友達
実の所、アリスにはそれほど友達はいない。
けれど、大抵の事は一人でこなしていけるし、気の合わない人とは付き合えないという、ある種の諦めも有る。
集団で、その人がいなくなれば悪口を言ってそ知らぬ顔で付き合う……それがどうにも性に合わない。
ただそれが、そういった悪口を言う人達には御気に召さないらしい。
自分の弱みを相手に握られている感覚なのか、それとも“悪口を言う”という威嚇を行わなければ“弱い”とみなされるのか……アリスには興味が無かったが。
さてさて、そんな唯我独尊ぽく見られているアリスの友達の一人に、レイナ・ミストールがいた。
彼女に会いに、アリスはこっそりと“流星の神殿”へとやってきた。
“流星の神殿”はこの世界を見守る穏やかな女神様と流星の神を祭る神殿である。
その女神に恋をした流星の神により、この世界は守られたらしい。
ちなみにその女神様は、治療やら修復やら、直す事象に長けた神で、流星の神は破壊といった攻撃関係を司る神らしい。
とはいえ、新しく作り直す関係上一部を壊す必要もあるので、女神に仕える巫女さんも攻撃魔法が使えるのだそうだ。
一応、貴族と一般人で構成される場所である。
そんな場所に、アリスはやってきたわけだが、
「いるとしたらこの辺なのよね。……あ、いたいた。おーい、レイナー」
木陰出佇むと見せかけて、その傍に隠れているサンドバックに蹴りを入れようとしている、穏やかで優しそうな水色の髪に赤い瞳の、胸の大きい美少女がそこにいた。
彼女は振り向いて、
「何でしょうか? ……何だアリスか」
そんな彼女は声に気づくとすぐに営業スマイルを浮かべるが、相手がアリスだと気づいて素の表情に戻った。
彼女は今、酷く不機嫌なようだ。
それに少しアリスはむっとしながら緑色の瞳を揺らして、
「アリスか、は無いでしょうが。所で今暇?」
「抜け出そうと思っていた所だから丁度良いわ。ファンが煩いの」
「巫女さんも大変ね」
「そう、美人な巫女さんは大変なのよ。理想を演じて、裏では女の戦い。その実、男の神官職の権力闘争や暗躍が背後にあったりもするという……まあ、あれね。男も女も、同性同士でやっている事にそれほど違いはないわね」
「わー、レイナ、ストレス溜まってる?」
「常にストレスだらけだわ。まあ、今日は面白いものが手に入ったけれど」
そう、薄い本をひらひらさせるレイナ。
「何それ」
「私と他の巫女との百合小説」
「……そうなんだ。どうしたの? まさかレイナが自分で買ったとか?」
「まさか。貰ったのよ。意外に面白いわよ、これ」
「……レイナ、そんな趣味に目覚めちゃったんだ」
「違うー。ここに出てくるのって、全部男から見た女の子であり、男の理想の女の子なのよね」
「つまり?」
「女だから見える女の暗黒面が無くて可愛いし楽しいわ。このカップリング相手なんか、昨日私が足を踏んずけてやった相手だし」
そう暗く笑うレイナに、アリスは何だかなと思う。
そもそもこのレイナと仲良くなったのは、この“流星の神殿”に来た時に、暇をもてあましてふらふらしていたら、凄い形相でサンドバックを蹴るレイナと遭遇したのが始まりだった。
その前の穏やかなレイナを知っている分、アリスは凍りついた。
そしてこっそりその場を去ろうとしたアリスはレイナに、『みたな~』、とにたぁと笑われて、暫く追い回されたのだ。
なんでも口止めするつもりだったらしいのだが、結局の所、アリスはレイナと意気投合してしまい現在に至る。
「大体、男とやっていくんだから、“女”なんてやっていられない。なのにー、なのにー……」
「相当お疲れなご様子で。所で実は私今ね……」
アリスはレイナに、クルスとフラットの事を話した。
そして、友達を連れてきても良いという話をしてから、
「レイナはどうかな」
「ぜひ行かせて貰うわ。アリス一人でそんな楽しい事をしているなんてずるい」
「いいじゃん、誘ったんだから」
「そうねー、じゃあ武器やらなにやら集めるわ。着替えないといけないし。そ・れ・にー、クルス君にも会ってみたいなー」
「うん、クルスは良い人だよ」
「……クルス君、可哀想。しかも無防備に友人に、その男を紹介するとかもうね……」
「? 何が?」
