こころは仙人じゃ。まあ仙人と言っても、こやつは成りたての半人前の半端者じゃがな」
さりげなく言っても、へえ、仙人なんだ凄いねえなんて反応は望めない。
「なあ。仙人ってなんなんだ?」
大地が恐る恐る訊くと、日輪は「人間を超越した存在と言えば良いかの」と答える。
「人間にできないことができる。たとえば空を飛んだりできる。いくら食べても満腹になることもないし、いくら食べなくとも空腹になることはない。力も強いし、何世紀も生きることができる。死んでもいずれ復活できる。そんな存在じゃよ」
日輪にしては分かりやすい説明だったけど、それでも大地は「あ、そうなんですか……」と呆けたように言う。
「今度は私からも質問はいいかしら」
まるで教室での生徒のように手を真っ直ぐ挙げる遠藤さん。
「うむ。なんじゃ? なんでも訊くが良いぞ」
「えっと、十六夜くんも仙人だったら、そのお姉さんも仙人なわけかしら?」
まあそう考えるのも無理はない。血が繋がっているから、姉弟だから仙人だってことは方程式になるのも分かる。
「違うぞ。別に血縁関係があるからと言って、仙人であるとは限らないのじゃ」
「じゃあどうやって仙人になったの?」
遠藤さんは問い直すと隣に居た今田さんが「みどりちゃん、やめときなって」と注意した。
「そんなこと訊かなくてもいいじゃんか」
うーん、これは意外だった。てっきり今田さんがどんどん遠慮なく訊いてきて、それを遠藤さんがたしなめるって構図が浮かんできたのに。まさか逆だとか思いも寄らなかった。
「今田はなよ。お主が考えているようなことは起こらないから安心せい。まあそう言っても安心はできぬと思うがのう」
日輪の一言に、今田さんは「ひっ」と悲鳴をあげてますます怯えてしまう。
「日輪、私の友達を虐めてるんじゃないわよ。可哀想でしょ」
ゆかりがとうとう口を出してきた。流石に我慢できなくなったらしい。
「別に虐めておるわけではないのじゃが」
「人の心を読んで、相手に言うのは立派な虐めよ。仙人なんかには分からないだろうけどね」
「手厳しいのう。十六夜こころよ。お主の幼馴染は気難しくないか?」
ぼくに言われても困る。ぼくは誤魔化すように「あはは……」と笑った。
「待ってくれ。さっきから日輪と読んでいるが、それが本名なのか? 太田陽子は偽名なのか?」
小山田先生は少々ピント外れなことを言ってくる。まだまだニュートラルな精神状態に戻ってはいないみたいだ。
「そうじゃ。太田陽子とは偽名じゃ。ワシの名は日輪。『輝かしい』という二つ名を持つ序列四位の高位で高貴な仙人じゃ」
ふふんと偉そうに胸を張る。
「いや、それがどれだけ偉いか、分からないよ」
ゆめ姉のツッコミに日輪はガクッと身体を崩す。
「まあかなり偉いとだけ覚えてくれれば良い。じゃが、学校では太田陽子で通っておるからな。できればそっちで呼んでほしい」
意外と思い入れがあるみたいだ。偽名なのに。
「まあそんなことはどうでもよい。質問はどうやって仙人になるのか、だったのう。しかしそれを聞いてどうする気なのじゃ?」
日輪は不思議そうな顔をして聞き返す。
「仙人になりたいわけでもなしに、聞いても知識の無駄になるじゃろうに」
「ただの好奇心よ。言いたくないなら言わなくても構わないわよ」
遠藤さんが物怖じしない態度でそう言うと「ふむ、好奇心か」とどこか納得したように言う。
「好奇心は確かに大切じゃな。人間はもちろん、仙人にとって必要不可欠じゃ。でないと仙術の開発などをする輩が減ってしまうじゃろう。その結果、仙界に活気がなくなってしまう。そうなれば絶滅は必至じゃろうなあ」
日輪が何を言っているのか、ぼくには分からなかった。まだ、人間の気持ちが抜けていないからかもしれない。
「ではその好奇心に免じて答えてやろう。仙人になるのは簡単じゃ。元々備わっている仙気を引き出せばよい。しかし、仙気の量が多重でなければならぬがな」
「その、仙気って何よ? それが分からないと理解できないんだけど」
遠藤さんの言うとおり。自分では当たり前に思っているけど、いざ説明しろと言われたら戸惑ってしまう。
たとえるならテレビのスイッチを押せば番組を見れるけど、どういう原理で動いているか説明できないのと同じだ。
「仙気とは仙人になれる性質のことじゃ。才能と言い換えても良いじゃろう。基本的に常人の仙気の十倍あれば、仙人になれるのじゃ。まあ十六夜こころは五十倍の仙気を秘めておったから、修行は簡単に進められておる」
