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無声の少女  作者: けい
マーギスタ
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黒い主催者

 大きな体を横に揺らしつつ近寄って来た男は、笑顔を張り付けたままグレイの傍まで悠然と歩いてきた。いや、彼の体格では走り寄ることは体に付いた贅肉が邪魔でできなかっただけかもしれない。

 寄ってきた男は、この会食の主催者であるワムロー男爵だった。


 確か商人からの成り上がり貴族だったはず。金で爵位を買った男。地位は高くないが、その分資金面においてはかなり余裕があり、こういった会食などを自費で頻繁に開いている人物だ。温和そうな顔立ちで、声も柔らかく聞きやすい。しかし、分厚い瞼の奥にある瞳が鋭く見据えてきていることを、グレイは的確に感じ取っていた。


「賑やかでしたな」


 笑っているがこちらの言動と行動を注視しているのを感じた。グレイはワムローに向き直ると手を差し出し、お互い握手を交わす。


「騒がせてしまったようで申し訳ない」

「いやいや。伯爵にはご迷惑だったかもしれないが、卵たちが貪欲に前進する姿勢が見れたことは、わたしにとっては収穫ですよ」

「そう言っていただければありがたいものです」


 つい先ほど、自分とパーティスが接点を持つために演じた茶番。途中から見られているだろうとは覚悟していたが、この様子では最初から気にしていたのかもしれない。素早く頭の中を整理し、下手な発言はなかったかを確認した。


「改めてご挨拶を。グレイ・バーガイルです。お見知りおきください」

「こちらこそ。ブルックス・ワムローです。と、わたしの事はご存知でしたか」

「主催の方のことですので、もちろん」


 にっこりと笑顔を返すと、ワムローは満足げに頷いた。そして給仕が運んでいたグラスを二つ受け取ると、一つをグレイへ差し出す。こうなれば受け取るしかない。暇をしようとしていたが、延長決定だ。

 そんなグレイの心境など気づいてもいないのだろう。ワムローは胃にシャンパンを流し込みながら話し始めた。


「なんでも造船についての支援をされるとか?」

「まだ本決まりではないです。なにしろわたしはご存じの通り、海のない国で育ちましたから。安易に考えているだけでは、痛い目を見ると思いますからね」

「思慮深い事だ。バーガイル伯爵であれば、資金面での不安は解消されますな」

「まさか。当方の資産など微々たるものです。だからこうして、こういった場にも足を運んでいるわけです」

「それにしては、初対面であろうオルガン氏の発案にすぐに飛びつかれていたようですな。よほど気になる内容だったので?」


 グレイのことを探るような視線がねっとりと絡みつく。平然と微笑んではいるが、心中は決して穏やかではない。


 ―――何か……勘付かれた、か?


 起業家と出資する側は、一方的に起業家が得をするわけでは無い。資金提供などをする代わり経営者として名を連ねるのだ。実動は起業家に任せることになるが、儲けが出た場合、最初に作成された規約の通りに報酬を支払うことになる。また万が一、計画段階で頓挫すると資金は返ってこないというリスクも存在する。


 いわば気の長い博打ともいえるだろうか。

 成功すれば財産になるが、失敗すれば負債になる。失敗することを避けるため、資金の持ち逃げなどを防ぐことも含め、よくよく起業家たちを観察する。時間をかけて信頼関係を結び、徐々に計画を煮詰めていく。今回のグレイの様に、いきなり話に飛び付くものもいないではないが、負け覚悟の挑戦者として見られてしまう。


 ―――悪目立ちはこれが原因か。


 今さら気が付いても遅いのだが、内心溜息を禁じ得ない。パーティスとロック。この二人と接点を持つことだけをとりあえずの急務としていたのが仇となった。


「最初からうまくいくものではないですよ。伯爵はお父上から爵位を継いでわずかでしょう。何事も勉強です」

「お心遣いありがとうございます。父親から継いだものを更に大きく―――という願いはなかなか実現が難しい気がします」


 思わず零れた言葉は本心だ。ファヴォリーニが先代から受け継ぎ、守り育ててきた伯爵家。それを自分なりにも守り育てていかなければならない。ただし、軍籍に身を置く現実が、貴族らしい振る舞いを許さなかった。引退しているはずの父親に領地管理や業務を任せている事への負い目は確かにある。


「これからですよ、これから」


 ワムローは豪快に笑うと、距離を縮めグレイの肩をポンポンと叩いた。気安い態度に一瞬嫌悪感を覚えたが、すぐにそれを霧散させた。


「そういえば……伯爵はロットウェルでは軍籍だったのでは?」


 思い出したように近づいた距離のまま、ワムローは低い声を出す。その声の中に尋問的なものが含まれているのを、グレイも傍で聞き耳を立てていたジュネスも感じ取った。


 ワムローはどういった者たちが参加するのかを部下に調査させていた。その中に他国の貴族が混じっていることに違和感を覚え、経歴を調べさせていたのだ。

 指摘されたグレイは、焦ることなく少し困ったような顔ではにかんだ。


「実は少し前に退役いたしまして」

「ほぅ。またなぜ」

「父に領地管理など任せきりなことが申し訳なくて。ここ最近は情勢も安定しているようですし、退役すると告げてもいまなら止められないと思ったんです。さすがに部下たちには引き止められましたが、自分の預かっている領地などへの責任もあって押し切らせてもらいました」

