任務
お待たせしました。
新章にはいりますー
屋敷に戻されたライナは、四方を囲まれて玄関ホールで盛大な説教を受けた。正面にファヴォリーニ。その横にクレール、ニーナ。ジュネスも珍しく怒りの表情だ。真後ろには逃げ出すのを防ぐようにグレイが陣取り、そんな彼らを遠巻きに使用人たちが眺めていた。散々怒られ、さすがにライナの目尻に涙が浮かび始めた頃、最初に矛先を収めたのはファヴォリーニだった。
「ライナ、自由に動けない窮屈さを味あわせているのは分かっているが、だからと言って無断で抜け出すのは許されないよ」
「……」
「わかってくれるかい?」
小さく頷くと、ファヴォリーニは握りしめられていたライナの手を取り、その小さな手を優しく撫でた。すっかり冷えていた手はまだまだ冷たい。
「冷えてしまったな。ニーナ、なにか温かい食事の用意を」
「はい。まずは着替え―――」
「ちょっと待ってください」
しょげてしまったライナに、ニーナも少し言い過ぎたかと思っていたが、その言葉を遮るようにずっと黙っていたグレイが口を開いた。四方から説教をされている時、グレイは一言も口を挟まずただ黙って立っていただけなのだ。屋敷に戻る道中ですでにお小言を済ませてるのかと思っていた面々は、声の主を仰ぎ見た。
「心配させた俺たちよりも、ライナは謝るべき人物がいる」
「……どこにだ?」
グレイの言葉にファヴォリーニは眉根を寄せて問い返す。そんな父親を無視し、グレイはライナと視線を合わせる様に向かい合った。
「職務に忠実な伯爵家の使用人たちは、ライナを必死に探してくれたよ。けれどその原因を作ったのはライナで、そのきっかけになったのは何だった?」
「……」
―――門が、閉まらなくて……門……あ、門番!
「気が付いたみたいだね」
顔を上げて周囲にいる使用人たちに視線を走らせるが、その中に見知った門番の姿がないことを確認すると、ライナは顔から血の気が引いた。
―――まさか、わたしのせいで……クビに!?
慌てたようにグレイに詰め寄ったライナに、詰め寄られたグレイは微かに笑みを浮かべた。そして落ち着きのなくなったライナの頭を撫でた。
「職務に忠実な伯爵家の使用人は、それぞれの役割を放棄したりしないんだよ」
「!」
その言葉にライナは勢いよく玄関ホールを飛び出していった。突然駆け出して行った姿に、ファヴォリーニたちは慌てたように身じろぎしたが、それをグレイは片手で制した。小さな姿が走っていくのを黙って眺めるにとどめる。ライナが駆けていく先―――そこには大きな門扉。そしてその門を守る門番に勢いよく頭を下げている姿を、家人たちは微笑ましく眺めていたのだった。
個々に慌ただしい日々は、それでも全体を通してみれば穏やかに過ぎていったのだろう。
アンヌはあれ以来、必要以上に伯爵家への訪問をしなくなった。ロージィが目線だけで殺せるのではないかと思うほど、憎々しげにグレイを睨み付けていたが、それでも今は落ち着きを取り戻していると願いたい。以前と変わらないのは、ミラビリスと一緒にボランティアを続けていることだ。孤児院に頻繁に足を運んでいる。馬車の使用許可がファヴォリーニから出たので、歩いて向かうことが無くなったのは訪問の助けとなっていた。
以前と違った部分があるとすれば、そこに時々ライナが混ざるようになったことだ。未だに和気藹々とはいかないが、それでもアンヌは少しずつライナを受け入れ始めていると感じられる。ミラビリスは二人の賑やかな様子に(賑やかなのはアンヌだけだが、ライナがいなければ彼女は、明け透けに話さなかっただろう)知らず頬を緩めていた。
年が明け、寒かった冬が終わりを告げ―――そうして命芽吹く春になり、ライナはバーガイル伯爵邸で15歳になった。
「グレイ、遠征任務だ」
ファーラルの執務室で告げられたのは、ライナの誕生日を祝った翌日だった。いつも通りに出仕したところ、ガーネットに捕まって連れられてきた。
「ドルストーラですか」
「いいや、マーギスタだ」
予想外の国名に、グレイの目が眇められる。隣では同様に緊張した面持ちのジュネスがファーラルに視線を向けていた。
