真剣勝負 その3
刀を抜かれた反動で、日輪は後ろに倒れる。
そしてそのまま動かない。
「に、日輪! 日輪!!」
ぼくは日輪の元へ駆け寄り、肩を抱きながら、出血している箇所を押さえつける。
止血だ。止血をしなければ――
「十六夜、こころ……」
か細い声でぼくに囁く日輪。
「日輪!? どうした!? 何が言いたいんだ!?」
ぼくは強く圧迫させて、出血を止めようと試みて、日輪の言葉を待つ。
「逃げろ……今のお主、では、奴には、勝てぬ」
「そ、そんなことできるわけが――」
「逃げるんじゃ。そうでないと――」
「拙者がそれを許すと思うか?」
ぼくは声のしたほうへ振り向く。
このとき、初めて男の容貌をはっきりと認識できた。
鎧を着た大柄な男性。かなり大きく2mくらいは確実にあるだろう。そして鎧は日本の武士ではなく、三国志とかで見かける中華風の武将のデザイン。眉は太く、髭をたくわえて豪胆な印象を受ける顔つき。右頬に大きな刀傷がある。そして右手には中国刀。刃が血に濡れている。
歴戦の闘士という言葉が似つかわしい。
「拙者は丑の名を持つ十二鬼が一体、牛角と言う者。お主たちには恨みはないが、我が主君のために死んでもらう。月並みは言葉だがな」
男――牛角はぶるんと中国刀の血振りをして、それから肩に担ぎ、ぼくたちに近づいていく。
「く、来るな――」
「あんた! 一体なんなんだ!」
そう言ったのは――小山田先生だった。
顔面を蒼白に染めながら、牛角にどんどん近づいていく。
「何の目的で、太田を――」
「小山田先生、近づいてはいけない!」
ぼくが大声で言うと、ぴたりと動きを止めた。
「い、十六夜――」
「みんな、逃げろ! こいつが化け物だ! 人間が敵う相手じゃない!」
改めて周りを見渡す。
青空や大地は驚愕のあまり、動くことができない。理解を超えてしまっているようだ。
ゆかりたち女子はその場にへたりこんでいる。特に今田さんは恐怖のあまり泣き出している。
水戸くんはゴール直前で固まったように動かない。いや、動くことができないんだろう。
「青空! 大地! みんなを連れて逃げろ! お前たちが動かないと、みんな死んでしまうぞ! 急げ!」
ぼくの言葉に二人ともはっとして「みんな、立つんだ!」とか「動けないのは俺が引っ張っていく」などと言ってみんなを誘導し始める。
「ふん。別に拙者は殺す気はない。好きにしろ。拙者の標的は日輪さまと十六夜こころ。貴様らだけだ」
そう言って中国刀を鞘に収め、腕組みをする。
「小山田先生も逃げてください!」
ぼくがそう呼びかけても、小山田先生は動かなかった。
「小山田先生!」
「ど、どういうことだ? あんたは一体何者で、十六夜こころは何者なんだ?」
膝がガクガク震えながら言葉を紡ぐ。
そんな小山田先生の腕を、なんとゆめ姉が引っ張る。
「十六夜――」
「逃げようよ先生! 危ないから――」
それでも小山田先生の脚は動かない。
「生徒が倒れているのに、逃げられないだろう! どんなに危険でもだ!」
「そんな次元超えてるでしょ! さあ安全なところへ行きましょう!」
「しかし――」
「ゆかりちゃんも手伝って!」
そう言われたゆかりは恐怖で震えながら小山田先生の腕を引いて逃げるように促す。
「先生、こころに任せましょう。大丈夫、こころは絶対に死なないから。それに警察を呼んだほうがいいです」
抵抗する小山田先生を無理矢理引っ張ってその場を後にする三人。
「十六夜くん! 必ず応援を連れて戻ってくる! 警察を呼んでくるから! それまで待ってくれ!」
大声がその場に響き渡る。
ぼくはそれに答えずに牛角だけを見据えていた。
この場から誰もいなくなったことを確認しると牛角は「逃げないとは感心だな」と歩みを進める。
「ぼくが逃げたら、日輪は殺されるだろう」