「何でもないわ。それよりも私はフラットって男の人の方が気になるな。調教しがいがありそうで」
「……レイナ、笑顔が怖いよ?」
「大丈夫、大丈夫。問題ないわ」
そう笑って、レイナは急いで準備をするからとかけていったのだった。
フラットは寒気がして、ブルリと体を震わせた。
「嫌な予感がする」
「……フラットにしては珍しいな」
「やっぱりお友達は連れてこないようにアリスちゃんに頼んでおこう。嫌な予感しかしない」
「……もう手遅れな気もするが」
「やめてくれ! まじでもうね……そんな薄情な事を僕に言うと、アリスちゃんに言いつけちゃうぞ?」
「……なにをだ?」
「昨日アリスちゃん言っていたじゃないか、銀の毛並みに青い瞳の猫が頬をぺろりって。要するにアリスちゃんの魔力を、心配する振りして味見したんだろう? このっ」
そう、にまにま笑いながらからかってくる、気の置けない親友のフラットにクルスは少し嘆息してから、
「……意識が、どこかに飛んでいったように見えたから引き戻さないといけないと思って」
「え……まさか今の、あの遺跡の変化はアリスちゃんが原因とか? そういえば、アリスちゃんが青い石に触れてから、暫く後に変化したけれど……」
「あの時すぐには何も起らなかったから、そうとは限らないだろう。……時間差はあるかもしれないが。とはいえ、遺跡が起動してもっと下の階層までいけるようになって、もうあの遺跡はデートスポット所ではないな」
「初心者に良い遺跡だったんだけれどね」
そう話しながら、フラットは傍に置き忘れた新聞を見る。
ここのところ事件がなかったせいもあり、一面に記載されている。
「『新しい、未知の階層が発見され、宝探しの冒険者も殺到! 幾つもの国が、自国の冒険者達を投入! 新たな魔物の発見……』でも要は、異界の扉が開いたって事だから、あまり喜ばしい事じゃないんだよな。ま、知能がある奴は上には出てこないし、危険そうな攻撃が始まればすぐに向こうに帰るし」
「……弱い奴らには容赦が無いがな。だから今度は別の安全な遺跡に向かおう」
「……あそこにそんな強いやつがいたのか?」
「そこそこ強くて知能の弱い奴が」
「一番面倒なパターンだったんだ。でもまあ、大変な所は全部クルスにお任せということで、ほら、俺って吟遊詩人じゃん、荒事が苦手っていうか……」
「その割には楽器を攻撃されかけて全力で魔物を倒していた気がするけれど」
割って入ってきたアリスの声に、フラットが少ししょぼんとしてアリスの方を見て……フラットは不安を感じた。
アリスのすぐ傍に、水色の髪を三つ網に束ねた少女がいた。
恐る恐るといった風にフラットがアリスに、
「アリスちゃん、この人は?」
「レイナ。友達のレイナだよ」
「はじめまして、アリスの友達のレイナです。クルスさんに、フラットさん」
そう優しげに微笑むレイナに、フラットは自分の勘が外れたのかなと思った。
アリスの友人の割りに大人しそうで、ちょっと接点が分らない……と思いつつ、レイナの腰につけているものに目が留まった。
「その腰についているものは何でしょう」
「鞭です」
「……何に使うのでしょうか」
「手持ちの武器は、これが一番使い勝手が良かったもので」
「……クルス、後は任せた」
クルスを引っ張り出してフラットは逃げ出そうとした。だが、
「どうしたのですかフラットさん。くすくす」
「あの……なんで投げ縄で僕は捕まっているのでしょうか」
「さあどうしてでしょうね。くすくす」
顔を蒼白にするフラットに、楽しそうなレイナ。
けれど流石に気の毒に思ったのか、クルスがアリスに、
「止めてあげてくれないか」
そんなクルスをみて、アリスはしばし考えてからクルスの頼みだしとレイナに、
「レイナ、あまりフラットをからかうのは止めなよ」
「そうですわね。あまり怖がられては、調教するのに面倒ですものね」
フラットは素直に喜べなかった。と、
「じゃあ、俺はアリスの面倒を見るから、フラット、お前はレイナの面倒を見てくれ」
「クルス、逃げる気か……ひい」
早々にレイナを押し付けたクルスに、フラットはすがる様に言うも、
「今日はよろしくおねがいしますね、フラットさん(はーと)」
にっこりとレイナに微笑まれて腕をつかまれ、フラットは自分の不運さを嘆いたのだった。