次の計画
メアリナーデの屋敷から出た時には、すでに辺りは暗闇が迫っていた。
「この辺りは街灯もないし、泊まって下さってもいいのよ?」
「ありがとうございます。けれど、任務中ですし今夜は戻ります」
優しい提案を受けたが、グレイはあえてそれを固辞した。ジュネスはおそらく今夜は戻って来ない。そう考えると、拠点にしている場所を一晩無人にすることはあまり賢くないと思われたのだ。
「確かに暗くなってきましたが、完全な暗闇になるまでには、馬を飛ばせば開けた所に出れると思います」
そう話している間にも闇は徐々に広がり、行く手を阻むように景色を黒一色に塗り替え始めていた。
「そうでしたね。無理を言ってごめんなさい」
「いいえ、ありがたい申し出でした。お気持ちだけ頂いておきます」
馬番が連れてきた預けておいた馬に飛び乗り、グレイは見送りに出てきていたメアリナーデと家令にもう一度顔を向けた。
グレイとメアリナーデはお互い何も言わず、軽くだけ頷くだけに留めた。何かをこれ以上言葉にしても、答えなど決して出ないと双方分かっているからだ。
「はっ」
掛け声とともにグレイは馬の腹を蹴り、邸宅に背を向けて走り去っていった。そしてその後姿をメアリナーデは闇に溶けて見えくなるまで見つめ続けたのだった。
「……ありがとう、伯爵」
ぽつりと口から零れた言葉。
グレイは慰めの言葉は言わなかった。楽観的な発言もしなかった。それはジュネスに会いたいと願うメアリナーデには心寂しいものだったけれど、希望的なことを言われて裏切られることを思えば、これ以上なく誠実な対応だと言えるだろう。
そして、それはグレイ本人の誠実さだけでなく、共に過ごしているジュネスにも伝播していると考えて間違いないだろう。そう思えれば、心の負担は少し軽くなる。
人として当たり前の教育を、ジュネスはグレイの傍で受けたのだ。なによりも大切なものを、与えてくれているのだろうグレイには感謝しかない。
「奥様、冷えてきました。中へどうぞ」
「そうですね」
ジェームスは暖かなショールをメアリナーデの肩に掛けると、屋敷へと促した。それに頷き返し二人は暗い夜道に背を向けた。
暗闇と言えど道幅はそれなりにあるし、なにより開けているので星が見えるのが幸いだった。街灯は確かに整備されておらず、曇った夜空であれば完全な闇に戸惑ったかもしれない。と言っても、暗闇での行軍練習なども行っているため、軍籍であるグレイにとってあまり気になる状況ではなかったのだが。
しばらく走らせ続けると、街の明かりが見えてきた。それを目標にして更に鞭を当て、馬を加速させる。
街の入り口で馬を下り、夕飯にするため適当に商店で買い物をしつつ帰り着いた。案の定、拠点にしている屋敷は真っ暗でジュネスが戻っていないことが知れた。馬の用具を外し、飼い葉を与える。自分が着替えるよりも先に馬の手入れを終わらせてしまうのが習慣だ。上の位につく者たちの多くが、馬の世話を部下に任せてしまうが、グレイは自分の馬の世話を率先して行っている。そうしないと、馬との信頼関係が希薄になると考えているからだ。なので、馬の世話は手慣れたものである。
「よし、また明日な」
ひと撫でしてようやく屋敷に入った。帰り道で立ち寄った商店で買った、暖かだったドリアはほとんど冷めてしまっていたが、気にせず完食。もちろんそれだけで胃が満足するはずもなく、買い置きのパンを軽く火であぶりバターを付けてそれも食べた。
「あ、そうか。ドリアも温め直せばよかったんだな」
胃の中にパンを詰め込みつつ、グレイは独り言ちて苦笑した。空腹が先行していたのが原因か、まったく思いつかなかったことが悔やまれる。
「さて、風呂は……明日でいいか。寝よ」
ジュネスがいれば『野営してるわけでもなく、屋根のある屋敷にいて風呂の設備もあるんですから使ってください!』と言われてしまうところだが、残念ながら世話女房役は不在の為、グレイは着替えだけ済ませると寝床に潜り込んだのだった。
翌朝グレイの目が覚めると、目の前にジュネスがいた。