「当然だな」
「だからぼくは逃げない」
ぼくは立ち上がり、牛角に向き合う。
日輪は自分で止血してくれているから、まだ間に合う。
「牛角、ぼくはお前を倒さないといけない」
見上げるようにぼくは言った。
「ぼくも恨みはないけれど、恩のために闘わないといけないんだ。日輪のためにぼくは闘う。鬼でもこの気持ちは分かるだろう?」
ぼくの言葉に「ああ、分かるさ」と牛角は頷く。
「恩人のために闘う。それは仙人になったばかりの人間特有のものの考え方だ。拙者はネズミとは違って、そう言った考え方は嫌いではない」
ぼくはなるべく時間を稼ぐために会話を続ける。
「ネズミと言えば妖鼠だね。妖鼠は特鬼仙力を使ってやってきたけど、君も特鬼仙力を使って、ここを突き止めたのか?」
妖鼠の特鬼仙力。最弱ながら油断ならない恐ろしい能力だった。
「拙者の特鬼仙力はたいしたものではない。しかし、ネズミが残したメモにこの地域のことが書かれていた。ならばここを調べるのが定石だろう。手がかりがここしかないのだからな」
そんなものがあったのか。いや当然だろう。情報を共有するのはこうした鬼ごっこみたいな追走にとっては必須。
「だが、ネズミの気配が死んでいるのには驚いたぞ。まさかとは思うが、貴様がネズミを殺したのか?」
怒気は孕んでいない。純粋な疑問のようだ。
「そうだとしたら、なんなんだ?」
「ゲームがまったく違うものになってしまうのだ。追いかけているはずが、逆に追いかけられている。これはちょっとした脅威だ」
日輪の発想の転換、もしくは逆転がなければこうした厄介なことは起こらなかっただろう。まあそのおかげでぼくも恩恵を与えられているしね。
「それに仙人とはいえ、成りたての仙人、しかも仙気を使いこなせていない仙人に、ネズミが負けるとは思えない。どんな手を使ったのだ?」
僕自身が聞きたいことだ。幸運に恵まれていたとしか言えないし。
「それに答える義務はないね。ただ言えることはぼくの運が良かっただけ。それしか言えないよ」
そう答えると牛角は髭を触りながら思案する。
「幸運だと言いたいのか? その程度でネズミが殺されるわけがないだろう」
「そうとしか言えない。ぼくは嘘を言っていないことぐらい、分かるだろう?」
「……そうか。なるほど、そういうことか」
牛角がどこか納得したように言う。
「だから、日輪さまは貴様を選んだのだな」
……どういうことだ?
「だったら全身全霊を込めて、貴様を殺さなければならないな」
牛角は中国刀を鞘から引き抜いた。
そして切っ先をぼくに向ける。
「手負いだからと言って油断もしない。拙者の持てる全てを懸けて貴様を殺す。日輪さまはその後だ」
何が琴線に触れたのか分からないけど、そんなことを言ってくる牛角。
もう引き延ばすことはできないようだ。
ぼくは牛角に対して構えた。
仙気の吸収で、ぼくのダメージはすでに無くなっている。
「ただの『仙気使い』が鬼に勝てると思うな。全力で来るがいい」
「言われなくても――そうするさ!」
ぼくは仙脚を使って四方八方に、動き回った。
フェイントを入れて。
緩急をついて。
上下左右の二次元的な動きではなく、高さを加えた三次元の動き。
牛角が追いきれないようなスピード。
さっきよりも速く、動き回る。
「ほう。なかなか速い」
牛角の感心した表情。
舐めやがって――!
「オラァ!」
ぼくは気合と共に牛角のこめかみめがけて右脚の蹴りを放つ。
鎧で守られた腹部よりもダメージを与えられると判断しての頭部への蹴り。
反応できないほどのフェイントを交えた蹴り。これなら避けられないだろう。
「まだまだ甘いな」
そんなクールな一言を言いながら、左手でぼくの足首を掴む。
金属バットを砕くぼくの蹴りを、片手で止めただと――?
