戦闘と決着 その2
「な、なんで――」
痛みと驚愕で脳内がパニックになる。
突然現れた妖鼠はぼくから小刀を引き抜き、とどめを差そうと再度振りかぶる。
――やられるか!
ぼくは小刀が刺さる寸前で思考が回復して、その場から転げ回るように逃げる。
助かったと思う瞬間、殺気を感じた。
転がる勢いをそのままにぼくは逃げ続ける。
ザクザクと地面に小刀の刺さる音がした。
「……くう!」
「惜しいですね。もう少しで殺せたのに」
殺気の感じない安全地帯まで転がり続けて、ようやく立ち上がる。
そして妖鼠のほうを見る。
「やれやれ、悪運が強いですね」
「あなたが心臓を貫かなかったからです」
そこに居たのは、二人。
さっきまで闘っていた妖鼠。
そして、ぼくを刺した妖鼠。
二人が会話していたのだ。
「な、なんだお前――」
「私が誠実でありたいと話しましたよね。まあ正確にはこっちの私ですが」
小刀をくるくる回転させているぼくを刺した妖鼠は言う。
「ですので、私の特鬼仙力について話したいと思います」
怪我をした妖鼠の怪我が見る見るうちに回復し、区別がつかなくなる。
「私の特鬼仙力は『増殖』です。一人が二人、二人が四人、四人が八人、八人が十六人、十六人が三十二人、三十二人が六十四人、六十四人が百二十八人へと際限なく増え続けます。能力名は鼠惨死期。これが私の無敵の能力です」
これが特鬼仙力? 反則だろこれ!
「あらかじめ二人になっていて、隙を窺っていたのか」
「ご名答。その通りです」
「たった一日で日輪を見つけたのは、日本全国に増殖した自分で捜索したからか?」
「それもご明察」
「もしかして、最弱って言っていたのは、こっちを油断させるための伏線か?」
「それはハズレです。最弱なのはこの能力を発現させるためのリスクです」
妖鼠は肩を竦めた。
「最弱であることを代償に、私は軍隊かつ群体であることができるのですよ」
うわあ。これは勝てないな。
なんだか死にたくなってきた。
「他に質問はありますか?」
余裕のようだ。怒りもない。かといって侮りもない。
一番厄介なコンディションになっている。
「なぜ最初から二人で闘わなかったんだ?」
「一人でも勝てると思いましたので。それに特鬼仙力はバレてしまうと対策を取られてしまいます。仙人の仙法と同じですよ」
「あはは、ぼくを舐めていたんだね」
だけど、腹立つとは思えなかった。
その次元を最早超えている。
「他に質問は? なんでも答えますよ?」
「いや、いいさ。遠慮しておくよ」
どうやら、肩甲骨の傷はふさがったみたいだ。少し痛みはあるけど、そんなのに構ってられない。
どうやって、この状況を打破すればいいのか?
たった一人でも苦戦してたんだ。それが二人になったのは痛い。痛すぎる。
それにこのまま闘うにしても特鬼仙力を使わない保証がどこにある? 誰にも話せない能力を明かしたということは裏を返せばこの場で確実に殺すということ。
これが追い詰められたって、ことか……
「それでは覚悟はよろしいですか?」
人の生き死にが関わっていることを軽く聞かないでほしい。
せめて、弱点があれば、欠点があればそこをつけるのに――
「それでは、私も本気を出します」
片方の妖鼠がそう言うと、もう片方は床に両手と膝をつき、土下座に近い体勢になった。
「な、何を――」
「鼠惨死期、発動」
そう宣言すると、妖鼠の背中から妖鼠が生まれてきた。
「うげ、気持ち悪い……」
つい声に出てしまうほど、グロテスクな光景だ。
そうやって次々生まれてくる妖鼠を黙って見ているわけにはいかない。
ぼくは生み出している妖鼠に近づこうとするが――
「おっと、邪魔はしないでください」
そう言って、もう片方の妖鼠が立ちふさがる。
「増殖には時間がかかります。その間は私が相手をしますよ」
「……くそっ!」
結局、ぼくは妖鼠が増え続けるのを阻止ですることができなかった。
結果として、八人の妖鼠がぼくの前に現れた。
「十六夜こころ、降伏するなら楽に殺してあげますよ」
最後通牒のようだ。
「あくまでも私の目的は日輪さまの殺害。あなたはゲームで言うところの中ボスですよ。私はさっさとラスボスを相手にしてエンディングを迎えたいのですよ」
「ゲーム脳過ぎるよ。少しは外で遊ぶことをしなよ」
「これが最後の譲歩です」
妖鼠は言う。
「日輪さまの居場所と殺害の手引き。それをすれば命は助けてあげますよ」
「……さっきまで殺すって言ってなかったか?」
「ですから譲歩です。裏切り者になれば命を助けてあげますよ。まあ仙人ですから、死なないとしても桃源郷送りは辛いでしょう?」
そこで妖鼠はにやついていた表情を真剣なものへと変化する。
「あなた、日輪さまと契約を結んだのでしょう?」
「――っ! どうしてそれを――」
「ただの人間が仙人になって見ず知らずの仙人を守る。それを判断すると契約を結んだと考えるのが自然です」
妖鼠は囁くように脅迫してくる。
「こういうのはどうでしょう? どんな契約を結び、どのような願いを叶えたか知りませんが、私が我が主に頼んで、代わりに願いを叶えてあげてもよろしいんですよ?」
それは心が揺れる誘いだった。
「我が主は寛大な方です。もしゲームに勝てた要因があなただと知れば、必ずや願いを叶えてくれるでしょう。私が保証しますよ」
もし裏切れば、ぼくはリスクなしで走ることができるのか?
