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無声の少女  作者: けい
マーギスタ
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誠意の示し方

 パーティスとロックが会食の場に現れたのは、すでに何人かは帰り始めた、そんな遅い時間だった。二人とも息を切らせ、服装も髪型も乱れてしまっている。


「申し訳ございません〜〜バーガイル伯爵」

「わたしよりも、主催のワムロー男爵に謝罪なさった方がよろしいでしょう」


 会場に入って真っ先にグレイを見つけたパーティスは、腰を直角に折り曲げた綺麗な姿勢で頭を下げてきた。後ろにいるロックも同様だ。

 だが、グレイは大幅遅刻をした二人を見つけ、渋面を作っているワムローに気付くと、さらりとその謝罪を受け流した。あの眼は若造の大幅遅刻が不快だとはっきりと語っている。まして、話題になろうかというバーガイル伯爵を長時間待ちぼうけさせているのだ。主催としても苛ついていたことだろう。


「では、御前を失礼いたします」


 ロックはパーティスの上着の袖を引っ張ると、そのままの勢いで主役の男をワムローの前に突き出した。そしてグレイの時と同様に二人して深く頭を下げている。


「何があったのでしょう」

「……」


 グレイとジュネスはペコペコと頭を下げている部下たちの姿を上から下まで検分した。髪は乱れているし、服装もお世辞にも整っているとは言い難い。それに一番気になったのは肌の色だ。もともと行軍などもあったし、それなりに日焼けはしていたが、今まで以上のこんがり具合になっていたのだった。よくよく見れば、顔に擦り傷があったり、指先にテーピングがされていたりと、なにやら物々しい格好だ。


「あいつら、なにしてたんだ……?」


 その疑問はすぐに解かれることになる。




 グレイはパーティスと二人で、バルコニーに向かった。室内へと続く扉は閉ざされ、門番の様にロックが守っている。なにやら秘密の話だと周りも気づいていたが、もともと二人は起業家と出資者という間柄だ。さらに港の使用許可の事もあり、他人に聞かせたくない話もあるだろうと承知している。なので、今だけは堂々と密談をしていても怪しまれることはないのだ。


「パーティス、噂が流れているぞ」

「えぇぇ、もう隊長のところまで届いてるんですかぁ……俺には不可抗力ですよぅ」


 『噂』という単語だけで、パーティスはすぐに何のことか悟ったらしい。がっくりと頭を項垂れて肩を落した。


「それにその日焼け。なにがあったか説明しろ」

「もちろんです。説明します……」




 時間はパーティスとロックが港の組合を追い出された場面まで遡る。


「面白そうなことをしているな」


 二人はあの時―――背後からの突然の声と、絶対的な威圧感に気圧され身動きが取れなくなった。国境警備も含め、敵側(ドルストーラ)と応戦した事があるくらいには、戦歴も積んできたと自負している。だが、本能的に背後にいる人物が恐ろしいと感じていた。


「港の使用許可が欲しいんだって?」

「…っあ……」

「返事はっ!!」

「はいっ、そうであります!」


 口ごもったパーティスに、容赦ない怒声が降ってきて思わず軍隊に入りたての少年兵のような返答を返してしまった。思わず口から飛び出たとはいえ、気恥ずかしく思っていると、背後の気配がふと緩んだ。


「ぶっ……わーははははははははははははは!!」


 容赦のない笑い声が響き渡り、それが合図だったかのようにパーティスとロックの呪縛が解けた。恐る恐る後ろを振り返り―――目を見開いた。


「マママママママ……っ」

「マクルノ隊長!?」


 いるはずがない人物が目の前にいた。

 違う部隊とはいえ、鍛錬場は共有での使用なので見かけることはある。相手は自分たちを認識していなくとも、こちらは各部隊の隊長の姿形は頭に叩き込んであるのだ。


 名を呼ばれたマクルノは、自分の事をわかっている(・・・・・・)二人の青年に対し、視線を和らげ歯を見せて笑いかけた。


「おう、なんだお前らグレイの部下か」


 短く刈り込まれた黒髪。特徴的な頬に走る大きな傷。そして翡翠色の瞳。大柄な体をさらに鍛え上げ、腕は丸太のようだ。普段は隊服に隠れているので直接見る機会などないのだが、今のマクルノは上半身裸だったためイヤでも目に入る。そして、その両肩に担がれているのは重そうな麻袋が4つ。片方の肩に2つずつ抱えているというのに、笑顔でこちらを見下ろしていた。


「は、はい。そうです……あの、マクルノ隊長はどうしてここに」


 声高にしないよう、念のため小声で返したロックは、不思議なものを見る目で長身なマクルノを見上げて問いかけた。だが、その返答に口をぽかんと開けたのはそのマクルノだった。