「……あれ」
「あれ、じゃありません」
「おかえり。っていうか早くないか?」
「……今朝がた戻りました」
言いながらジュネスはグレイが脱ぎ散らかしておいた洗濯物を拾い集めていく。風呂に入っていないのもばれているだろうから、その身に纏っているオーラは疲れもあるだろうが、呆れも充分に含まれていると考えて間違いないだろう。
「今朝って。休まず走らせてきたのか」
「少しはあちらで休息しましたが、ほぼとんぼ返りですね」
丸一日馬上にいたのだ。疲れていない筈がない。その証拠にジュネスの顔には疲れと、目の下には立派な隈が育っていた。
「無茶するな」
「大丈夫です。それより報告を」
グレイは起き上がりながらジュネスを窘めたが、当の本人は聞いていないのか気にしていないのか、まずは報告から始めたいらしい。
「ファーラル様からの詳細な連絡は、後日別の便で届くそうです」
「……別便?」
「はい。ファーラル様からの連絡がそういう内容でした」
「別便ってなんだ。なにか送って来るのか」
「分かりかねます。あと、ライナの事は心配するなとの事でした」
「!」
その一言に、グレイの瞳が輝いたのが分かった。
「そうか!それが分かればいい」
一番気になっていた内容が聞けて、グレイの機嫌が一気によくなった。無意識にライナから預かったままになっている、巾着に入った護り石を握りしめてしまう。何故だろう。この石がいま現在ライナから離れていることが無性に気になるのだ。国境にいる部下に預け、急ぎライナに届けてもらうことも考えたが、第三者を挟むことに抵抗を覚えた。それはグレイの心の問題なのか、もしくは石がそうさせているのか……。だがファーラルが気に掛けてくれるのであれば安心だろう。
「ご苦労だったな。ジュネス、おまえはとりあえず休め。俺はパーティスに連絡を取ってみる」
「お供したいところですが……」
「あいつらをこっちに呼ぶから安心しろ」
グレイは精霊を呼び出し、パーティスに向けて送り出した。無事に届けば彼らは揃ってこの屋敷に来るだろう。操ることが出来なくとも、精霊を認識できるだけでパーティスという男は利便性が高い。
「わかりました。何かあればすぐに呼んでください」
「ああ」
「ついでに風呂の準備は出来ているので、入って身支度を整えてください」
「……ほんと、お前すごいよ……」
おそらく帰って来てグレイの状態にすぐに気付いたジュネスは、先回りして準備を終わらせていたのだろう。見ていないのでわからないが、この調子だとリビングに散らかしたままにしておいた、夕食の残骸も片付けられていると見て間違いない。
グレイの感嘆の声を受け流し、ジュネスは一礼すると部屋から出て行った。もう一つのベッドがある隣の部屋に向かったのだろう、静かに扉が開閉された音が聞こえた。
「さて、パーティスとロックが来る前に風呂に入るかなー」
隣からの物音が完全に聞こえなくなってから、グレイは大きく伸びをすると勢いをつけて立ち上がり、風呂場に向かっていった。
パーティスとロックが揃って姿を現したのは、昼前だった。手には手土産のつもりなのか、軽食の入ったバスケットが抱えられていた。出迎えたグレイは思わず眉根を寄せる。
「それなんだ?」
「手ぶらで訪問というのも様にならないかと思ったので手土産です」
確かにグレイとパーティスの関係は、出資者と起業家という間柄だ。出資者の屋敷に出向くのに手ぶらというのもおかしいのかもしれない。だが―――
「中身サンドウィッチって……」
受け取ったバスケットの中身を見て思わずため息が漏れた。出資者に対しての土産としてこれはないだろうと思うのだが、当の本人たちは気にしていないのだろう。
「俺たちがよく買う店なんですが、厚切りの肉と甘辛いソースが絶妙なんです」
「そうなんですよ〜。あとチーズが挟んであるのも美味いんです〜」
確かに色目も鮮やかで、香りもいい。ジュネスが寝る前に簡単に用意してくれてあった朝食は食べたが、物足りなかったグレイにとって最高の手土産だった。
