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放課後を捧ぐ  作者: 緑紗
§ 1年8組 高津由樹
1/35

1 スーパーと出会い

アンストッパブル恋愛×青春活劇。

全57話+α、完結確約。毎日21:00更新です。

何卒よろしくお願いいたします。



 冷蔵庫の中を覗いた由樹は、思わず「やば」と声を漏らした。


 卵がひとつ。牛乳も僅か。他には萎びたキャベツと梅干し、バターくらいしか入っていない。肉や魚は昨日食べきってしまった。育ち盛りの男子高校生にとって、満足に夕食が食べられないのは死活問題である。冷凍庫を漁ればもう少し何かあるかもしれないが、そういうのはいざという時の為に残しておきたい。


 午後6時、照明がすべて落ちた家の中、鞄を下ろしてエコバッグに持ち替える。食費が入った財布を手にとって、一応中身を確認すれば、残高は一万円を切っていた。

 制服のまま再び家を出る。5月になって寒さが緩んできたため、あの動きづらいブレザーを羽織らなくて良くなった。

 街灯の点く夜道を歩きながら、由樹はスラックスの右ポケットから携帯を取り出し、メールを打ち始めた。小さい液晶に目を凝らし、カチカチとボタンを鳴らす。


『お母さん、次いつ帰ってきますか? 食費がもう無くなりそう。ごめんけど、また幾らか下さい』


 送信完了の文字を確認すると、由樹は返事を待つこともなくパタンと携帯を閉じる。母親からの返信は、決まって丸一日以上経ってから来るものとして、由樹は理解していた。


 スーパーまでの道も慣れたものだった。迷うことなく自動ドアをくぐれば、蛍光灯の白い光ととひんやりした空気が彼を迎える。

 入ってすぐの青果が気になったが、食費が少ないのを思い出し、ぐっと堪えて野菜をいくつかカゴに入れる。おつとめ品の野菜は殆どが傷みが激しかったので、ほうれん草だけを買うことにした。その他にも魚、肉、牛乳、残り少なくなっていた砂糖を次々にカゴに入れる。

 レジに通せば、財布の中のお札がごっそりと減る。荷詰め台の前で、はあ、と溜息を吐いてしまう。


 その時、買っていないはずのカップ麺がコロコロと手元に転がってくる。転がってきた方を見ると、仕事帰りと思われる女性があたふたと、レジ袋からごろごろと品物をこぼして慌てていた。


「……手伝います」


 由樹はカップ麺と、それから床に落ちたパスタソースのパウチなどを拾い上げて、女性に手渡す。


「あ、ありがとうございます」

「いえ」


 ふと、由樹はこの女性が気になった。どこか見覚えがあるような気がしたのだ。女性もどうやらそのようで、やっと目が合ったかと思えば、じっと由樹を見つめている。


「……あの、会ったことある、のかな」

「おんなじ事考えてました。俺、高津由樹、って名前なんですけど」

「由樹くん!? 私だよ、美織」

「えっ、美織さん? 大沢のおじさんのとこの」

「そうそう。いやあ、会うのは法事以来じゃない? 懐かしいなあ」


 美織はパアッと笑って、再会を喜んだ。由樹もつられて頬が緩む。

 祖父の三回忌を一昨年にして、それきり由樹は美織と会っていなかった。もともと遠い親戚のため、法要くらいでしか彼女と顔を合わせる機会がない。歳は10ほど上で、小さい頃にいくらか遊んでもらった記憶がある。


 大人っぽく凛とした知的な印象が由樹の中にあったが、目の前の美織は楽しげに笑っているとはいえ、どこか疲れている様子だった。美織の持つレジ袋の中身はインスタントやレトルトが殆どで、底の方には栄養ドリンクの瓶が透けて見える。


「……元気にしてましたか?」


 思わず由樹は訊いた。美織は困ったように首を傾げて、恥ずかしそうに答える。


「まあ、元気かな? 最近は。日付が変わる前に帰れてるし」

「食事とか、ちゃんと摂ってます?」

「お節介だなあ。社員食堂があるし、大丈夫だよ」


 美織ははち切れそうなレジ袋を、よいしょ、と担いだ。二、三歩ふらつくが、低いヒールで何とか身体を支える。


「そういう由樹くんは、おつかい? いっぱい食べてる?」

「おつかいっていうか、自分で作ってます。ほら、父は単身赴任中だし、母はあんなのじゃないですか」

「凄い! 由樹くんの手料理か。食べてみたいなあ」

「いいですよ。いつでも」


 社交辞令のように快諾すれば、美織の腹がぐうと音を立てた。賑やかなスーパーの中でもはっきりと聞こえるほどの、大きい音。

 由樹は苦笑しながら、ちらと自分のエコバッグの中身を確認した。


「ほんと、いつでも。――今日でも」

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