「なんだ?グレイから聞いてないのか?」


 きょとんとした表情は、とても40代のおっさんらしくない可愛さだ。しかし、その頬に走る大きな傷が似合わない可愛さを一刀両断している。


「え、なにどういうことですかぁ」

「俺は単身で潜入中だ。まぁ、あいつにも俺の事は保険くらいに思っとけって言ってたし、頼りにしないためにお前らにも黙ってたのかもなぁ」


 あっけらかんと笑いながら、予想外のことを言われたパーティスとロックはそれ以上の追及をやめ、溜息をつくだけに留めた。


「それで、港の使用許可ってなんだ」

「え、ああ。正しくは組合で管理しているドックの使用許可です」

「それって作戦に必要なのか」

「隊長はそうお考えのようです」

「ふぅん……」


 マクルノはそのまま麻袋を担いだ姿で、なにやら熟考を始めたようだった。遠く海の彼方へ視線を向け、水平線を眺めているようだが、その視線は鋭く冷たい。


「あ、あのぅ〜……」

「なにしてんだ、マクルノっ!」


 動かなくなったマクルノに声をかけようとしたパーティスだったが、その呼び声を掻き消すような怒号が耳を劈いた。しかも呼び捨て。呼び捨てである。


「おー、すまんすまん」

「軽く謝ってんじゃねぇよ。ったく、荷運びの途中だろうが」


 マクルノと同様ほどにも鍛えられた肉体をした男が、眉を吊り上げて歩いてきた。マクルノと違い、上半身にはちゃんと肌着のようなシャツを着ているが、鍛えられた筋肉に引っ張られてはちきれそうになっている。のしのしと普通に歩いているはずなのに、その一歩の歩幅が大きいためスピードが速い。あっという間に辿り着くとマクルノの背中を一発叩きいい音を響かせた。それからようやく身なりの良い二人がいる事に気が付いたようだ。


「……ん。なんだこいつら」

「港のドックを使いたいんだと」

「あー、なんか貴族の坊やが来てたらしいな。あんたらか」


 現れた男は口元に軽く嘲笑の笑みを張り付け、パーティスたちを見下ろした。その姿も声も尊大で、とても友好的には感じられない。


「で、マクルノが捕まってたのか」

「それが実は、この坊ちゃんは俺が前に世話になった旦那様の息子なんだよ。恩人の息子だろ、無下にできないし途方に暮れてたんだよ」

「恩人〜?なんだ、おまえ何したんだよ」

「ひ・み・つ」

「きもい」


 突然始まった筋肉男の会話―――ではなく、マクルノの即興話にパーティスはすぐに食らいついた。これはマクルノが与えたチャンスだと気が付いたからだ。


「なんとか、話を通していただけませんかお願いします」


 語尾を伸ばさず切り、勢いよくパーティスは頭を下げた。


「過去とはいえ仲間が世話になってたっていうなら、多少の事は融通してやりてぇけど、こればかりは俺一人の判断ではなぁ」

「ちょっと親父さんに口きいてやってくれよ、ナジ」

「でもなぁ」


 ナジと呼ばれた男は、ちらりと視線を向けると、頭を下げ続けているパーティスを眺めた。うじうじとしつこく言うような相手であれば、怒鳴りつけるかバカにして追い返すのだが、真摯な態度で向かってこられると途端に弱くなる。


 そしてマクルノはそんなナジの性格をよく理解していた。


「俺さ、あの時この坊ちゃんの旦那様がいなかったら……きっと全部諦めてたんだ」

「そうなのか!?」

「少しでも恩が返せるなら、俺は坊ちゃんの肩を持つぜ」

「マクルノ……」

「それにここで何もしなかったら、もし俺の夢がかなっても後味が悪いだろ」

「仕官したくて頑張ってんだろ!」

「ああ、仕官して安定した仕事して……そうしたら俺はやっと好きな女を迎えに行けるんだ」


 つい下げていた頭を上げていたパーティスとロックは、ぽかんと目と口を開けてしまった。目の前で始まったなにやら聞いているだけでこちらが気恥ずかしい芝居のような会話は何なのだろう。そしてマクルノの偽りだらけの内容に、どう反応したらいいのか分からない。潜入するために偽った身の上なのだと理解していても、なんだか無性に恥ずかしい。


「―――わかった。親父に話してやるよ」


 渋々というより、友情にほだされたナジは結局頷いてくれた。


「ほんとですか!」

「ありがとうございますっ」


 道が開けた。


 あとは再度組合と掛け合うのみだと内心で意気込んでいたのだが、頬に傷のある熊のような男はそれだけでは済まなかった。


「よーし、じゃあお前ら誠意を見せろよ」

「は……?」


 耳に届いた発言に思わず疑問符付きで返してしまう。だが、不思議そうな顔をしているパーティスとロックに構うことなく、マクルノは右肩に乗っていた麻袋二つを地面に下ろし、顎をしゃくった。


「誠意だ、誠意。それ運べ」

「え」

「労働もせず、口先だけで信用得ようなんて甘い事考えてないよな。それとも後は任せます〜って帰るつもりだったんじゃーないよなぁ」


 鋭く冷たい眼光が二人を射抜く。とてもではないが『否』と答えられる空気ではない。しかもマクルノだけでなくナジからの無言の威圧を感じ、背中に冷たい汗が走った。


「恩義ある旦那様の坊ちゃんだろうが、ここにはここの流儀がある。従ってもらうぜ」

「は、はぃ……」


 結局二人は上着を脱ぎシャツの袖をまくると、示された麻袋を一つずつ抱えて運ばされた。重い重い麻袋には何が入っているのか、担ぎ上げるのも一苦労だし、うまく担げても進むための一歩を踏み出すのが苦しい。なんとか示された場所に運び終えた頃には、全身汗だくで、ぐったりと地面に座り込んでしまった。


 しかもそれで終わりではない。マクルノは『まだまだあるぜ』と言い、結局日没まで二人に荷運びをさせたのだった。


お久しぶりなマクルノ隊長!

出番どうなってるのと思っていた皆様!(いるのかな)

ほら、ちゃんと出てきましたよ〜


年内にあと1回更新できれば…と思っています。

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