「なるほど」


 ワムローが入手した資料によると、退役時期は確か『半年前』になっていた。


「それがどうして、今回マーギスタまで?」

「今まで収めてきたものだけでなく、自分で成しえた事業を起こしたいと思いまして。まぁわたしは出資者の立場なわけですが。そうですね、よく言えば視野を広げつつの社会勉強でしょうか」

「悪く言えば?」

「無謀な冒険者」

「ははは」


 グレイの返答に、ワムローは声を上げて笑った。その声の大きさに驚いたのか、会場にいた何名かがこちらに注視していったが、すぐに興味を失くして視線は霧散した。


「うまいことを言う」


 ワムローはグレイの傍から数歩離れ、距離感を保った。


「なにかお困りなことがあれば、ご連絡ください。なにかお力になれるかもしれません」

「ありがとうございます。何かあれば、ぜひ」


 グレイはにっこりと微笑むと、もう一度ワムローと握手を交わした。と、その時ワムローが顔を寄せて小さく声を発した。


「人手が入用であるなら、融通いたしますよ」


 ねっとりとした声が鼓膜を震わせた。それは背筋に嫌悪が走るような生理的に受け付けない声だ。

 グレイは目線を交わさないよう心掛け、目線はただまっすぐ斜め右の床ばかり見ていた。だが、それでも視界の先にワムローの歪んだ口元が映り込む。


「……ありがとうございます」


 精一杯それだけを告げると、グレイはジュネスと連れ立ち足早く会場を後にした。





「あの男、何者でしょう」


 会場から離れ、辻馬車に乗り込んで暫くすると、向かいに座ったジュネスが小さく呟いた。すぐにでも話したかったのだろうが、どこに『耳』があるかわからないため、今まで黙っていたのだろう。

 車輪が発生させる石畳を駆ける音と、第三者のいない密室を確認することで口に出せた言葉だ。


「限りなく黒に近いとは思うが、どこまで真っ黒かはこれからだな」

「最後の言葉が気になります」

「ああ」


 別れ際の最期。ワムローがグレイに囁いた『人手』という単語。


「男爵の行っている事業の中に、人材派遣でも含まれているのなら話は別だが」

「資料の中にはそうった記述はなかったかと」


 ジュネスは本日の会食出席者の情報を可能な限り頭の中に詰め込んできていた。その中でも当初から怪しいと踏んでいたワムロー男爵については、かなりの資料を読み漁ったのだ。


「一度、パーティスたちと話し合う必要があるな」

「連絡先はうまく渡せましたから、数日以内には動きがあるでしょう。―――それよりもグレイ様」

「ん?」


 頭の中を整理し始めていたグレイは、突然声を低くして呼びかけてきた従者に視線を向け、固まった。


「……どうした」

「お尋ねしたいことがございます……」


 正面に座っている青年は、じろりと主を睨み付けると口火を切った。


「あの会食に招待されるための伝手(つて)とは……誰の事でしょう」


 ――― !!!!


ジュネスの潜められた中にも確かに感じられる憤りの雰囲気に、グレイは居心地悪くなって少し姿勢を正した。


「あー…えーっと……まぁいいじゃないか、な!」

「よくありません。もしかしてもしかする人物にわたしに内緒で連絡を取り合って頼ったということではないですよね」


 いつも温和なジュネスからは想像もできない凍り付くオーラだ。さすがに歩の悪さを認めてグレイは両手を上げて降参した。


「正解。お前の想像通りだよ」

「やっぱり!よりによってわたしに黙ってこそこそと!」


 もはや口調が主に対してのものではないが、いまのジュネスにそんな事を気にする余裕もない。


「相談したら反対するだろ」

「当たり前です!借りなど作りたくないのにっ」

「俺が持ちかけたことなんだから、お前の借りにはならんだろうが」

「それでも嫌なんです!もっと他に頼るところなかったんですか!」

「間者もいないマーギスタ内で、頼れるのはロア家だけだろう」

「開き直らないでくださいっ」


 ロア家の名前が出て、ジュネスは更に感情が荒れるのを感じていた。自分はロア家とは関係ない人間なのだと、不要な人間なのだと幼心から思続けてきた。だから引き留めようとする周りを振り切って、バーガイル家に……いいや、グレイに付いて行くことに決めたのだ。


 望めば跪かれる生活を送れただろう。

 だが、それは許されないのだと知っている。


 ジュネスの出生は、誰にも知られてはならないのだ。


いつもありがとうございます!

なんか小難しいようなことを書いたりしてますが、わたしの想像の限界です。お許しくださいませ。


そしてジュネスの出自についてはまたいづれ…

色々とややこしい子です^^;

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