兄の思い、父の思い その3
抜け殻になってしまったソルビタン。
罰を受けることは無かったが、無くしてしまったものも多かった。明るい未来も、愛する人と生きていく未来も、そしてやらかしてしまったことの責任を取ることも。
全て無くなってしまった。
ただ、我が家としてはこのまま素知らぬふりで家に置いておくこともできない。
そして男爵家に入ることもできなくなった今。
「除籍…ですか?」
ソルビタンの今後について家族会議となった。みんな辛いのだが、コイツにだけお咎めなしなんてのは誰も納得しないだろう。せっかく色んな人がどうにかこうにかして道を作ってくれたのに、全部無駄にしたのだ。
「そうだ。今回罪に問われなかったのは奇跡的だったんだ。入婿を唆してお家乗っ取りを企んだエステルが修道院入りで済んでしまったからね。お前は"ただ騙されただけの愚かな男"だという扱いにしてもらえたのだ。…お前に刑罰を与えるなら、エステルはもっと重い罪にしないと釣り合わなくなってしまうからな。」
「かと言って我が家がこのままお前の面倒を見てしまうと、何も反省していないと思われてしまう。」
「だから除籍と…」
意外なことにソルビタンは不満そうだった。
罪にも問われず何もなかった事に愕然としていたのかと思っていたけど、そうでもなかったようだ。
それとも何もない宙ぶらりんのまま1ヶ月近く経ってしまったせいで思うところがあったのか。
「そうですね。あの程度の女に騙されたような人間には追放がお似合いです。」
…なんだか無性に腹が立つ言い方だな。お前は被害者じゃない、加害者だ!
父はもう泣き出しそうだ。母は…えっ!えっ?
コーン!
持っていた扇子で額を打ち抜いた!
あまりのことに父の涙は引っ込み、ソルビタンは扇子の角で切ったのかつつーっと静かに額から血を流し、私はそれを見て不覚にも笑ってしまった。
「ブッ…あ、ソルビタン…ムフッ…ごめんムフフ…その…フフッ…大丈夫か?」
いや、笑うところではないんだけど。それまでの張り詰めた空気がとうとう弾けた、とばかりに笑いが止まらなくなってしまった。
その笑いは母にうつり、父にうつり。
自分の流血沙汰を見て笑い出した家族にムッとしていたソルビタンも。
結局笑い出してしまった。
あーあ。真剣な話だったのになぁ。
だが我が家にとって久しぶりの笑い声が響いて、なんとなくみんな"きっといい方に進む"と思ったのだった。
※※※※※※※※
「それで、私に白羽の矢が?」
「はい。貴方が婿入りした旦那さんをいびり倒して早死にさせた、と噂で聞きまして。息子さんが家督を継ぐまでの間とはいえ、子爵として20年は安泰な生活が送れるのにいまだ後釜が決まらないとか。…酷い言われようじゃないか、マーラー。」
「もう!学生時代じゃないんですよ。呼び捨てはやめなさいよ。」
そう。マーラーと俺、亡くなったトニーノは学園で同級であった。だから、俺はマーラーとトニーノの真実を知っていた。というか、俺たちと同じクラスだったものたちは皆知っていた。なんせ彼らの仲は小さな頃からずっと、だったのだから。
だから、彼らが婚約した時はみんな喜んだし、マーラーのいばりんぼうの理由も知っていた。
知ってはいたけど、それが"彼らの選んだ道なら"と皆口を噤んだ。
2人の時間は短かかったかもしれないが、彼らに後悔はないだろう。だがトニーノの死後、別の問題が出てきたのだ。
嫡男はまだ幼く家督を継ぐには早すぎる。マーラーが代行するにも、家政も領地運営も、というのは流石に無理がある。だから嫡男が成人するまでの間、子爵として領地運営を行ってくれる婿殿を探しているのだが…
「はあ…。"いびり殺される"がここまで響くとは思わなかったわ。」
「俺たちだって。ここまで忌避されるとは思ってなかったからびっくりだよ。だって、こんな言い方したらなんだけど。」
「"嫡男が成人して引き継ぎするまで"約20年。その間子爵として振る舞えるのよ。しかも家督の引き継ぎ後は揉めないように慰労金としてかなりの額が手に入る。貧乏貴族の次男三男には破格の条件だと思うんだけどなぁ。」
マーラーが口を尖らせて言う。
「でもいばりんぼうマーラーにいびり倒されるんだぜ。」
俺がからかい気味に言うとマーラーはぷうっと膨れた。…こんな彼女がいびったりするわけないのに。少し調べれば分かるのに、真実を知ろうとしない人の多さが嘆かわしい。
「だからさ、ウチの弟はどうかな?って。意外とお買い得なんだよ。ちょっとバカだけど、侯爵家に婿入りする予定だったから結構仕上がってるし。」
ソルビタンのセールスポイントを熱く語る。
「クリスティーネ様が妊娠したりなんなりで領政を離れないといけないことは出てくるだろ?だからその時に"発展なんて大それたことは考えずに現状維持を目指せ!"という教育を受けてたんだよ。」
「あら!我が家の求める婿殿には理想的な人材じゃない!」
「そうなんだよ。でしゃばらない、そこそこ仕事ができる、なんて婿養子としてはかなりニーズあるんじゃないかと思うんだけどさ。アイツも訳ありだからさ。…君の訳ありとは規模が違いすぎる訳ありだけど。それでもさ"訳あり同士でくっついた"くらいのからかい程度で済むからな。やっかみも少ないだろうし。お互いメリットの方が多いと思うんだけど?」
「んーそうねぇ。一度ご本人の意見も聞いてみようかしら。時間は取れる?」
その後はもうご承知の通り、弟は無事婿養子に収まり、いつの間にやら"愚かな男"も"いばりんぼうの家付き娘"もいなくなってしまい、そこには暖かい家庭を築いた一組の夫婦がいたのだった。