「国境警備が任務だが……おまえ達にはマーギスタ国内に入ってもらう」
「どういうことですか。特にマーギスタとは外交面でも問題はないはずですが」
淡々とした声に割り込んだのは、いつもは話に口を挟まないジュネスだった。だが、マーギスタの名前が出た以上、ジュネスが何らかの反応を見せるとは分かっていたことだろう。
「マーギスタ国内に、ロットウェルを掻き乱そうとするドルストーラの人間が潜り込んでいるらしい。それの炙り出しと調査だ」
ファーラルは手元の資料をぺらぺらとめくりながら簡単にいう。だが、その内容はとても簡単なものではない。
「まさか!」
「潜り込んでいるだけだ。中枢にまでは至っていない」
思わず声を上げたジュネスだったが、相変わらずファーラルはそちらに視線を向けることも無く資料を眺め続けていた。時々書き込みを加えたりしているところを見ると、今回の遠征の話をしつつ、資料の内容もしっかり精査しているのだろう。
「ジュネス、行きたくないのなら行かなくていい。刷り込みの雛のようにグレイについて回らなくても、仕事が欲しければわたしの補佐という仕事をやろう」
「っ……!結構です、行きます」
呆れ半分、揶揄半分で投げつけられた言葉にジュネスは顔を真っ赤にして反論した。だが、すぐにもう18歳にもなろう男の対応ではなかったと思い直したのか、素早く姿勢を正すと頭を下げた。
「失礼しました。グレイ様と共にマーギスタ行きの任務にお加えください」
「堅苦しい。勝手についていけ」
面倒そうに言い放つ姿に、グレイは笑みを浮かべ、ジュネスは硬い表情で請け負った。
「詳しい内容は後ほど書面で渡す。グレイ、おまえは部隊から信用できる奴を三人ほど見繕え」
「はい」
頭の中で部下たちの顔を次々と思い浮かべていく。見るからに軍人だと分かるような姿をしている者は避けたほうがよさそうだな、と思いつつ執務室から出る。そして扉を閉める瞬間ファーラルは爆弾を投げつけた。
「ちなみにマーギスタには、潜入任務は伝えてない。バレるなよ」
「なっ!!」
パタン、と閉まった扉はその後どうなったのか、押しても引いても開かなくなっていた。
結局扉は開かず、諦めて兵舎に向かうことにした。恐らくあの扉を押さえていたのは黒の精霊だろう。あの人は自分の能力を無駄なところで使うことを厭わないと知っている。
「……すいません、グレイ様。取り乱してしまって……」
取り留めもなく考えていたところ、後ろをついて来ていたジュネスから謝罪の言葉が聞こえてきた。何のことか思い当り、歩くのを止めず前を向いたまま手を振ってこたえた。
「ああ、気にするな。それにわざわざ俺たちに言ってきたということは、狙ってるんだろうしな」
「なにを、ですか」
「お前の反応を」
グレイの返事にジュネスは顔をしかめた。まったく面白くもない答えだ。
渋面を作るジュネスに、グレイは立ち止まると一歩下がって付いてくる従者の肩に手を置いた。
「そろそろ向き合えって事だと思うぞ」
「……わかってるつもりです」
「いい機会だ。時間があればメアリナーデ様にご挨拶に伺うか」
「やめてください。会う理由などありません」
グレイの発言に、ジュネスは顔を上げてはっきりと拒絶の意思を示す。そして自分の肩に置かれたままのグレイの手を、少し困った顔で見た。さすがにそれを振り払うことは躊躇われる。
「わたしは捨てたのです」
「―――お前がそれでいいのなら」
言いながら置いてあった手を外す。そして先を促すように歩を進めた。その後をいつもより少し歩調を緩めてジュネスが続いた。
「わたしは、グレイ様の部下であり従者です。それ以上でも以下でもないのです」
「わかってるさ」
けれどグレイは思う。
片や家族も故郷も奪われた少女。
片や実は故郷も家族も存在している青年。
どんなに願っても取り戻せない故郷と家族を思って泣くことと、故郷も家族もあるのに手を伸ばさないと己を戒めること。
「どっちも…報われないな」
ぽつりと呟いた言葉は小さすぎて、数歩離れて歩くジュネスには届かなかった。




