第19話〜さらば友よ
本作は、戦火の冷酷さと、そのなかで散っていく切ない絆を描いた緊迫のサスペンス・アクションです。
すべてを賭けて機密を託した親友ハンス。彼の最期の願いを胸に、泥濘のなかを這い進む主人公アルト。極限状態における人間の選択と、容赦なく迫る追手との命懸けの逃亡劇を、圧倒的な臨場感とともにお届けします。
緊迫の脱出劇の幕開けを、どうぞ見届けてください。
ハンスの震える手が、アルトの泥まみれのジャケットを力なく押し返す。
「行け……アルト。お前なら……やれる……」
「ハンス、俺は……!」
アルトの視界が、涙と容赦なく降り注ぐ雨で歪む。
だが、選択の余地はなかった。遠くから聞こえていた軍犬の咆哮が、いまや目と鼻の先まで迫っている。金属の擦れる音、そして炭焼き小屋の泥壁を叩く、荒々しい軍靴の足音。
「早くするんじゃ! 奴らが来る!」
老人がアルトの背中を強く押し、床に隠された狭く暗い排水口の蓋を持ち上げた。立ち込める泥とカビの臭気。一人分がやっと通れる暗黒の穴だ。
アルトは唇を血がにじむほど噛み締め、胸ポケットにマイクロフィルムをねじ込んだ。
「ハンス……必ず、届ける。お前の命を無駄にはしない!」
「あぁ……信じている……」
ハンスの口元に、微かな、しかし安らかな笑みが浮かんだ。それが、アルトが見た親友の最後の表情となった。
冷たい泥水が流れる暗渠へと身を滑り込ませた瞬間、頭上で激しい破壊音が響いた。小屋の扉が蹴り破られたのだ。
「動くな! 国境警備隊だ!」
容赦のない怒号と、それに続くハンスの短い喘ぎ声。アルトは耳を塞ぎたい衝動を必死に抑え、ただ闇のなかを、這いつくばって前へ進んだ。冷たい泥が顔を覆い、息が詰まる。
背後から、一発の鋭い銃声が響き渡った。
アルトの身体が硬直する。しかし、止まることは許されない。涙を泥水で洗い流しながら、彼はただ、光の見えない暗闇の先へと、狂ったように這い進んでいった。
第19話「さらば」をお読みいただき、ありがとうございました。
アルトとハンス、固い絆で結ばれた二人のあまりにも切ない別れのシーンをお届けしました。冷たい雨が降り注ぐ炭焼き小屋での極限の決断、そして背後に響いた一発の銃声……。親友の最期の想いと機密のマイクロフィルムを胸に抱き、泥濘の闇を進むアルトの運命はどこへ向かうのか。
ここから、アルトの孤独で過酷な逃亡劇が本格的に幕を開けます。
彼が光の射す場所へ辿り着けるのか、ぜひ次のエピソードもハラハラしながら見守っていただけると嬉しいです。感想や評価なども励みになりますので、ぜひよろしくお願いいたします!