あっさりと答える日輪。それに納得したのか「そうなの。教えてくれてありがとう」と遠藤さんは答えた。
「えっと、太田先輩、一ついいですか?」
青空が手を挙げて疑問を投げかける。
「どうしてそもそも、こころを仙人にしようとしたんですか? その仙気がたくさんあるからですか? それとスマホあるならぼくとアドレス交換してくれませんか?」
最初の質問だけでいいだろう。後半はまったく関係ない。
「それは、鬼退治してもらうためにワシが契約して仙人になったのじゃ」
「契約? 鬼退治? なんだそりゃ」
大地が怪訝そうに聞き返す。
「ここからは話の核心に入る。さっき襲ってきた鬼、牛角について話しておかねばならぬ。ここからは口外法度で頼むぞ」
日輪はみんなの顔を見て回って、そこから話し始める。
「ワシはとある仙人、まあ嫌な奴とげーむをすることになっておる。そのげーむとは鬼ごっこ。追いかけてくる鬼から逃げることが勝利条件なのじゃ」
「それと十六夜くんが仙人になったこととどう繋がるんだ?」
小山田先生が訊ねると日輪は「逃げるのは性に合わん」と言う。
「新たに契約して仙人を育てて闘わしたほうが面倒がないと気づいたのじゃよ。発想の逆転じゃな」
そこから日輪はゲームの詳細を流れるように説明しだした。その間、口を挟むものはいなかった。
「というわけで、十六夜こころをワシの弟子にしたのじゃ。契約通り、鬼退治してもらうためにな」
説明が一通り終わると、意外なことに今田さんがおずおずと手を挙げた。
「十六夜くんは、どんな願いで契約したの? 仙人になりたいから契約したの?」
それに対してはぼくのほうから答えた。
「ぼくは交通事故に遭って、下半身不随になったんだ。それを治してもらうために、日輪と契約して仙人になったんだ」
「後悔してないの……?」
今田さんが続けて質問してきた。
「後悔? ないよそんなもの。こうして歩けるようになったんだから、逆に感謝してるよ。だからぼくは鬼と闘うのさ」
「十六夜くん、君は少しずれていないか?」
小山田先生がはっきりと言う。
「君は恩を感じて闘うことを決めたようだけれど、そのために死ぬ直前まで闘ったんだ。そんなことばかりしていたら、いつか本当に死んでしまうよ? それでもいいのか?」
それは――考えたことがないとは言い難い。
だけど――
「だけど、歩けなくなることのほうがぼくは怖い。何もできなくなって、ゆめ姉に迷惑かけて一生を終えるなんて、嫌です。もちろん死ぬのは怖いです。だから毎日修行をして強くなっていくんです」
ぼくの心中を語ると小山田先生は「しかし、それは間違っているぞ」と反論した。
「確かにそれしか道がないのかもしれない。けれど、君を支えてくれる人のことを考えたことがあるのか? 今日のことだって、君が倒れた瞬間、十六夜が泣きそうな顔をしたのを君は知っているのか?」
それを聞いたぼくはゆめ姉のほうを見た。
ゆめ姉は気まずそうな顔をしてぼくの目を見つめた。
「そんな簡単に闘うなんて言わないでくれ。君の帰りを待つ人の気持ちを――」
「小山田先生、その辺にしてくれぬか」
小山田先生の言葉を止めたのは、日輪だった。
「こやつは死なぬ。そうワシが鍛えておるのじゃ。死ぬとか死なんとかは今言うことではないのじゃ」
「太田――いや、日輪。君は十六夜くんを巻き込んだことを後悔していないのか?」
小山田先生の質問に日輪は断言した。
「ない。むしろ良い弟子を得られたことに感謝しておるよ。十六夜こころは良い仙人になるじゃろう」
「……考え方が違うようだな」
小山田先生の言葉に日輪は「そうじゃのう」と少し思案して言った。
「生まれた時代や生きた時代が違いすぎるからのう。これがいわゆるじぇねれーしょんぎゃっぷというものかのう」
そういう日輪の顔は、どこか寂しげだったことが気にかかった。
「質問にはすべて答えるぞ。他にはないのか?」
そう言っておきながら、青空の質問をスルーした日輪だった。
「じゃあ俺からも質問させてもらう」
そう言ったのは、水戸くんだった。
「なんじゃ? なんでも聞くぞ」
水戸くんに注目が集まる。
そして水戸くんは言った。
「俺も仙人になれるか? もしなれるなら仙人にしてくれ」
それはあまりに予想外の質問だった。




