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全ての終わりに微笑みを  作者: 橘樹儚椛
9/12

9、保証のない人生

 藤波のお姉さんの転落事故から二日ほどが経ち、それまで昏睡状態だった藤波のお姉さんはようやく目を覚ました。

 ただ目を覚ましたお姉さんに発作を起こした前後の記憶はなく、事故当時は愚かその直前に浦瀬と会話をした記憶さえなくしていた。

 でも事故前後の記憶喪失以外で藤波のお姉さんに異常が見られることはなく、命にも別状はないとのことだった。

 それでも医者からはしばらく様子見のためそのまま入院することを勧められたと、藤波から俺宛に連絡があった。

 そしてその文面の最後には、


 <結乃にもお伝えお願いします。>


 と一言添えてあった。

 きっと藤波はもう、自分から直接浦瀬に連絡するつもりはないのだろう……

 そんな悲しみ溢れる言葉に俺は、


 <教えてくれてありがとう。お大事に。>


 そう返信を送った。

 きっと俺もこれが藤波に送る最後のメールになる、そんな気がしていた。






 そして俺の予想はいつも嫌な時だけ的中した……

 藤波が浦瀬に寄り添おうと必死に声を掛け続けたあの日、その日を最後に藤波から浦瀬に真実を聞こうとすることはなくなり、また浦瀬も藤波に何かを伝えようとすることはなかった。

 結局俺から聞いたことを真実として浦瀬の口から聞くことが出来なかった藤波は、俺の話を信じたのか信じていないのか。それとも信じられないのか……

 そのまま藤波がどう感じているのかも分からないまま、浦瀬と藤波の親友と呼べていた関係も時と共に薄くなっていき、またそれと共に浦瀬の感情も日に日になくなっていっているように思えた。

 藤波と浦瀬はお互いに連絡を取ることも、すれ違った時に声を掛け合うこともなくなり、いつしか親友や友達という関係が嘘だったかのように一切関わることはなくなっていた。

 浦瀬の実の父である先生も、この時期は自分の生徒やその受験等の準備に追われ忙しい日々を過ごしていた。

 そんな先生には相談する時間が消えていくどころか、変わっていく浦瀬の異変にさえ多分まだ気付いてはいない……

 浦瀬と先生は、同じ屋根の下での行き違い生活になっていた。

 浦瀬の周りから次々と人が減っていくということは、それは俺が頼れる人も同時に減っていっているということを意味していた。

 もう無理だ……

 今の俺には目にするすべてがもう、一人では抱えきれないほどになっていた。




 どんどん頼れる人が少なくなっていく中で、俺にとって警備員さんだけが唯一毎日の話し相手になってくれていた。

「おはようございます、利根川くん」

「おはようございます。」

「最近は浦瀬さんもだけど、利根川くんも元気なくなってるみたいで。

大丈夫かい?」

「浦瀬も……?」

「そうなんだよ。

けど何て話しかけてあげればいいのか分からなくてねぇ」

「俺も、分からないです……」

「進路もまだ未提出らしくて、担任の先生から困ってるんだって話は聞いたりもしたんだけど……」

「進路?」

 あれだけお母さんと同じ高校に行きたいと望んでいた浦瀬……

 でもそれも大切でかけがえのなかった存在を失った今、これから先の人生のことなんて考えられなくなってしまったのかもしれない。

 警備員さんの話からそのことを俺はとても悲しく思った。


「前回の進路希望の時まではちゃんと提出してくれていたらしいのに、今回になって急に未提出になりだしたとか……

受験も近づいてきて、心変わりでもしちゃったのかねぇ」

 何だろう……警備員さんの言うその曖昧な感じが妙に頭の中に残った。






 それからも俺は変わらず日々の清掃という役割を淡々とこなしていた。

 あの転倒事故があって以来、過去の俺が掃除をしている俺の前に現れることはぴたりとなくなっていた。

 あの事故以来変わってしまったのは、浦瀬が藤波という親友を失ったこと……

 そのことは浦瀬の放課後にも大きく影響し、浦瀬はホームルームが終わったと同時に帰宅するようになっていた。はず……

 あれ、今日は残ってるんだ……

 けど今日また久しぶりに教室を覗いてみれば、そこには以前と変わらず一人で残っている浦瀬の姿があった。

 一人で何をしているんだろう……

 それが藤波の帰りを待っているわけではないということは俺にも分かった。

 教室に残っている浦瀬は自分の席で何かを書いているような、そんな姿が遠目に見えた。

 でもその姿は受験のために勉強しているのとはまた少し違ったような……

 周りに教科書やノートを広げるわけでもなく、一枚の紙らしきものに何かを綴っているようだった。

 この時期に受験勉強より大事なことって……

 机に向かって何かを書き続ける浦瀬の姿は真剣そのものだった。

 ただ感情を失ってしまった浦瀬の表情から読み取れることは少なく、この時の浦瀬の感情が俺には分からないままだった。

 そんな俺に唯一喜べそうだったこと、それは浦瀬が一人ぼっちになることを望んでいた過去の俺たちが今の浦瀬の現状に心底満足したのか近づかなくなっていたことだった。

 またいじめが起きそうな気配はなく、けど俺はそのことを素直に喜べずにもいた……

 





 それから3日、4日と経っても浦瀬はまだ何かを書き続けていた。

 もしかしたら浦瀬が前に言っていた日記、それを今も書いている……?

