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変わった学園生活

「なあ、こころ。お前は部活どこに入るか決めたか?」

 昼休みの教室。ゆめ姉が作ってくれたお弁当を食べていたら、クラスメイトで友達の渡辺青空にそう言われた。

 ぼくは少し考えて「まだ決めてない」と答えた。

「初めは陸上部に入ろうと思ったけど、あまり強くないからなあ」

「強さなんて、関係ねえだろ。自分がやりたいかどうかなんだからよ」

 もう一人の友達、秋田大地もそんなことを言う。

「だって、強くないってことは練習も優れていないってことだろう? ぼくは練習を真面目に取り組まない部活は信用できないんだよ。せっかく入るんだからさ、慎重になってもいいだろう?」

「慎重になり過ぎだぜ? もうとっくに部活申請期間が一週間も過ぎちまった」

 青空はそう言って両手を広げて挙げる。ようするに降参のポーズだ。友達になって十日になるけど、いちいちリアクションが大げさな奴だと分かるようになった。

「青空の言うとおりだ。この学校は生徒は必ず部活に入らないといけないんだ。まあ特例もなくもないが、基本的に認められない。窮屈でしようがないけどな」

 大地は最後に取ってあったウインナーを口の中に放り込み、咀嚼する。

「窮屈だけど、退屈じゃあないよ。でも最終日までじっくり考えるよ」

 ぼくは卵焼き食べつつ、誤魔化すようなことを言った。

「二人は部活決めたのか? やっぱり運動部か?」

 青空は背が百八十五センチある巨体だし、大地の背は平均的だけど、筋肉隆々な身体をしている。これで文化部だったら宝の持ち腐れだ。

「俺はバレー部に勧誘されたから、そこに決めた」

「勧誘って本当にあるんだね」

 青空はぼくの予想通りのところに入部するようだ。背が高いのが有利なのは、どのスポーツでも共通しているけど、もっとも有利なのはバレー以外だと他にあるだろうか? バスケぐらいしか思いつかないけど。

「大地は? そう言えば剣道部だったって言ってたね。中学のときは」

「ああ。だけど俺はラグビーをやろうと思うんだ」

 おお、似合っているけど、ある意味予想外だった。

「ラグビーのルールって分かるのか? ぼくは複雑すぎてよく分からないけど」

「俺のにも分からん! でもやっていくうちにわかるだろ!」

 そう言ってがははと笑う。豪放磊落という四字熟語が頭の中に浮かんだ。

「ふうん。二人とも適材適所の部活に入るみたいだね」

「俺たちはいいんだ。問題はお前だよ、こころ」

 青空はぼくの肩に腕を置いた。そして言う。

「お前の身体能力だったら、引く手あまただぞ? まあ背が足りないから、バレー部には入れないけどな」

 買いかぶり過ぎだ、とは言えない。なので「背は関係ないよ」とだけ言っておく。

「そうだな。スポーツテストであんな記録を叩きだしたんだからな」

 大地は腕組みをして、うんうん唸っている。

 もうご飯を食べ終わったみたいだ。

「全てが全国平均を大きく上回ってるし、特に50mは全国レベルだ。そんな奴が運動部に入らない選択肢はねえな」

 まあぼくのことじゃなかったら、ぼくでも薦めるだろう。

 だけどぼくにはやらないといけないことがある。それとこの記録はぼくだけの力ではない。その事実はなんだか卑怯な気がするからあまり自慢したくない。

 そういった態度が青空と大地に好評を得てはいるのだろうけど。

 そう。結構人見知りなぼくにこうして友達ができたのは、スポーツテストがきっかけだった。

 普通、こうしたスポーツテストの結果なんてみんなに知らされないけど、ぼくたちが通う沖天高校は優秀な成績を修めると壁に貼り出されるのだ。学業と運動の両方に。

 ぼくは初めは興味なかったけど、結果を知った大地が「十六夜こころってお前か? 凄い記録だな」と話しかけてきたのが知り合う契機になった。そこから青空も加わって、こうして話すようになったのだ。

