兄の思い、父の思い その2
私の息子のソルビタンはボンクラだと思っていた。いや、ボンクラなのは多分間違い無いだろう。ただし普通では考えられないほどの強運の持ち主のボンクラだった。
だって。格上の侯爵家に婿入りが決まっていたのを心変わりで一方的に反故にし、何を勘違いしたか恋仲になったメイドと結ばれて次期侯爵になるつもりだったのだ。一族郎党ぺっしゃんこになるまで叩き潰されても仕方のない狼藉である。
にも関わらずメイドとの婚姻が認められ、メイドの実家である男爵家の当主として迎えられるというのだ。名ばかり男爵でこの先金銭面で苦労することは間違いないが、貴族に籍があれば官吏登用を目指すことだってできる。
それもこれもクリスティーネ様がエステル嬢の母を慕っていたからだ。なかなかこんな奇跡的な話は無いだろう。
とはいえここで侯爵家の温情にただ甘えるわけにはいかない。我が家としては、私が責任を取りラシミッツに家督を譲り領地に引っ込むことにした。監督責任を取る、という形だがしでかしたことを考えたらとてもじゃ無いが割に合わない。表沙汰にできない以上、取ることのできる対応はとても少ない。それでも、少しでも誠意を見せなければ。
幸い、すぐに嫡男のラシミッツが留学から帰って来てくれて、八方丸く収まるように動いてくれた。
あまり大事にならないように、との侯爵家の意向に沿うために、いきなりの当主変更で憶測を呼ばないよう留学から呼び戻して1年ほどかけて引き継ぎを行うことにしたのだ。
ラシミッツは我が子とは思えないほど才能あふれる子に育った。小さな頃から"善良だけが取り柄"と揶揄われていた私をフォローするのが使命!とでもいうように早熟した子だった。
学園での成績も上々、なんと隣国の王弟の息子さんに気に入られてしまった。この留学だって留学とは名ばかりで次期公爵の右腕として活躍していたのだ。
…本当だったら彼の才能を遺憾なく発揮できる隣国に留まらせてやりたかった。家のことなんて気にしなくていいから、と言ってやりたかったが。
「俺はこの家を継ぐ為にあちらこちらで頑張ってきたんだよ。あとは俺に任せてよ。」
私の考えていることなんてお見通しである。ここはひとつ、立派に育った息子を不憫に思うより立派になって誇らしいと褒めてやるべきだろうな。
後悔まじりにそう考えながら、粛々と来るべき引退に向かって物事を進めていた。
…そしてあの日がやって来てしまった。
※※※※※※※※※
「そうか、君たちはクリスティーネの友人だったな。同じ穴の狢というやつか。どこまで彼女を貶めれば気が済むんだ。
私がクリスティーネと婚約解消したのは、いつも彼女に虐げられていたエステルを救うためだ。母親が違おうとも彼女だって侯爵令嬢なんだから!」
ビシッ!って!!えええええ!ちょっとソルビタン!お前何言ってくれてんだ!
俺と父さんが散々やって来たお膳立て、何壊してくれてんだよおおお!
そう、ソルビタンは全く理解していなかった。俺も父さんもグリセルドがエステル嬢の生い立ちについて軽くではあるが伝えていた事から、薄々気がついていると思っていた。それでもエステル嬢を信じたいだけなんだろうと。だからこんな大勢の前であんなことをやらかすなんて思ってもいなかった。
…確かに、クリスティーネ様からの依頼で懇切丁寧にお前の勘違いについて説明することはなかった。
だけど!だけどさあ!普通疑問に思うだろ?婚約前の事前調査で父親の名前が出てたんだぞ!なのに次期侯爵と言われている跡取り娘との縁談蹴っ飛ばした分際で、侯爵も出自を認めていない"自称娘"との縁が結べるなんてなんかおかしくない?って思わなかったのか⁈
さらに爵位継承も認められたって聞いたら、俺ならまず何の罠かと疑うわ!
結局ソルビタンは言葉巧みなエステル嬢の策に乗せられ、皆の記念すべき旅立ちの日にとんでもないことをやらかしたのだった。
その後の騒動は今さら語るまでも無い。
エステル嬢は分かった上で侯爵令嬢であると誤認させていたのだ。当初は極刑も予想されたが、結局国内随一とも言われる戒律の厳しい修道院に入ることで手打ちになった。母とされていた元公爵令嬢は義理とはいえ娘が極刑に合うことは避けたかったらしい。必死で減刑を頼み込んだそうだ。
そしてクリスティーネ様もそんな彼女の意向を聞き入れた。たかが使用人だった人間に随分な入れ込みようだと思ったが、話を聞いて納得だ。幼い頃に母を亡くした彼女にとっては母代わりも同然だったらしい。元々公爵令嬢だったから、身の回りの世話だけではなく本来彼女が母親から学ぶべきだった高位貴族の令嬢としてのあれこれも教わっていたようだ。
…なぜ同じように育てられたエステル嬢はあそこまで捻くれてしまったのか。
まあとにかく彼女はそれなりの罰を受けた。
そしてソルビタンは。
何もなかった。そもそも簒奪なんて全くもって考えていなかったことは断言できる。アイツの頭の中では、意地悪な義姉からいびられる可哀想な娘を助けたヒーローなのだ。
だから罰を受けることはなかった。
誰にも責められなかった。当てこすられることもなかった。
けど、何も無くなってしまった。
侯爵家を継ぐことも。それが間違いだとわかって男爵家を継ぐ覚悟をしたことも。愛した人も。
…責任を取ることさえ。
ソルビタンは抜け殻になった。




