1 スーパーと出会い
アンストッパブル恋愛×青春活劇。
全57話+α、完結確約。毎日21:00更新です。
何卒よろしくお願いいたします。
冷蔵庫の中を覗いた由樹は、思わず「やば」と声を漏らした。
卵がひとつ。牛乳も僅か。他には萎びたキャベツと梅干し、バターくらいしか入っていない。肉や魚は昨日食べきってしまった。育ち盛りの男子高校生にとって、満足に夕食が食べられないのは死活問題である。冷凍庫を漁ればもう少し何かあるかもしれないが、そういうのはいざという時の為に残しておきたい。
午後6時、照明がすべて落ちた家の中、鞄を下ろしてエコバッグに持ち替える。食費が入った財布を手にとって、一応中身を確認すれば、残高は一万円を切っていた。
制服のまま再び家を出る。5月になって寒さが緩んできたため、あの動きづらいブレザーを羽織らなくて良くなった。
街灯の点く夜道を歩きながら、由樹はスラックスの右ポケットから携帯を取り出し、メールを打ち始めた。小さい液晶に目を凝らし、カチカチとボタンを鳴らす。
『お母さん、次いつ帰ってきますか? 食費がもう無くなりそう。ごめんけど、また幾らか下さい』
送信完了の文字を確認すると、由樹は返事を待つこともなくパタンと携帯を閉じる。母親からの返信は、決まって丸一日以上経ってから来るものとして、由樹は理解していた。
スーパーまでの道も慣れたものだった。迷うことなく自動ドアをくぐれば、蛍光灯の白い光ととひんやりした空気が彼を迎える。
入ってすぐの青果が気になったが、食費が少ないのを思い出し、ぐっと堪えて野菜をいくつかカゴに入れる。おつとめ品の野菜は殆どが傷みが激しかったので、ほうれん草だけを買うことにした。その他にも魚、肉、牛乳、残り少なくなっていた砂糖を次々にカゴに入れる。
レジに通せば、財布の中のお札がごっそりと減る。荷詰め台の前で、はあ、と溜息を吐いてしまう。
その時、買っていないはずのカップ麺がコロコロと手元に転がってくる。転がってきた方を見ると、仕事帰りと思われる女性があたふたと、レジ袋からごろごろと品物をこぼして慌てていた。
「……手伝います」
由樹はカップ麺と、それから床に落ちたパスタソースのパウチなどを拾い上げて、女性に手渡す。
「あ、ありがとうございます」
「いえ」
ふと、由樹はこの女性が気になった。どこか見覚えがあるような気がしたのだ。女性もどうやらそのようで、やっと目が合ったかと思えば、じっと由樹を見つめている。
「……あの、会ったことある、のかな」
「おんなじ事考えてました。俺、高津由樹、って名前なんですけど」
「由樹くん!? 私だよ、美織」
「えっ、美織さん? 大沢のおじさんのとこの」
「そうそう。いやあ、会うのは法事以来じゃない? 懐かしいなあ」
美織はパアッと笑って、再会を喜んだ。由樹もつられて頬が緩む。
祖父の三回忌を一昨年にして、それきり由樹は美織と会っていなかった。もともと遠い親戚のため、法要くらいでしか彼女と顔を合わせる機会がない。歳は10ほど上で、小さい頃にいくらか遊んでもらった記憶がある。
大人っぽく凛とした知的な印象が由樹の中にあったが、目の前の美織は楽しげに笑っているとはいえ、どこか疲れている様子だった。美織の持つレジ袋の中身はインスタントやレトルトが殆どで、底の方には栄養ドリンクの瓶が透けて見える。
「……元気にしてましたか?」
思わず由樹は訊いた。美織は困ったように首を傾げて、恥ずかしそうに答える。
「まあ、元気かな? 最近は。日付が変わる前に帰れてるし」
「食事とか、ちゃんと摂ってます?」
「お節介だなあ。社員食堂があるし、大丈夫だよ」
美織ははち切れそうなレジ袋を、よいしょ、と担いだ。二、三歩ふらつくが、低いヒールで何とか身体を支える。
「そういう由樹くんは、おつかい? いっぱい食べてる?」
「おつかいっていうか、自分で作ってます。ほら、父は単身赴任中だし、母はあんなのじゃないですか」
「凄い! 由樹くんの手料理か。食べてみたいなあ」
「いいですよ。いつでも」
社交辞令のように快諾すれば、美織の腹がぐうと音を立てた。賑やかなスーパーの中でもはっきりと聞こえるほどの、大きい音。
由樹は苦笑しながら、ちらと自分のエコバッグの中身を確認した。
「ほんと、いつでも。――今日でも」