「これならどうだ!」
ぼくは掴まれている脚を軸に左脚で再度、頭部への攻撃を試みる。
右手には中国刀。
左手にはぼくの脚。
受ける手段はない――
「なら手放すだけだ」
牛角は中国刀を離し、その右手でぼくの蹴りを受け止める。
肘を立てて、前腕で受け止めた。
「嘘だろおい――」
驚く間もなく視界が揺れる。
掴まれた右脚を支点に身体を回転させられる。
ジャイアントスイング。
ただし普通のジャイアントスイングと違うのは左手のみで右脚を掴んで回転させられていることだ。
五回か六回ほど回転させられた後、乱雑に地面に投げさせられる。
したたかに地面に叩きつけられたぼくは仙気をとっさに球体にして次の攻撃に備えた。
意識を失うわけにはいけない――
「仙気の扱い方は上手いな」
殺気を感じたので転がるようにその場を退避する。
ぐさりと音がした。横目で見ると中国刀がさっきまでぼくが倒れていた場所に刺さっていた。
鬼は追い討ちが好きなのか? 妖鼠にもやられた覚えがあるぞ!
ぼくはなんとか立ち上がり、間合いを計って下がる。
牛角は追撃せずに中国刀を構えてぼくを威嚇した。
「どうした? ネズミを殺した実力はその程度か?」
「そんな、挑発、乗るわけ、ないだろ」
すでに息が切れている。発散と吸収を同時に行なっているはずなのに、疲労感を覚える。
「どうやら仙脚を使えるようだが、使いこなしてはいないみたいだな。威力もたいしたことはないようだ」
そんな風に解説する牛角。
ぼくは息を整えながら、なるべく時間を稼ぐように言う。
「なあ。この前の妖鼠が最弱だとして、君は二番目に弱いのか? 順番通りなのか?」
「答える義務も義理もないが、一応答えておこう。確かに二番目に弱いとされているが、拙者の体術は十二鬼の中でも上位に入るだろう。しかし、拙者の特鬼仙力はあまりにも弱い。だから二番目に弱いという事実だ」
事実を言っているのか判断できないけど、ぼくはそこでようやく微笑むことができた。
「……なぜ笑う?」
「体術が上位ってことは、今ここで倒してしまえば、今後の肉弾戦の指標となる。楽に闘えるってことじゃないか」
わざと挑発してみる。
「まあもしも拙者を倒すことができれば、それは間違っていないな」
どうやら挑発は効かないようだ。冷静に返されてしまった。
「だがそんな考えは無意味だ。なぜなら拙者に勝てるわけがないからだ」
まあそうだろうなと思いながらぼくは再び構えた。
「やってみなくては分からないだろう?」
「仙人の考え方ではないな。まだ人間の考え方をしているのか」
牛角は「愚かな」と言って首を振った。
「もしかしたらやってみればできてしまうなど楽観的な考え方しかできないのは人間の弱みだ。ネズミの奴に同調するわけではないが、その点に置いては愚かしいと言わねばならぬな」
ぼくはその言葉を聞いて「あはは」と笑った。
「それは人間の強みだよ」
ぼくは構えを解きながら、大きな声で主張する。
「人間がこれまで築いてきた文明のほとんどが、そうした希望を胸に闘い続けた結果なんだ。後から生まれてくる子供や傍らに居てくれる愛すべき者のために闘い続けた証がその楽観的な考えを生み出したんだ。それは鬼には分からないだろうね」
ぼくは傷だらけの身体を無理矢理奮起させて牛角に言う。
「人間の素晴らしさは仙人になっていても分かる。いや、人間を辞めてからより痛感するよ。人間の諦めない心、努力する心がぼくたちみたいな人外でも持ち得ないといけないんだってね」
「……そんなくだらないことを本気で信じているのか?」
牛角は感情を殺して言う。
「結局は根性の領域だろう? そんな精神論が通用できるほど世界は優しくない」
「あはは。世界がイージーモードだったら手抜きし放題でやる気は起きないね。むしろハードモードのほうが燃えるじゃないか」
ぼくは牛角の後ろの様子を確認して、そして言う。
「さあ来いよ牛角。お前の侮りを見下しを間違いだって証明してやる。ぼくの人間の魂の底力を見せてやる」
「だったら、拙者に見せてみろ。その力と言うものを!」
牛角は中国刀を構えて一気にぼくの元へ走る。
「これで最後だ! 仙人!」
ぼくは迫り来る牛角に向けてこう言った。
「日輪! 今だ! 後ろから狙え!」
ぼくの大声に一瞬、戸惑って後ろを振り向いてしまう。
ここで一手遅れる。
振り返っていても誰もいないことで肩透かしを食らわされる。
しかし、そこでまた判断をしなければならない。
誰もいない。
倒れているはずの日輪の姿がない。
そこで二手遅れる。
一体、いつ? どのタイミングで?