「代償なしに叶えてくれますよ。それに考えてください。私よりも強い鬼が、十一体もいるんですよ? あなたがそれを全て倒せるとは思えません。成長の速度は確かに眼を疑いましたが――所詮はこの程度です」
それはぼくも不安になっていたことだ。
「どうですか? 私の味方になってくれませんか?」
魅力的な裏切り行為。
ぼくは――
「駄目だ。ぼくは日輪を裏切れない」
ぼくは言ってしまった。
「……なぜですか?」
「それは、ぼくは君のことが信用できないからだ」
声に出してみれば明確だった。明瞭だった。
「主に頼んでみる? もし断ったらどうするんだよ?」
「それは――」
「部下が勝手に約束したことを、上司が聞く必要はどこにもない。まず信用させるなら、契約書を出すべきだ。それもないのに、どうして信用できるんだ」
言葉が流れるように出る。
「日輪から聞いたよ。鬼は奴隷みたいなものだって。奴隷の言うことを主人が聞くわけないじゃん」
「私を、私たちを、十二鬼を奴隷だと言うんですか……!」
「奴隷が気に入らないなら愛玩人形って言った方がマシかな? まあそういうわけでぼくは君の保証を信用できない」
ぼくの一言が妖鼠の顔色を変えていく。
「それに人質を取ろうとした鬼が信用できるかどうかも疑問だ。もしかして、日輪を殺したあと、ぼくも殺すつもりかもしれない。さっきの言い方だと、ぼくを殺さない保証はしていなかったしね」
それに、ぼくはこれまでの修行の日々を振り返った。
辛いし大変だったけど。
それでも成果が出ると嬉しかったし、楽しかった。
それに――
「それに日輪はぼくを歩けるようにしてくれた。また走ることもできるようになった。そのときの感動をぼくは一生忘れない」
ぼくは妖鼠がいつ来ても構わないように構えた。
「最後に女の子を見捨てて敵側につくのはぼくの性に合わない。裏切り者なんてごめんだね。これからの長い人生、ぼくは悔いを残さない。悔い改めることなんてするもんか」
妖鼠が殺気立つのを肌で感じた。
「要するにまとめるとこうだ」
ぼくは――全身に仙気を纏わせた。
「手前らみたいなくだらねえ馬鹿に味方なんてしねえよ、クズ」
「だったら――死ぬしかないなあ! 十六夜こころ!」
その一言で八体の鬼がぼくに襲い掛かった。
「来い! 死ぬまで闘ってやる!」
八つの刃がぼくを切り刻もうと迫る。
ぼくはそれを回避する。
頬や腕、膝に切り傷ができる。
構うものか。
一体の鬼を蹴り上げる。
その倍、ぼくは殴られる。
まだ生きている。
回避できなくなり、その場に倒れこむ。
ぼくは踏みつけられる。
それでも、仙気を巡らせる。
そして――とうとう限界が訪れる。
「もういいでしょう。意識はありません」
八体の中の一体がそう言った。
ぼくは動かない。
「ふん、馬鹿な仙人だ。私の言うとおりに動けば命だけは助かったというのに」
腹いせに頭を蹴られるが、動かない。
「一応、動けないと思いますが、とどめを差しておきますか」
曇り空を見て、一応傘でも持っていこうかなという感じで一体がぼくに近づく。
首根っこを掴まれて、仰向けに向けられる。
「さようなら、十六夜こころ。つまらない勝負でしたね」
そして、大きく小刀を振りかぶり――
ぼくの心臓に突き刺そうとする。
その姿はまるで隙だらけで緩慢で。
ぼくが俊敏な動きで攻撃に移っても、間に合わない。
「はあ!?」
それは驚くだろう。動けない仙人がいきなり動いたんだから。
否、動けないのではなく動かない。
ぼくは倒れている間、仙気を吸収することに専念していた――
最後の一回、攻撃できれば、それでいい。
そう思ってその勢いのまま、ぼくは仙気を右手に集中させて、精一杯の力を振り絞って、妖鼠のこめかみに拳を叩き込んだ。
「ぐぁああああ!」
頭蓋骨が割れて脳まで達した音。ぼくはよろよろ立ち上がり、最後の負け惜しみを言った。
「ざまあ、みろ、クソ鼠……」
これで満足だ。後は死んでもいい。
ゆめ姉、約束破ってごめん。守ることができなくてごめん。
ゆかり、最後まで言えなかったけど、好きだったよ。
そして、日輪。
なんて謝っていいのか分からないけど、とにかくごめん。
そして、ぼくは妖鼠の攻撃を待つ。
…………?
何秒待っても、来ない。
どうして攻撃してこないんだ?
片目を開けて確かめる。
妖鼠八体が頭を抱えて苦しんでいる。
「……これは、どういうこと、だろう?」
「ようやった。お主の逆転勝利じゃ」
気がつけば、隣に日輪が居た。
「――っ! 日輪! ここに居たら――」
「平気じゃ。お主は本体を倒したのじゃ」
本体? 倒した?
いまいち実感が湧かないぼくに、日輪は微笑んだ。
「どうやら、あやつの鼠惨死期の弱点を突いたようじゃの」
弱点?
「最弱に相応しい欠点と言えよう」
日輪はぼくの身体に手を当てた。
「傷を治してやろう。まず話はそれからじゃな」