 まあ、全ての種目がトップクラスで、50mなんて学年一位だもんな。そりゃあ運動部に声がかかるよ。

「なあ、こころ。実際どこから声がかかったんだ?」

 青空の質問にぼくは「野球部と陸上部、それにサッカー部かな」と答えた。

「沖天高校の野球部は有名だぞ。まあ甲子園には行けないだろうけど」

 大地の言葉に「うん。初心者だから断ったんだ」と言う。

「ルールもよく分からないし、ぼくが役立てるのは盗塁ぐらいだしね」

「お前の脚なら確実に狙えるな。でも脚が速いって凄い有利だよな。鈍足じゃどうしてもプレーの幅が狭くなる」

「スポーツには瞬発力が必要だからね。それに反射神経も良くないといけない。それらが活かせるのは簡単に言えば走力なんだよね」

 ぼくが言うと青空は「そうだよなあ」と溜息をつく。

「俺は背が高い分、どうしてもスピードが足らないところがあるしな」

「でもよー、青空。お前デブってるわけでもないんだからそんな遅くないだろ? 50m何秒ぐらいだ?」

 大地が訊くと「七秒二ぐらいだな」と短く答えた。

「十分速えよ。俺は筋肉が邪魔してそこまで速くないぜ?」

「その分パワーが凄いじゃん」

 ぼくはフォローするようなことを言った。

「まあな。俺は筋肉至上主義だしな。筋肉のない世界なんて成立しねえ」

「筋肉がなかったら動けないだろ」

 青空は呆れてつっこんだ。

「まあいいさ。それよりこんな噂を聞いたことないか?」

 青空は声を潜めて話し出す。図体の割りにこそこそ話が好きなんて少し変わっているなあと思ったけど、敢えて言わなかった。

「二年生に凄い人が転入して来たらしいぞ」

 二年と転入という単語に、ぼくはぴくりと反応した。

 まさか、あいつのことじゃないよな……

「どんな二年生なんだ? 筋肉ムキムキの強そうな男か?」

 大地の頭の中は筋肉のことだらけだな。

「いや、女だ。でもとんでもない女だと噂が流れている」

 女と聞いて、ああやっぱりと思ってしまう自分に嫌気が差す。絶対あいつだ。

「どんな女なんだ? 不良的な意味でとんでもないのか?」

 話を遮る前に大地が訊いてくる。青空はさらに声を潜めて言う。

「不良的な意味じゃねえよ。むしろ間逆だな。全ての学業と運動でトップなんだ。学年一位なんだぜ」

 沖天高校は先ほども述べたとおり、好成績は公開される。だから学年一位だったらこうして噂になることは珍しくもない。

 だけど、あいつは分かっててやってるのかな……

「へえ、すげえなあ。まさに文武両道だな」

「ああ、文化部と運動部、両方に声がかかっているみたいだ。正直、規格外だぜ」

「それのどこがとんでもないんだ? たいしたことないだろ」

 ぼくは話を終わらせるために、冷めたことを言うと、それが着火剤の役目をはたしてしまったのか「とんでもないのはこれからだ」と逆に話を盛り上げることになってしまった。

「この高校に入学するまでの経歴が一切不明なんだよ」

「はあ? なんだそりゃあ?」

 大地が訝しげに驚く。ぼくも「どういうことなんだろう?」とわざとらしくとぼける。

「言葉の通りさ。その女先輩の転校前の学校の情報は不明なんだ。どこから転校して来たか分からない。まるで突然現れたようにこの学校に居るんだ。なあ、ちょっとしたミステリーだろ?」

 確かにミステリーだ。どうあっても自分の経歴や情報を消すことはできない。学校は閉鎖的でありながら、外部からの進入を許してしまうところがあるから、情報漏洩は免れない側面もある。