ぼくも知らない内に居なくなっていた。
気づいたのはついさっきだ。
というより、日輪も言っていたじゃないか。
逃げるって。
だからぼくは時間を稼ぐことを重点に考えていた。
そして、今、この瞬間のためだけに罠を張っていたのだ。
牛角が脚を止めてしまった。
これで三手遅れてしまう。
ぼくはこの機を逃さないように、牛角の死角に周りこみ。
仙脚で思いっきり後頭部を蹴りつける。
三手遅れた牛角。
予測していたぼく。
蹴りを入れられるのは自明の理。
偶然ならぬ必然だ。
ぼくはそのまま頭蓋骨を蹴り壊すように続けて蹴りを放つ。
「うぉおおおおお!」
雄たけびを上げながら蹴り続ける。
一発、二発。三発四発五発、六発と七発――
牛角はぼくの蹴りをようやく腕で受け止められたのは八発目だった。
ぼくはそれを受けて、牛角から離れる。
「う、ぐぅうう」
痛みに唸る牛角。
妖鼠はかつて言った。身体の構成物質は人間と変わりないのだと。
だから急所も同じだ。
ぼくは牛角からかなり間合いを取った。
今ので決まれば良かったけど、決められなかった。
後、二発ぐらいで確実に殺せたのに――
牛角は膝をついて倒れる寸前だった。
ぼくは近づくことはしなかった。
なぜなら牛角の右手には中国刀がしっかりと握られていたのだから。
近づいたら斬られる。そう確信できるほど、牛角は油断ならなかった。
「なるほど、これが人間の強みか」
牛角は立ち上がった。まるでダメージを意に返さないように。
「拙者には油断と慢心がなかったはずだが、虚を突かれてしまったようだな。だが――」
牛角は中国刀を構えた。
「拙者はまだ闘える。さあ、構えよ」
「……残念だけど、タイムアップだ」
ぼくはようやく安心した。
「動くな! お前を逮捕する!」
警棒を構えた警察官が六人ほど、ぼくたちの近くに居た。
多分小山田先生が呼んでくれたんだろう。
これも時間稼ぎの目的だ。
「面倒な。だがこのままみすみす見逃すわけには――」
「牛角、勝負を預けないか?」
ぼくの提案に牛角は訝しげに見る。
「このまま闘うと互いに面倒なことになりそうじゃないか?」
牛角は髭を触りつつ、思案していた。
そして。
「……確かに、それは感じるな」
牛角は中国刀を収めた。
「時刻は十日後の夜の八時。場所はお前が決めていい。必ず日輪を同席させる。いいかな?」
「いいだろう。拙者は一度退かせてもらおう」
牛角はぼくを見据えながら、何やら呪文のようなものを唱えるとまるで煙のように消えうせた。
「き、消えたぞ――」
警察官の驚く声が遠くに聞こえる。
ぼくはその場に倒れこむ。
「あー、きつかった。死ぬかと思った」
そう言って意識を閉ざした。
誰かが近づいてくるのが分かる。
だけど、それを知覚する前にぼくの意識は暗転した。
これからどうするか。
そんなことは日輪に任せよう。
ぼくはもう楽になりたかった。