 でも転校してからそれなりに時も過ぎている今、浦瀬が最初に言っていた訳からまだ日記を書き続ける理由が今はないことも思った。

 なら浦瀬はこの時間に何を書いていたのか……

 俺はこの先ですべてを理解していくこととなった。




 次の日、俺が教室を覗いた時には浦瀬の荷物しか残されていなかった。

 浦瀬はどこかに出かけているのか……?

 そう思っていた俺の目には、浦瀬の机の上に一枚の封筒が置かれていることに気付いた。

 あれは何だろう……

 窓側にいた俺は廊下の方へと周り、教室の中へと入ってそれを手に取ってみた。



 <お父さんへ>


 そう書かれていた封筒……

 まだしばらく浦瀬が戻ってこないだろうと感じた俺は、浦瀬がいない間にそっとその封筒を開けてみていた。

 封筒の中には数枚の手紙と思われるものが入っていて、その手紙を広げてみると……

 お父さんへ。その文字から先生への言葉が綴られていた。

 綴られた手紙の内容には、先生へのお父さんとしての感謝、これまで生きてきた自分の人生がとても幸せなものであったということ。

 最後には、すべては自分が悪いんだと謝罪するような文面が綴られていた。

 ただ最後までその手紙を読もうと浦瀬が過去の俺、入月陸七のことや藤波のことを書き込むことはなかった。

 そして手紙の終わりに綴られた、


 <ごめんね>

 その言葉が今の浦瀬の感情を物語っているように感じ、胸が痛かった。



 俺は読み終わった手紙をまた封筒の中に戻し、元の場所へと置いた。

 これを見た先生は何て言うのだろう……

 読んだ先生の姿を想像すると、俺は居ても立っても居られなくなりそうだった。


 封筒を置いた俺が窓の外へ目を向けると、教室に戻ろうとこっちに向かって歩いて来ている浦瀬の姿が見えた。

 教室から見えた浦瀬の姿は感情を無くしているものの、何かを見据えているような凛々しい目付きをしていた。

 その目が何を意味しているのか、俺にだけは分かる気がした。

 放課後、一人残って書いていたこの先生へと向けた手紙の意味も……

 その意味を理解した俺は、浦瀬に見つからないうちに教室から出ることにした。

 それは今思えば、意味を知ったことで逃げてしまいたいという気持ちもあったからなのかもしれない……

 でも今の俺に浦瀬に何か言える言葉などない。

 浦瀬に言葉をかけてあげるどころか、俺自身も浦瀬と同じようなことを思っている気がする……

 この浦瀬の雰囲気からして、それは明日なのかもしれない。

 場所は……






 次の日、俺は真っ直ぐ校舎の屋上へと向かった。

 騒がしい校舎を下目に、辿り着いた屋上は物音一つ聞こえないほどの静けさを纏っていた。

 そしてその屋上には俺が予想した通り、浦瀬の姿があった。

 浦瀬はただ目の前の一点だけを見つめ、屋上の端の方で一人立っていた。

 あぁ、死ぬ直前って人はこうなるんだ……

 そう思ってしまうほどに浦瀬は自分の死を見据え、今日までにいろんな覚悟を決めてきているようだった。

 そしてその姿を見た俺は分かっていた。

 本当は浦瀬ではなく、そこは俺が立っているべきはずの場所であるということを……

 でもまだ俺には浦瀬のような覚悟が今も持つことは出来なくて……

 そんな俺にはただ目の前の浦瀬の固い意志が羨ましく思えてしまっていた。


 浦瀬は今、俺の目の前からいなくなってしまうのかもしれない……

 そう悟った時、多分俺は浦瀬に死んでほしくないと思っていた。

 でもそれは誰のためでもなく、俺自身のためなのかもしれないということ……

 浦瀬に生きていてほしいというより、俺のせいで誰かに死んでほしくはない。そんな気持ちが俺の中で勝っていたような気がした。

 こんな時でさえ浦瀬のことを思ってあげられない自分。

 なぜ自分はこんな考え方しか出来ないのか……

 この瞬間で俺は一人、たくさんの葛藤と戦っていた。



「何してるの……」

 屋上に着いてからやっと決心ができた俺はそう浦瀬に声を掛けていた。

 でも俺が言った言葉……

 浦瀬が何をしようとしているかなんて、俺にはとっくに分かりきっている。

 けど今の俺には、そんな言葉しか出てこなかった。


 急に掛けられた俺の声。

 その声に浦瀬が驚く素振りはなく、少し間を置いて振り返った浦瀬は、

「ありがとう」

 そう言って微笑んでいた。

 悲しそうに微笑みながら浦瀬が言ったその一言は、きっとこれが浦瀬からの最後の言葉なんだろうと感じさせるようなものだった。

 でも感情を無くしていたはずの浦瀬が一瞬だけ微笑んだ時、俺には今にも消えそうだった灯火が少しだけ息を吹き返してくれたような、そんなふうにも感じた。

 目の前の感情を無くした心に最後に灯った灯火。

 俺はその灯火が消えないよう、そっと浦瀬の腕を掴んでいた。

「俺は君に、生きていてほしい……」

 そんな言葉と共に……

 普通の人なら俺とは違って、もっと浦瀬のことだけを思って言ってあげられるのだろうな……

 そんな俺が浦瀬に何故言えてしまったのか、それがどんなふうに浦瀬に伝わっていたのか。

 俺が咄嗟に出したその無責任な言葉に、浦瀬はただ……泣いていた……

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