「不思議なこともあるんだなあ。直接訊いた人はいないのか?」

「いや、いないみたいだ。俺の情報網に引っかからないんだから、仕方ないが」

 青空は顔が広い。まあ青空の中学校から沖天高校に入学してくる人は多いから、それは当たり前だと思うけど。

「しかも、容姿は完璧に近いって話もある。俺は直接見たことないけど、ボブカットがよく似合う、童顔の女性らしい」

「ボブカット? どんな髪型だ?」

 大地がぼくに訊いてきたので「おかっぱのことだよ」と教えてあげた。

「年下が好きな人にはたまらないらしいぞ」

「この高校にはロリコンがたくさんいるんだね」

「俺は年上のほうがいいな。優しくしてくれそうだ」

「大地、その先輩も年上だぜ? 一個しか違わないけど」

 本当はそれ以上離れているけど、敢えて黙っておく。というより、信じてはくれないだろう。

「その先輩の名前はなんなんだ? さっきから気になっていたけど」

 大地が訊くと青空は「太田陽子さんっていう名前だ」と言った。

「俺たちみたいに変わった名前じゃなくて普通の名前だけどな。中身はどうか知らんが」

 やっぱり、陽子のことか。

「俺たちの名前が変わっているのさ。俺は大地でお前は青空、それにこころ。こころなんて男の名前じゃねえだろ」

「ほっといてほしいな。これでもぼくは気に入っているんだから」

 だって覚えやすいし、漢字じゃないから書きやすいし。

「どうしてこころなんて名づけられたんだ? 失礼だけど、親のネーミングセンスを疑ってしまう」

 青空は本当に不思議そうに訊いてくる。ぼくは「えっと、ぼくには姉がいるって言ったっけ?」と言った。

「いや、初耳だ」

「俺もだ」

 二人が否定したので、ぼくは「この学校の三年生で十六夜ゆめって言うんだけど」と話を進める。

「ゆめとこころ。これで連想できたらたいしたものだよ。さて、何が連想される?」

 せっかくだからクイズにしてみた。

「ゆめとこころ……雑誌か?」

「花とゆめだろ。どうして少女漫画を知っているんだ?」

 筋肉の塊のような大地からそんなことを聞かされると背筋がゾッとする。

「俺にも妹がいるんだ。それで知ってただけだ」

 なるほど、少し納得できた。

「でも雑誌というのは近いかもね。ヒントは小説だ」

「……小説と言っても、登場人物だとか広すぎて分からないぜ」

 青空がそう言うので「登場人物じゃなくて題名だよ」とさらにヒントを言った。

「うーん、駄目だ! 降参する!」

 大地はクイズとか苦手なのか、それとも嫌いなのか判断つかないけど、早々にギブアップをしてしまった。

「……俺も降参だ。ていうか、小説なんか読まないしな」

 読書家を敵に回す発言だった。

「二人とも、小説が嫌いなのか?」

「俺は読むより身体を動かすほうが好きだからな」

 大地はあっけらかんと言う。

「俺も同じく。それに小説なんて暇潰しの手段でしかない」

 青空は文学アレルギーを発症しているのかもしれないと思った。

「それより、正解を言ってくれよ。気になって寝覚めが悪くなっちまう」

「それはただ単に低血圧なだけじゃ……」

「いいから、教えてくれよ」

 二人からせっつかれたので、ぼくは「じゃあ言うよ」と答えを発表する。

「夏目漱石の『こころ』と『夢十夜』から取ったんだ」

 そう言っても、二人はどこか納得していないような表情をした。

「名前はなんとなく知っているが、それを子供に名付けようと思うのか?」

 大地の疑問にぼくは「さあ。今となっては謎だ」と答えた。

「謎って、親に聞けばいいじゃないか」

「まあ、色々あるんだ」

 まさか出会って二週間ぐらいの友達に「両親は死んでいない」なんて言えるわけがない。

「それより、お前ら兄弟姉妹がいるんだな」

 青空はどこか羨ましそうに言う。

「妹が居てもトレーニングの邪魔なだけだ」

 大地は吐き捨てるように言う。

「ゆめ姉は優しくて最高だよ」

 ぼくは正直に言う。

 すると二人から「すっげえ羨ましい!」と同時に大声で言われた。クラスメイトがこちらを見るくらいの大声だった。

「なあこころ、俺の妹と交換しないか?」

 大地が身を乗り出してくる。

「俺は交換できる人材がいないけど、一日だけレンタルさせてくれないか?」

 青空は真剣そのものだった。

「駄目だよ。ぼくのものなんだから」

 断ると「そこをなんとか!」と言ってきたので「絶対嫌だ」と更に断る。

「お前、もしかしてシスコンなのか?」

 青空が失礼なことを言ってくる。

「家族が好きなのは、そんなにおかしいことかな?」

「いや、妹でも殺意湧く瞬間ってあるだろ」

 殺意を湧いたことないなあ。嬉しいことに。

 しかし、こういうと今度はぼくのほうに殺意が湧く可能性が出てくるので言うのはやめた。

「まあいいさ。それより二人とも放課後用事あるか? どこかで飯でも食いに行こうぜ」

 青空の誘いに大地は「いや、ジムに行かないといけないから」と断った。

「ぼくも所用があって、学校に居なきゃいけないんだ」

「そういえばこころ、お前いつも放課後に用事あるよな。なにやっているんだ?」

 うーん、どうしよう。

 正直に言うか、嘘をつくか。

「えっと、屋上で修行しないといけなくて」

 本当のことを茶化して言うと、不思議と信じてくれなくなる。まあ冗談だと受け取ってくれているのかもしれないけど。

「ああそうかい。修行頑張れよ」

 案の定、青空は笑いながら乗ってくれる。

「いいプロテイン持ってきてやろうか?」

 大地の言葉にぼくは「ああ、ありがとう」と笑って答えた。

 だけど、二人はこう言ったら信じてくれるのだろうか。

『さっき話題になった二年の先輩と一緒に、一人前の仙人になるための修行をする』ってね。


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