「ありがたく貰っとく」
まだジュネスは起きていないため、実は昼食の用意もしていなかったのだ。空腹感に負けたグレイはバスケットを受け取り、リビングに向けて足を進めたがその背中に向かって抗議の声が赤った。
「何言ってるんですか隊長」
「それ俺たちの分も入ってるんですからね〜!」
パーティスとロックをリビングに連れて行き、適当に座ってそれぞれ自由にバスケットの中身を消費していった。グレイが手早く数切れ皿に確保しておかなければ、ジュネスの分を残すことなく食べきってしまっていただろう。
「隊長、これが次回の招待状です」
手渡された招待状には、しっかりとバーガイル伯爵宛となっていた。もちろん主催は前回同様ワムロー男爵だ。彼は前回の出資話がどう進展しているのか気になっているのだろう。
「どう進めますか」
ロックは今後の話の進め方によって、周囲にどういった影響があるか気にしている風だ。
「おまえ達はワムローが奴隷商人と繋がりがあると思っているか?」
「うーん。正直なところ会食の主催ってだけですからねぇ。白と言いたいところですけど〜……俺の直感は限りなく黒って言ってますね〜」
頭を掻きつつパーティスは少し困ったように告げた。
「そうだな。俺も怪しいとは思っている。だが、まだそれだけだ」
「はい」
「とりあえず、陰でコソコソと人を集めている組織があるのは間違いないようだし、それがワムローと絡んでくれていれば話が早いんだが」
「まったく無関係の可能性も充分ありますからね」
グレイの希望的発言に言葉を被せてきたのは、いままでリビングにいなかった人物だった。
「ジュネス、もう起きたのか」
「寝すぎました。申し訳ございません」
まだ寝始めて3時間ほどしか経っていなかったが、昼過ぎまで横になっていたという事実がジュネスの中にある規律に抵触したのだろう。身支度を整えた姿からは、寝不足を感じさせない。
「ジュネスさん、寝てたんですか〜」
「今朝まで国境まで往復してくれたんだ」
「うわぁ……お疲れ様です」
国境警備の場所までの往復。その距離を考えれば思わず唸ってしまうのも仕方ない。
「それはともかく。今後の方針を決めておかなければ、咄嗟に話が食い違うのも問題です」
「そうだな」
疲れを感じさせないジュネスに、グレイも頭を切り替えた。
「とりあえず造船計画を進めることにしようと思う」
「……」
「港には小さいながらもドックがあることは確認済みだ。だが、いまは既存の船の手入れに使われているだけで、新しい船は近年作られていない」
「つまり?」
「船を造る技術者がいない……いや、足りないということだ」
いつの間にか4人は輪になるように肩を寄せ合っていた。窓には相変わらず分厚いカーテンが引かれていて、外から内部を窺い知ることは出来ないだろう。それでも情報が漏れることを恐れ、低く小さな声で話してしまう。
「その技術者を集めたいと、ワムローに持ちかけようと思う」
「なるほど。それで彼がどう動くか―――もしくは人を集めているという情報に新たな項目が加わるか、ですね」
ジュネスが内容を引き取り、噛み砕いた。それにグレイは満足げに頷き返すと、じっと聞いていたパーティスとロックに顔を向ける。
「次回の会食の時にこの話題をワムローに振る。お前たちはそれまでに港にあるドックの使用許可を取っておいてくれ」
「そんな簡単に使用許可もらえるんでしょうか〜」
「考えがある。任せろ」
そういって笑ったグレイの顔は、少し悪役ぽかった。
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気が付けばお気に入り登録がまた増えていて、一人でわーわー言ってました(心の中で)。今後ともよろしくお願いします。
次回、一旦ロットウェルに視点が移動するかもです。あくまで「かも」!
余談…
ついに室内にファンヒーター入れました。
これで極寒から脱出です。けど、ついある程度温まると切ってしまいます。
省エネ万歳!!(ただ貧乏性なだけ…)




